みかじめ料を払うがごとく

生まれた代償を払い続けて死んだ


彼女は私の無二の知人であった


名前も歳も住んでいるところも知らないけれど

十年、隣でラーメンを食べた無二の知人であった


病めるときも健やかなるときも

同じ麺をすすったのだ


月曜日の昼と土曜日の夜の週二回

昼には半チャーセットを

夜には味玉二個にして


私たちの十年を

れんげにすくって口に運ぶ


名前も歳も住んでいるところも知らないけれど

彼女が私と同じ痛みを抱えていることだけ知っていた


無二の知人が

死んでしまった


ラーメン屋の店主が

土曜日の夜に教えてくれた


遠い親戚だかが訪ねてきて

この店に世話になったからお礼を伝えてくれと

手紙に書いてあった

それからこれを渡してほしいと

私宛に手紙をくれたと


店主が教えてくれた


薄い茶封筒に不用品回収のチラシが入っていた


三折りのチラシを開いて

裏面にびっしり書かれた文字を読んだ


何度も、何度も読んで


やっぱり彼女が私と同じだと感じて


そうと決めたことを何一つ否定できずに

何度も、何度もうなずいた


それからいつも通りラーメンをすすって

隣を見ることができないまま食事を終えた


いつも通りごちそうさまをしようとして

手を合わせるのがとても怖くなった


食べ終わったどんぶりを見つめたまま

動けないでいると

おもむろに空のどんぶりが隣の席におかれた


空のどんぶりをじっとみた


何だかしっくりこなくて、と店主が言った


そうですよねえ、と私は答えて


そうなんだよ、と空のどんぶりに伝えた


さびしい


無二の知人が死んでしまった


死んでしまったんだ


祈るようにしっかり手を合わせて

ごちそうさまをした


ありがとうございました、のあとに

また来てくださいね、と店主が言った


そうか、この人も無二の知人を亡くしたんだな

私と同じに


また来ますと答えると


何度も、何度もうなずいた


さびしい


暖簾をくぐって夜風にあたる


さびしい


一歩を踏み出して、二歩目も踏み出して

三歩目にはたまらずに駆け出した


彼女の手紙が入ったかばんを馬鹿みたいに抱き締めて夜の街を駆け抜ける


さびしい

さびしいよ


そうやって過ごす土曜日の夜が何年も続いた

何となく、月曜日の昼には店にいかなくなった



今夜はあれから十年目


私たちの十年をれんげにすくって口に運ぶ


私たちの十年が隣の席に置かれる


しっかり手を合わせてごちそうさまをする


また来てくださいね、と店主が言った


少し考えて

今度は昼にも来ます、と答えた


二人して何度も、何度もうなずいた


さびしいよ


暖簾をくぐって夜風にあたる


さびしいけれど


一歩、二歩、三歩目も同じスピードで


手紙の入ったかばんを優しく抱き締めて


夜の街を歩く


病めるときも健やかなるときも

私は店主のラーメンを食べに行く


病めるときも健やかなるときも

私は彼女と共に麺をすする


さびしいよ

さびしいけれど


無二の知人たちと生きている










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る