化粧


憶えてねえよ

と言ってしまわないように急いで息を吐き出す


あんた仲良かったもんねえ


なんて勝手に感慨深くなってるけど

母さん私その子と仲良かったことないよ


まあいいや

言っても分かんないだろうし



同級生が亡くなったらしい

まだそれなりに若いのに


それなりに、ってのがみそだよなあ


違う違う

人が亡くなったってのに

どうでもいいことばかり考えてちゃだめだ


高速バスの窓にもたれる


大体なんで私が葬儀用のお花を

生けなきゃなんないのさ


ため息ひとつ


あんた仲良かったんだから

それくらいはしてあげなきゃ

せっかくデザイナーやってるんだし


母さん

私はフラワーデザイナーじゃなくて

ファッションデザイナーだよ

それだって人の店で雇われながら

隅っこに売れないワッペン

置いてもらってるだけの奴だよ


まぁ、言っても分かんないから言わないけど


それなりに、ってのがみそなんだよ

何でもさ



久々の実家に安らぎを得ることもなく

いいからこれに着替えなさいと

古めかしい黒のワンピースを渡される


母さんこれじゃ動きづらい

お花結構大きいのに生けなきゃなんないんでしょ


だってあんた亡くなったお宅にあがるってのに

ズボンて、みっともないでしょう


作業の時だけだよ

挨拶の時はちゃんとしたの着るよ


全然納得していない母さんを

あちらを待たせちゃ悪いわよの一点でごり押しして

車にのせる


後部座席で延々文句を垂れていたが

聞き流すのは慣れっこだよ



この度はどうもからはじまって

母親同士が涙ながらに語らう隣を抜ける

家の人に作業場へ通される



白白白


薄い紫もあるかな

でもほとんど白


これと、これ

それからこっちは玄関用


あぁ、なるほど

分かりました


一個じゃねえじゃん!

心の中で母さんに悪態をつく


趣味で花を飾る事はあっても

人を招く場に飾るような花なんか生けたことはない


電話があってから

ネットとか雑誌とかで何となく情報収集はしたけど

付け焼き刃の知識だけあったって、ね


ため息ひとつ


文句を言ったところで仕方ないから

黙って手を動かす


どうにかこうにか形にして

家の人と母さん方の認定を受ける


格好があれだから

と断りをいれたが

仲良かったでしょう、会ってあげて

と涙ながらに言われれば致し方ない


それにしたって全く

何をどうして仲良しだったことにされているのか


いや、仲悪かった訳じゃないけどさ


多分小学校にあがったとき

一緒に登下校をしてたのが

印象に残ってるんだろうな


新一年生はみんな一緒だったけどね


襖があいて

白い布団が目にはいる


手を合わせても

安らかにお眠りください以外の言葉は浮かばない


顔見てあげて


するすると布がはずされる


固くて冷たくて死んだ人みたいな顔がでてくる


死んでるからそらそうなんだけど

こう、何て言うかもっと

柔らかな印象じゃなかったっけ


もっと優しくて明るくて

こんなカチカチの子じゃなかったよ


ごめんねえちょっと怖いでしょ

おばちゃん化粧しないから

この子を綺麗にしてあげられなくてね


寂しそうに泣く小さな姿にたまらなくなる


おばちゃん、よかったら私が化粧してもいい?

私もプロじゃないからそんなには上手くないけど


いいの?ありがとう、ありがとうね


ぎゅっと握った手の弱々しさに

またたまらなくなる


化粧品を買いにドラッグストアへ車を走らせる


ぼろぼろ泣いた


仲良くなんてなかったけど

確かに知ってる子だった


あそこで固く眠っている子は

私の知ってる子だった


柔らかく優しく笑って

ピンクのランドセルで駆けていく子だった


筆箱も靴下もピンクで

みんなでかえろって誘ってくれる子だった


そうだ、彼女が誘ってくれたから

一年生みんなで帰るようになったんだった


ピンク色のコスメを手当たり次第にかごに放り込む


あんな風に冷たく横たわらせてちゃだめだ


大好きだったピンクで

かわいくかっこよくしてあげるんだ


急いで彼女の元に戻って

もう一度手を合わせる


あの時誘ってくれてありがとう


まぶたも頬も唇もピンクにした

肩に流れる毛束に

ピンクのリボンをつけた


母さんに支えられて彼女の母親が娘に会いに来る


震える指先で前髪を整えて


かわいいねえ


と一言呟いて泣き崩れた


何も出来ずにいる私と違い

母さんは慟哭して震える体をしっかり抱き止めて

黙って背中をさすり続けていた



式はしめやかにとり行われ

あっという間に彼女は白い箱に変わった


ほんとはね、

箱をピンクにしてあげたかったんだけど、

許してもらえなかったの


母さんにこぼしているのを聞いたから

余ったリボンで小さな飾りを作った


彼女の顔を覗き込んで

けばけばしいだのなんだのと

ぶつくさ言う連中の前で

大袈裟に泣いてやる


家の人が抱える白い箱に

仲良かったからどうしてもあげたいんです

と言い張ってピンクのリボンを飾った


ごめんねとありがとうを何度も言って

彼女の母親は一人帰っていった


何か上手く言葉に出来ない感情が

いくつもいくつも浮かぶ


立ち尽くす私に母さんが寄り添う


さ、私たちも帰ろうかね

あんたも色々ありがとうね、助かったわ


うん


帰ったら何かあったかいもの食べようかねえ


うん


さみしくなったか


答えられずにただうつむく


そうねえ、さみしいねえ


言葉はなくとも母さんには娘の事が分かるんだ


言い様のないさみしさに

とうとうこらえられなくなる


母さんは泣きじゃくる私の背中を

黙ってさすり続けてくれた










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