サキュバス

 ライラン王国の学園都市オルファンドにあるエルゼコビナ魔法学園。その構内を守衛であるマリナとルドルフは巡回していた。普段は学園外の巡回がメインであるが、今日は学園内の巡回を命じられたのだった。任務ならそれでいいと従うルドルフ、給料が出るならどんな仕事でも引き受けるマリナ。普段と違う仕事でも特に抵抗もなく職務に励むのだった。


「あ!ああああ!?」


 巡回中、突然大きな声が聞こえ、マリナとルドルフは声の主の方に顔を向ける。そこには以前街中でマリナが助けたアリシアという名前の赤髪の少女が学園の制服を着た姿で立っていた。


「あなた守衛さんだったんですか?」


 アリシアがマリナに近づきながら声をかける。


「うん。そうですよ」


 マリナはコクリと頷いた。状況が分からないルドルフは「知り合いか?」とマリナに尋ねた。


「この間の休養日に街で困ってるところを見かけたんで助けてあげたんです」


 マリナの言葉にルドルフは驚愕する。


「おまえ、金にならない人助けもするのか!?」

「それ、どういう意味ですか!!!」


 ルドルフの中でマリナはお金大好き人間である。金になる仕事は引き受けるが金にならない仕事は引き受けない。そういう人間である。なので人助けとか金にならなさそうなことをするような人間だとは思ってなどいなかったのである。


「私だって困ってる人を見たら助けますよ!可愛い女の子限定ですが」


 マリナは心外だとでもいうように鼻息を鳴らしてルドルフを睨んだ。


 そんな2人の会話から置いてきぼりを喰らっているアリシアは頑張って会話に混じろうとした。


「しゅ、守衛さんだったから男の人たちを相手どれたんですね」


 アリシアの頭の中にあるのは先日の強引なナンパでの出来事。うまくかわせなかったからこそ、助けてくれたマリナに感謝の念を抱いていた。


 対するマリナは「あんな軟弱な男たちは私の相手にならないですよ」と返す。


「私は伊達だてに天才魔術師をやってませんからね」

「おまえ…、調子乗れるほど立ち回り上手くねえだろ…」


 胸を張ってドヤ顔を浮かべるマリナにルドルフが呆れたように言った。


「あの…」


 アリシアは恐る恐ると言った感じで声をかける。


「もしよろしければお名前を伺ってもよろしいですか?」


 アリシアの言葉に一瞬キョトンとするマリナだったが、すぐに名乗った。


「マリナ・ハリフォンですよ」


 マリナの言葉にアリシアはパッと笑顔になる。


「マリナさんですね!私はアリシア。アリシア・ラッチェルです!」

「アリシアさんですね。よろしく。まあ、私は普段学園の外にいるからあまり顔を合わせる機会がないんだけど…」


 そう言ったところで突然学園の外から大きな声が聞こえた。


「サキュバスが出たぞー!」


 その声にマリナとルドルフはハッとなった。


「ごめん、アリシアさん!私たちは仕事があるから!」

「行くぞ!」


 マリナとルドルフはアリシアの元を離れて校門へと向かった。




 校門にたどり着くと何人もの衛兵(男性)が地面していて、ただ1人ボナードだけがサキュバスと対峙していた。


「魔物め!この俺が相手だ!」


 ボナードは迷うことなくサキュバスに襲いかかった。


 5分後。


 サキュバスのキスで魔力をすっかり吸われてしまったボナードはビクンビクンと体を痙攣させながら地面に伏せていた。


「ボナードさん!?」

「ボナード!?」


 サキュバスは不満げに倒れた守衛たちを見下ろす。


「大して美味しくないわね。もっといい魔力の持ち主がいないものかしら?」


 そして校門の先にある校舎に目をやる。そしてニヤリとほくそ笑んだ。


「やっぱり食べるなら新進気鋭の学生さんたちの魔力に限るわね」


「ヤバくないですか?あのサキュバスやばくないですか!?」

「サ、サキュバスとの戦い方、俺は知らねえぞ!」


 マリナはロッドを、ルドルフは剣を構えてサキュバスに向き合う。


 奴に学園の敷地をまたがせるわけにはいかない。そんなことすれば王国軍の1.7倍の給料がフイになってしまう。


「ええい!ままよ!」


 そう叫んでマリナは雷撃魔法を放った。サキュバスはその攻撃をスイスイとかわし、水魔法を放った。放たれた水はマリナの顔にあたる。怯んでしまったマリナはその隙にサキュバスから拘束魔法をかけられ宙に浮かされてしまった。


