第10話

建物の内部は、暗闇の中に浮かぶ白い月のように、周囲とは異なる世界を作り出していた。

壁は深い紫色に塗られ、天井には銀色のシャンデリアがぶら下がっている。窓には重厚な黒いカーテンがかかり、外からの光を遮っていた。部屋の中央には、白いレースとフリルで飾られた大きなベッドがあり、その上には黒いウサギのぬいぐるみが寝ている。ベッドの横には、黒い木製のドレッサー。その上には彼女のコレクションの一部であろう、様々な色や形の服が掛けられていた。いずれも、まさに人魚姫の王子様を彷彿とさせる、繊細なビーズの刺繍やレースなどがあしらわれている。僅かに開いたままのドレッサーの引き出しには、リボンやレース、パールなどのアクセサリーがたくさん入っていた。部屋の隅には、本棚があり、そこにはゴシック小説や詩集、絵本などが並んでいる。本棚の上には、黒い猫の人形が鎮座していた。その人形は、明らかに手作りという感じがする。

理人は確信した。此処はデルフィヌスの部屋だ。彼女はこの部屋で、自分の好きなものに囲まれて、自分の好きなことをしているのだ。彼女はこの部屋が、自分の心の中の世界の反映だと思っているに違いない。そういうメッセージが伝わってくる部屋だった。

デルフィヌスは、無言のままに棚を開け、テーブルの上に幾つかの洋菓子を出すと、そのまま椅子に座って食べ始めた。椅子が一脚しかないので、必然的に理人たちは立っていることになる。

彼女は、「お金を払えば何でもしてくれる」――と聞いている。それと「しゃべらない」というある種のこだわりであろう条件と、何方が優先されるのか、理人は分からない。とにかく待つしかないだろう。

しかし、ずっと待っていたら、一度も目が合うことなく、デルフィヌスはゆっくりと立ち上がり奥の扉を開けて、何処へなりと消えてしまった。

「……え? どこか出かけたのかな……?」

と、陽希が不安そうに身を小さくして呟いた直後、シャワーの音が聞こえて来たのでほっとする。

 本当に長丁場になりそうだ。心を開いてくれる予感すら全くしない。水樹へ現状報告のメールを送る。その隙に陽希がいなくなっていたことに、メールを打ってから気付く。陽希が置いて行ったとは少しも思わなかった。陽希を信頼している。ただ、何処かに幽閉されたのか、と頭の中で咄嗟に思い、きょろきょろすると、陽希は理人に背を向けて、本棚をじっと見ているだけだった。

「理人ちゃん。こんなところにアルバムがあったよ」

陽希は無邪気に声を弾ませ、黒い表紙の卒業アルバムを抱えて持ってくる。勝手に見て良いものか、と思ったが、シャワーの音は未だしているので、そんなにすぐは来ないだろうと踏んで、すぐ戻せるように本棚のすぐそばに屈んで、アルバムを眺めることにする。

表紙には、聞いたことのない小学校の名前が金色の文字で書かれていた。

ゆっくりとアルバムを開く。

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