落雁


頂き物のお茶菓子が机の上に所狭しと並んでいる

誰それが結婚したとか進学したとか

向かいのおばあちゃまが病気したとか


叔母たちの会話はいつも

スキップしているみたいだなと思う


あっちへぴょん、こっちへぴょん


話の内容は半分もわからないけれど

そうしてやいのやいの言いながら

机のお菓子が楽しく消えていくのが好きだった


クッキーやチョコレートやマドレーヌが

叔母たちのおしゃべりに消えていく


普段は自分達で作った饅頭やふくれを

持ち寄っている叔母たちが

人がたくさん集まるときにだけ

洋菓子を口にする


ちょっとだけいい皿

ちょっとだけいいグラス


棚の奥に大事にしまってある

ちょっといいものたちが

お披露目されるのが好きだった


そのなかで私が一等好きだったのは

叔母たちに紛れて食べる落雁だった


あんこの味は飽きたあ

いっつも食べとるからなあ


と言うから


食べてもいい?


と聞くと


いいけどあんたこれが好きなんね?

子どもやのに珍しいねえ


とちょっと嬉しそうに渡してくれるのだ


私は叔母たちと反対に

饅頭やふくれや落雁の方が珍しかった


チョコやクッキーはいつでも手に入るけれど

これらは叔母たちからしか貰えなかった


にこにこ目を細めて

私が落雁を食べるのを見ている

叔母たちが大好きだった


父の膝に囲われていると決まって

お手伝いしてーと炊事場に呼び出して

遊ばせてくれるのも大好きだった


味見係に任命してくれて

どうでしょうか、

もうちょっと砂糖が要りますでしょうか

と神妙な顔で訊ねてくれるのも大好きだった


おばちゃん、

まだお喋りしたいことたくさんあるよ


おばちゃん、

まだ大事にしてもらったお礼が出来てないよ


リボンのかかった写真に話しかけても

返事がない


祭壇に所狭しと落雁が積んである


おばちゃんはクッキーの方が好きやんね


ちょっといいクッキー缶を写真の前に置く


これひとつ貰っていい?


写真の叔母が笑っているから

落雁をひとつ貰った


これから先

叔母たちがみんな向こうへ行ってしまったら

私は誰から落雁を貰ったらいいんだろうか


急に怖くなってきた


大人になっていく度に

頼れる相手が減っていく


一人でも充分に生きていけるのが

大人ということだろうか


家に帰ってきて、余計に一人が怖くなる


いてもたってもいられずに

ガチャガチャと料理器具を取り出して

並べてみる


粉、とか砂糖とか、あとなんだっけ


一人なのに意味もなく喋ってみる


そうそうあの時はこうだった

なんだっけ、えっと、そうそう


一人なのに意味もなく笑ってみる


べちゃべちゃに汚れた台所を作って

ボウルを抱きしめたままその場にへたりこむ


わかんない、わかんないよおばちゃん

おばちゃんの作ってたお菓子どんなだったか

わかんない


隣で教えてくれなきゃ

わかんない


わんわん泣いて

途中から泣き方もわからなくなって


全部がベトベトの私ができあがる


こうやって死ぬのかな


意味もなく笑ってみる


おばちゃんに会いたいなあ


迎えにきてよ


落雁食べさせてよ


人生で一番長いためいきをついて


それから立ち上がる


自分のせいだけど、最悪な状態の台所に腹が立つ


腹が立つなら生きてる証拠よ

ちゃんと怒って生きていきなさい


おばちゃんの声がする


そうだね、だけどね、


会いたいなぁ


とっても


シンクを両手で握りしめてすがりつく


会えない


会えなくなっちゃった


おばちゃん


会いたい


とっても会いたい


会いたいときはいつでもおいで


おばちゃんの声がする


会いに行こうかな


そのうちに


だけどきっと悲しまれるから

まだ会いには行けないね















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