「お、おい!マリナ!」


 ルドルフが声をかけるもマリナはジタバタと足を動かすばかりで身動きが取れない。両手は上に挙げられ、動かすこともできずにいた。


「クソッ!放せ!」


 そんなマリナの元にボインボインの胸を持ったサキュバスが近づいてきた。そしてマリナのあごをクイッとあげる。


「あら?あなた結構濃密な魔力を持ってるわね…」


 そう言いながらマリナの胸元を見た。


 サキュバスのボインボインな胸。


 マリナのぺったんぺったんな胸。


「ふっ」

「なんですかその笑いは!バカにすんなあ!」

「私、あまり胸の小さい女の子は好みじゃないのよね…」


 サキュバスは残念そうにため息を吐いた。マリナはちょっとプライドを傷つけられた。


「でもいいわ。これほどの魔力の持ち主、なかなかいないもの。せっかくだし吸ってあげる」

「え?ちょ!ま」


 近づいてくる唇にマリナは一層抵抗した。


「大尉!助けて!」

「すまねえ!その高さじゃ剣が届かねえ!達者でな!」

「大尉いいいいいいい!」


 サキュバスの唇を逃れようと顔を動かそうとするが顎を押さえられて動けずにいた。そしていよいよマリナの唇に重なろうとしていた。


「ヒャッハー!」

「くっ!?」


 突然男の声が聞こえたと思えば、サキュバスがマリナから距離をとった。サキュバスが距離をとったと同時にマリナにかかった拘束魔法が解かれ、マリナはそのまま地面へと落下した。


「ぎゃっ!」


 地面に落ちる際、着地がうまくいかず、腰を思いっきり打ちつけてしまう。彼女はそのまま地面に身をくるめながら、腰に手を当てた。


「だ、大丈夫か!?」


 ルドルフが心配したように声をかける。


「腰が…、腰が…」


 消え入りそうな声でマリナがボソリと漏らした。


 そんな2人をよそにサキュバスは1人の男と向き合っていた。


 その男の名前はクルアナ・ヘインツ。ヨゼフ中隊の隊員であった。


「あなた…。魔力が一切ないわね…」


 サキュバスがクルアナの魔力量を目算する。そして残念そうに息を吐いた。


 空っぽのコップに口をつけるものなどいない。目の前にいるクルアナをいなして、さっさと学園に忍び込もうとした。


「ヒャッハー!魔物は皆殺しだー!」


 しかし、ものすごい速さでクルアナがサキュバスに襲いかかった。あまりの速さにサキュバスは驚き、慌てて上へと逃れる。この高さならば大丈夫だろうと地上10メートルの地点に浮き上がった。


 ところがクルアナは地面を思いっきり蹴り上げて、飛び上がった。そしてサキュバスと同じ高さに現れる。


「ッ!?」


 サキュバスは慌てて後ろへと下がるが、クルアナの短剣がサキュバスの頰をとらえた。


「魔力が一切ないのになんて身体能力なの!?」


 サキュバスはクルアナの想像以上の実力に混乱して慌てる。そんな彼女に今度は大量の魔法が飛んできた。


「さっさと撃ち落としてトドメを刺すわよ!」


 ヨゼフ中隊に所属している魔術師のエレン・ミニートだ。彼女は他の魔術師たちを率いてサキュバスに火炎魔法や氷魔法をぶつけようとする。


「これは分が悪いわね。今日のところは退散するわ」


 サキュバスはそう言って、校門からさっさと立ち去ってしまった。


 こうして今日も学園の平和は守られたのだった!


 何人かの守衛の魔力とマリナの腰を犠牲にして…。


「腰が痛いよお…」

「大丈夫よ。回復魔法をかけてあげるから」


 マリナは医官のリュシィに優しく介抱されるのだった。

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