第一章「裏切りの故郷」

第1話「一度目の帰郷と婚約破棄」


『こうちゃん、頑張ってね』


『ああ、行って来るよ、さゆ……』


 高校卒業と同時に俺、山田 鋼志郎こうしろうは家の発展のために上京する事になっていた。村に一人残していく大事な許嫁にキスすると嬉しそうに目を細めていた。


『大丈夫だよ、昨日もいっぱい可愛がってもらったからね』


 最後だからと俺達は今までで一番深く愛し合った。幼馴染で許嫁の遠野皐雪とは成人を越えたら本格的に始まる子作りのために村に戻る頻度も増えると思う。


『ああ、なるべく連絡する!! 手紙も出すから!!』


『私も村から降りて町の大学行くから電話できると思う、待ってるから』


 村は道だけが繋がっている陸の孤島で町まで降りるのに一時間はかかる。だから電話や手紙でしか繋がらない。俺も町の高校に行くまではスマホはもちろんPCやネットも知らなかった。


『そうか、じゃあ電話してくれよ~』


『うん!!』


 しかし互いに連絡を取り合っていたのは最初の一年で俺は都会の便利さと煌びやかな世界に浮かれ、そして皐雪も俺の知らない所で出会いが有った。その時には既に手遅れで俺は二年振りに故郷の岩古村に帰郷した。




「どういうことですか!? 婚約破棄なんて前代未聞だ!!」


 俺は都会で買って来た大量のお土産を床に落として告げられた事実に文句を言った。村に戻って俺が告げられたのは皐雪との婚約破棄だった。


「すまない……こうちゃん」


「既に決まったことだ、鋼志郎」


 皐雪の父である大介さんと俺の父の鋼一に告げられた。理解できない。意味が分からない。ただただ、それだけだった。


「とにかく皐雪に会わせてくれ!!」


「無理だ、総代が決めたのだから何も変わらん」


 その言葉で愕然とした。総代とは村の関係する全ての最終決定をするトップで現在は岩古 松いわこ まつという岩古家の老婆が就任している。俺も含め松様と呼んでいて俺達の婚約を取り決めた人でも有った。


「松様が、総代が……? 何で?」


「占いの結果だ、幸いにも皐雪ちゃんにはもう別の意中の相手もいる」


「は? 別の相手って、なんだよ、それ」


 さらに父が言う事実に愕然とした。俺は確かに都会で浮かれていた。でも女遊びだけはしなかった。誘われたけど外で間違いを起こして村に迷惑をかけたくなかったし何より皐雪を裏切りたくなかったからだ。


「すまない、こうちゃん、本当に娘が、すまない本当に……」


「大介よせ、鋼志郎よ我が三家は岩古家から村の管理を任されている。その岩古家がお前たち二人の婚約を破棄しろ言ったのだ」


「い、いやだ、それだけは!!」


「いい加減に聞き分けろ!! それでも村の男か!!」


「俺が好きなのは、さゆだけ――――ぐほっ!?」


 父に顔面を殴られ膝を付いた。父は狩人もやっていて村の自警団でも隣の大介おじさんに次ぐ強さだ。俺なんかじゃ勝てる訳が無い。


「おい!! 鋼一やめろ!!」


「ぐっ、離せ大介!! このバカ息子は村の決定に反すると言ったのだぞ!!」


「こうちゃんも若いんだ、落ち着くのは年長者で父のお前だ!!」


 そして今度は逆に父の腕を抑えて俺を守ってくれた。


「大介、おじさん……」


「鋼一!! 俺がこうちゃんを説得する、だからお前こそ頭を冷やせ!!」


「くっ、分かった。だが今の話は総代とお前の妻にも言っておく!!」


 そう言うと父は俺を睨んだ後に怒りを隠さずに去って行った。




「すまない!! こうちゃん……」


「大介おじさん、何が、有ったんですか?」


 父が家から出て行くと二人でよく釣りをした河原に行こうと連れ出された先で大介おじさんは俺に土下座した。


「俺の力が無いから……すまない」


「すまないじゃ分からないですよ」


「そうだよな、ああ、俺もそう思うよ三ヶ月前だった」


 三ヶ月前はゼミの追い込みで准教授の論文を手伝っていた時だ。忙しかったと思い出す。その時に皐雪の浮気が発覚したそうだ。


「相手は同じ大学の先輩で……野田という男だ」


「そう、ですか……」


 そいつが俺から皐雪を寝取った男かと俺は怒りで心が爆発しそうになったが更なる最悪な話が告げられた。


「子供が、できている」


「はっ……ああ、そう、ああ、なるほど、ああ」


 本当に悲しいと涙すら出ないとは、いや怒りで出ないのかもしれない。俺の中で怒りと悲しみがグチャグチャに溶け合って今ある感情は虚無だ。


「すまない、本当に、俺は謝ることしかできない」


「それで、さゆは出て来なかったんですね? お腹は大きいんですか?」


 出迎えにいつもなら来ていた皐雪ではなく俺の父と大介おじさんが来ていたのか納得した。もう見せられたものじゃなかったのだろう。


「ああ、三ヶ月……で腹も出始めている」


 つまり去年の冬休みに帰郷した後、いや、その前から既に関係だけは有ったのかもしれない。怒りより頭が急に冷静に冴え渡って来た。


「その野田さんは名士か何かで?」


「いや、詳しく調べて無いが……やはり気になるかい?」


 そういうと大介おじさんは正座のまま口を開いた。


「はい、三家の次期当主である俺、渉外担当の山田の家の人間を廃してまで村に入れる価値の有る人間なんですか?」


「とてもそうは思えない……年齢は君より一歳上の大学三年生、家も普通に下の町で特筆すべき点も財も無い平凡な男だ」


 つまり皐雪を孕ませた男は普通だ。村の役に立つかは未知数だが総代つまり村の最高決定者が婚約破棄させてまで強引に結ばせるとは思えない。むしろ子供を堕胎させろとまで言うのが総代なはずだ。


「それだけ、俺の価値が下がった?」


「いや、それは無い……むしろ、いや、とにかく一度、三家の総会に出てくれないか、こうちゃん」


「ふぅ、大介さんの……師匠のお願いなら出ますよ」


 師匠というのは俺の釣りの師匠だ。父は小さい頃から家にいる時間が少なかった。俺の家の役割は外との交渉だから当然だ。だから村の内部の顔役で許嫁の父でもあった大介おじさんには逆に遊んでもらったものだ。


「ああ、ありがとう、こうちゃん」


「はぁ、大介おじさん、寝取られた男ってどんな顔して会えばいいんですかね?」


「こうちゃん、すまないが勘弁してくれないか?」


「はい、あいつの態度次第です」


 意外と余裕が有った。旧知の人が味方だと分かったから……でも俺はこの後に再び地獄に叩き落される事になった。

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