第二部 襲来?ゴブリンマジシャン!

新しい出会いの外側で

 マルクベニア大陸の北側にあるライラン王国の学園都市オルファンド。そこには将来有望な若人たちが集まる学校、王立エルゼコビナ魔法学園があった。


 夕陽が差し込む図書館にとある男爵家の令嬢が、もうすぐ始まる期末試験に備えて一生懸命勉強していた。


「あっ…」


 ノートに間違えた文字を消そうと消しゴムを取ろうとしたところで誤って手から滑らせ、落としてしまう。


 少女は慌てて立ち上がり、消しゴムを拾おうとする。しかしその前にその消しゴムは誰かに拾い上げられた。


「はい。どうぞ」


 少女が見上げれば、そこにはとある子爵の令息が拾った消しゴムを差し出した。


「ありがとうございます」


 少女は消しゴムを受け取ろうとした。その時偶然、少年の手に触れてしまった。


「「ッ!」」


 慌てて2人は手を引っ込める。けれどもそれでは消しゴムを渡せないし、受け取れない。


 少年は恐る恐る手を差し出し、少女も恐る恐る手を伸ばした。


 手と手が触れる。


 目と目が合う。


 そして…。




 これは学園で始まるひとつの恋物語かもしれない。


 しかしそんなことなど学園を守る衛兵たちにとってはどうでもいいことである。彼らの役目は学園に魔物だろうが魔王だろうが不審者だろうが1匹たりとも入れずに学園を守ること。そのために王国軍の平均給料の1.7倍もの賃金を受け取ってるのである!


 1.7倍の給料のために。


 クビから自分達を守るために。


 今日もオルファンド守備師団の衛兵たちは北部の樹海に現れたなんかヤベー魔物と戦っていた。


「なんですかあれ!?なんですかあれ!?」


 学園のやぐらの上で15歳の少女マリナ・ハリフォン軍曹は双眼鏡を覗いた先にいる見るからにヤバそうな魔物を見て叫び出した。


「俺もアレは初めて見るぞ…」


 彼女の上官である30歳の男性士官ルドルフ・ヤスパーニャ大尉は困惑したように答えた。


 彼女たちの視線の先にいる魔物の形状はなんとも表現しがたかった。その姿はどんな動物の立ち絵にも似ておらず、形が不鮮明で、禍々しい黒い瘴気を吹き出しながら学園へと近づいていた。


「あれ、ヨゼフ中隊の皆さんだけで間に合いますか?」

「間に合わせてもらうしかないだろ…。間に合わなかったら俺たち全員クビだ」


 彼女たちの視線の先にはヨゼフ中隊の隊員たちが必死にヤベー魔物と戦っていた。


「あ。ボナードさんが取り込まれた」

「あー…。アレはもうダメだな…」


 ヨゼフ中隊の隊員であるボナードがなんかヤベー魔物に取り込まれてしまったのを見届け、マリナとルドルフは静かに合掌をした。


「私たちはどうしましょう?応援に駆けつけた方がいいのでは?」

「そう言うわけにはいかん。魔物はアレだけとは限らん。他のところに別の魔物なり不審者なりが現れるかもしれん。そう言うのを見落とさないように監視するのが俺たちの仕事だ」


 ルドルフはそう言って一度ヤベー魔物から視線を外して周囲を見渡す。


 夕陽の中を鳥たちが平和そうに群れをなして飛んでいた。


 対するマリナはヨゼフ中隊の戦闘に見入っていた。


「相変わらずクルアナさんはすごいなあ。あんな見るからにヤバそうな瘴気を噴出してるのに気にせず突っ込んでますもん。あの人、魔力まったくないんですよね?大丈夫なんですか?」


 クルアナ・ヘインツ中尉。28歳男性。ヨゼフ中隊隊員の1人。中隊の中でも屈指の実力者で、魔物狩りのエースだ。ちなみに口癖は「ヒャッハー!」である。むしろ「ヒャッハー!」以外のことを言ってるのは見たことがない。


「アイツ、なぜか魔法耐性があるんだよな…」


 ルドルフは呆れたようにそう呟きながら周辺監視を進めていた。


「あ。魔物が苦しみ出した。効いてるんだ…」


 なんかヤバそうな魔物はクネクネと動き出し、クルアナに背を向けてその場から立ち去ろうとした。しかしクルアナは逃すまいと魔物を追撃する。


 そして魔物とクルアナは樹海の奥へと姿を消してしまった。


「とりあえずは難を逃れたと思えばいいんですかね?」

「だな…。さて、おまえも鑑賞をさっさと終えて周辺監視しろ」

「リョーカーイ」


 櫓の上でマリナとルドルフは周辺監視を続ける。この日は他に魔物を見かけることはなかった。


 ちなみに、ボナードは深夜に医官のリュシィに引き摺られて帰還した。

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