第9話
陽希が慌てて、運転席から飛び降りる。
「陽希! 気を付けて!」
理人も猛然と走って陽希を追った。
「デルフィヌスさん! デルフィヌスさんですよね!」
デルフィヌスなのか分からないが、陽希がその人を呼びながら追いかけると、その人は振り返った。髪も目も深い黒で、オブシディアンのようだ。確かに眼帯もしている。
デルフィヌスらしき人物は、じっと陽希を見ているが、唇が動く気配はない。人違いだとも、そうです、とも言わなかった。
理人は、「デルフィヌスは、一言もしゃべらないのだ」と言っている人がいたのを、ふと思い出した。
「……あの、デルフィヌスさん」
陽希が確信を持った口調で、もう一度呼んだ。デルフィヌスは、未だじっと陽希を見ている。陽希は射すくめられたように暫し黙り込んだ。あの陽気な陽希が動けなくなる威圧感に、少し離れている理人もたじろいだが、放ってはおけない。
「デルフィヌスさん。私たちは、貴女に依頼があります」
デルフィヌスの黒い目が、理人と陽希の間、何もない空間に向かって動く。「何もしゃべらない人」というよりは、まるでマネキンのようだ。意志すらも感じられない。
「……報酬はお支払いします。このところ、『殺人犯を狙った殺人鬼』がいるらしい。私たちは、依頼を請けて、その人物を追っています。貴女が御存じのことがあれば伺いたい」
デルフィヌスは、なおも全くしゃべらないまま、黒いブーツの足を、くるりと動かした。
「デルフィヌスさん、待ってください、待っ……」
理人は大慌てで声を掛けた。だが、デルフィヌスが足を止める様子もない。一方で、追うように駆けだした陽希の足音が明らかに聞こえているはずなのに、逃げる風もない。理人と陽希は仕方なく、彼女の後をついていくことにした。
デルフィヌスが辿り着いたのは、一軒の小さな平屋だった。外観はかなり古びていて、屋根はトタンだ。デルフィヌスはその扉を開けて中に入っていく。理人たちが続けて入っても、追い出す素振りはなかった。
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