飛び交うマタタビの群れ

 マタタビ。マタタビ科マタタビ属の落葉つる植物であり、6月ごろに白い花を咲かせる。マタタビといえば猫であり、猫にマタタビを与えると何やら楽しそうに興奮する様子を見たことがあるものはいるだろう。なぜそういう行動をするのかさまざまな説があるが、猫はマタタビが好きだというのに反対するものはいないはずだ。


 さて、そんなマタタビだが、この世界では空を飛ぶ。


 一瞬何を言ってるんだか分からなかった諸君にもう一度言おう。


 この世界のマタタビは空を飛ぶのである!


「大量に飛んでますねえ…」


 ライラン王国の学園都市オルファンド。その北側に校舎を構えるエルゼコビナ魔法学園の東部にある草原でマリナが興味深げに目の前の光景に見入っていた。


 羽を生やして飛ぶマタタビの群れである。


 マタタビはキューと可愛らしく鳴いて草原を飛び回っていた。


「10年に一度、この地域ではマタタビが群れをなして大移動するらしい。俺も見るのは初めてだ…」


 ルドルフが同じように見入りながらマタタビの群れについて教えてくれた。


 今、東の草原にはマリナやルドルフだけでなく、たくさんの衛兵たちが興味深そうにマタタビの群れを眺めていた。


「でも、何よりも驚いたのは、そんなマタタビの群れをたくさんの猫が追いかけてることですね…。何匹いるんです?」


 マタタビの群れのすぐそばには猫がたくさんいた。その数約1万匹!壮観である!


 猫たちはジャンプをし、飛んでいるマタタビをとっ捕まえてはその場でハムハムと噛んでいた。そして興奮したようにじゃれ始めた。


「うわあ…。かわいいなあ…」


 マリナの顔がほっこりとほころぶ。かわいいものを見て心が洗われないものなどいない。


「なんかいつまでも見てられますね…」

「だな。だがそうすると巡回が疎かになっちまう。そろそろ戻ろう」


 ルドルフの言葉にマリナは残念そうに猫たちから目を離した。


 しかし彼女の視界に、一匹のマタタビがボナードにペタリとくっついたのが目に入った。


「キュー」

「な、なんだ?」


 くっつかれたボナードは困惑したように声を出す。そばにいたリュシィはマタタビを見て「かわいい」と顔をほころばせた。


 その間にもう一匹マタタビがボナードにくっつく。さらに一匹、さらにさらに一匹…。マタタビの群れがドンドンとボナードにくっつき始めた。


 そんなボナードの元に、マタタビ大好き猫ちゃんたちが寄ってきた。


 ニャー。ニャー。ニャー。


 猫の大合唱。ボナードの足元に擦り寄りすりすりと頬を当てる。そして猫も1匹、また1匹とボナードの体をよじ登った。


 そして、彼の顔にひっついたマタタビを…。


 噛んだ。


 猫はマタタビを噛んだつもりである。しかしマタタビはボナードの顔にひっついているわけだから…。ボナードは顔を噛まれたことになる。


「ぎゃーッ!!!」


 ボナードが大きな悲鳴をあげる。


 ニャー。ニャー。ニャー。


 猫たちは倒れ込んだボナードに乗っかり、マタタビを噛むつもりで、ボナードの体を噛み始めた。


「痛いっ!痛いってッ!」

「ボナード!?」


 リュシィが慌ててボナードの顔にひっついた猫を引き剥がそうとした。しかし引き剥がしても引き剥がしても次々と猫が寄ってきて、ドンドンと彼に乗っかっていってしまう。


「あれ、ヤバくないですか?」


 マリナの言葉に「やべーな」とルドルフが返した。


「助けに行くぞ」

「はい」


 マリナとルドルフはボナードのところへと向かい、リュシィと一緒に猫を引き剥がそうとした。しかしその数があまりにも多すぎてなかなか間に合わない。ボナードの悲鳴は鳴り止まない。


 ペタッ。


「あれ?」


 必死にボナードを救い出そうとしているマリナの耳元に何かがくっついた。手にとってみれば、マタタビだった。


 ペタッ。


 ペタッ。ペタッ。


 ペタッ。ペタッ。ペタッ。ペタッ。


「……」


 マリナの体にどんどんマタタビがくっつく。


 ニャー。ニャー。ニャー。


 そばでボナードがもがいているところで、猫たちはマリナにも近づいてきた。


「……」


 マリナの背中に冷たい汗が流れる。


「マ、マリナ…?」


 異常に気がついたルドルフが声をかけた。


「ごめんなさい!私、逃げます!」


 マリナはその場から走り出した。


 そんなマリナにマタタビたちがどんどんひっつく。


「ちょっと!なんで!?なんで私にくっつくんです!!!?」


 マタタビにひっつかれて半狂乱になるマリナ。必死に体から引き剥がそうとするが、あまりの多さにらちがあかなかった。


 そんな状態ではうまく走れるわけもなく、途中で足をもつれさせ、倒れ込んでしまう。


 そんな彼女の隙を猫が見逃すわけもなかった。


 倒れ込んだマリナに猫たちがどんどんと乗っかり、彼女の体についたマタタビをペロペロと舐めだす。


「え?ちょっと待って!ひゃっ!くすぐったい!あ、ダメ!そんなところに入らないで!」


 服の中にまで入り込もうとする猫が出る始末。マリナは抵抗するがあまりのくすぐったさに笑いがこぼれてしまい、力が入らない。


「痛い痛い痛い痛いッ!!!」

「やめて!くすぐったい!ひゃああん!」


 ボナードとマリナのベクトルの違う悲鳴が草原に鳴り響く。


 そしてマタタビたちが寝静まる夜になって2人は痙攣した状態でやっと解放されるのだった。

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