モンスターマウス

 ライラン王国学園都市オルファンドにあるエルゼコビナ魔法学園ではオリエンテーションも終えて授業期間に入った。新入生たちは新たな環境で新たな学友と共に勉学に励み、有望な若者へと成長していくことだろう。


 しかしそんなことは学園を守る衛兵たちにはどうでもいい。彼らの任務は学園に1匹たりとも魔物も不審者も立ち入らせないことである。今日もまた衛兵たちは魔物が近寄ってこないかと巡回にいそしんでいた。


「デカいですね…」

「ああ…、デカいな…」


 マリナとルドルフはオルファンドの北部の森を巡回中に1匹の魔物と出会った。それは体長が5メートルもある巨大ハリネズミだ。


 四足歩行の巨大ハリネズミは、マリナたちの姿になど目もくれずのっそりのっそりとゆっくり森の中を移動している。


「コイツ、どうしましょう?」


 マリナが困ったようにルドルフに尋ねる。


「そうだな…。学園に近づくようなら意地でも倒すんだが…。どうもこっちには興味がないみたいだからとりあえず監視だけしてそっとしておくのがいいかもな」


 ルドルフの言葉にマリナは「了解」と応じる。それから2人は巨大ハリネズミの後を追いかけた。


 のっそりのっそりとゆっくり歩く巨大ハリネズミ。


 こっそりこっそりと追いかけるマリナとルドル。


 その姿を他の守備師団の衛兵たちが見逃すわけもなかった。


「あなたたち。今日の持ち場はここだったかしら…。あら?」


 ヨゼフ中隊の隊員の1人である魔術師のエレンとバッタリ出会う。エレンはマリナたちが巡回予定ルートから外れていることに気づき声をかけるが、彼女たちが追いかけているモノの姿に気づき視線をそっちにやる。


「ハリネズミタイプのモンスターマウスなのね。この辺にも生息してたのね」

「エレンさんはコイツの生態とかご存知ですか?暴れ始めたらどう対処すればいいのかわからなくて…」


 マリナはエレンに助言を求める。


「ハリネズミタイプはおとなしいから、こっちから攻撃しない限りは反撃してこないわよ。そもそも攻撃がなかなか通らなくてね。生えてるハリは物理耐性も魔法耐性もあるのよ。だから基本的にはこちらから手を出さない。もし学園に向かうようだったら…、ほんの少しだけちょっかいをかけて、進行ルートを逸らしてあげるのがベストね」


 エレンの解説にマリナとルドルフはなるほどと相槌を打った。


「じゃあしばらくは監視するだけでいいんだな?」


 ルドルフの言葉にエレンが「そうよ」と答える。


「あとは私が引き継ぐからあなたたちは本来の持ち場に戻りなさい」


 エレンにそう言われ、マリナたちは大人しく引き返そうとした。しかし彼女たちがそうする前に事件が起きてしまう。


「な、なんだこの巨大ハリネズミはッ!?」


 声がした方を向けば、そこにはヨゼフ中隊所属のボナードが居た。彼の姿を見て一同は顔を真っ青にさせる。


「ちょっとボナード!余計なことをしないで!」


 エレンが悲鳴に近いような忠告を飛ばすが、ボナードの耳にはそれが入らず、彼は手にしていた大きな魔法槌を手に巨大ハリネズミに襲いかかった。


「雷撃ハンマーッ!!!」


 彼がそう叫ぶと魔法槌は帯電し始める。そしてその魔法槌を巨大ハリネズミの頭部に振り落とした。


「キュウッ!?」


 巨大ハリネズミは攻撃をモロに受けて動かなくなってしまった。


「ふははははッ!見ろ!この俺の実力を!」


 攻撃が通じて大満足のボナードが彼と一緒にいた他の仲間たちに向かって高笑いした。彼の仲間たちは「おお」と感心したように声を漏らし、拍手を送る。対してマリナとルドルフはなんの迷いもなく攻撃したボナードを呆然とした様子で眺め、エレンは不用意に攻撃したボナードに対して頭を抱えた。


 気をよくしたボナードは高笑いを続けるばかりだった。


 だから気が付かなかった。


 彼の真後ろでのっそりと起き上がり、二足歩行に形態変化した巨大ハリネズミの存在に。


 巨大ハリネズミは襲ってきたボナードを右手で横殴りした。ボナードの体は宙に浮かび、5メートルくらい先の木の幹に激突した。


「ギョベッ!?」

「ボナードさん!?」

「「「「「ボナードッ!!!!?」」」」」


 ボナードは変な声を出してそのまま動かなくなった。


 ボナードを殴り飛ばした巨大ハリネズミは彼が動かなくなったのを確認すると「フンッ!」と鼻息を鳴らし、彼に背を向けて二足歩行のままその場を後にした。


「結構強いでしょ?あの子」


 エレンの言葉に呆然とハリネズミの背中を見送るマリナとルドルフ。


「攻撃しなくて正解でしたね」


 マリナの言葉にルドルフは「ああ」と返事をすることしかできなかった。

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