アラクネ
4月になりエルゼコビナ魔法学園は入学式を迎えた。未来輝く若人たちが校門をくぐり抜けていく。そんな彼らを尻目にマリナとルドルフは今日も警備に勤しんでいた。
「来ましたね。未来の婚約破棄候補たち」
「だから縁起の悪いこというのやめんかい…。おおっと来た来た。今年の目玉の新入生だ」
見るからにお偉いさんが乗ってそうな高価な馬車からイケメン少年が降りてきた。
「アーノルド・ライラン王太子だ。ターナ・シェパード公爵令嬢もいらしたな」
「なんちゃらシェパード公爵令嬢って誰です?」
「王太子の婚約者だ」
「なるほど」
見ると見目の麗しい少女が校門をくぐり抜けていった。彼女がターナのようだ。
「そういえば今年はかなり変わった生徒が入学するって話だな」
「誰です?」
「アリシア・ラッチェル。平民なんだが、なんでも光魔法を使える人物だとか。王家の後ろ盾を得てここに入学するらしい」
「なるほど。つまり今年はアーノルド王太子がターナ公爵令嬢との婚約を破棄してアリシアと結ばれようとするって筋書きですね」
「だからなんでそんな縁起でもないことを言いたがるんだ!」
ルドルフのツッコミに、けれどもマリナはなぜかフンッとドヤ顔を見せる。
「しかし大尉はその辺の話をどうやって仕入れてるんです?私たちじゃ学生名簿なんて目を通せないですよね?」
「用務員のドイトが教えてくれるんだ」
ドイト・レブリアン。23歳。エルゼコビナ魔法学園の用務員だ。この男、学園職員のくせに生徒名簿を勝手に閲覧したり、誰彼問わず噂を流したりするとんでもないやつである。コンプライアンスもへったくれもない。
「さて、俺たちは巡回に回るか」
「リョーカーイ」
マリナはルドルフについて行って学校の周辺を巡回する。今日は何事もありませんようにと祈りながら。
「アラクネが出たぞー!」
「…」
「…」
何事かが起きてしまった。
「しゃーない。マリナ、行くぞ」
「今日くらいは働かなくていいと思ったのにぃ!」
声のした方向へと二人が走っていくと、ヨゼフ、クルアナ、ボナード、リュシィの4人がすでにことにあたっていた。
「おらあ!くたばれアラクネ!」
「ヒャッハー!」
「いくぞ!俺の剣技!戦士の鉄槌!!!」
「ちょっと!ボナード!前出過ぎ!」
「ぎゃああああああ」
「あ。ボナードさんまた
「いつものことだ」
アラクネに轢かれたボナードをリュシィが引きずり、戦線を離脱した。
「それにしてもヨゼフさんたちすごいですね。ボナードさんがしょっちゅう足引っ張ってるのに普通にもってますもん」
「伊達に中隊率いていないってことよ。ほら、喋ってないで俺たちもいくぞ」
「ほいさっさ。サンダー!」
マリナが雷撃魔法を放つと、アラクネは
「おっしゃー!フルボッコじゃー!」
「ヒャッハー!」
ヨゼフとクルアナが待ってましたと言わんばかりに一気に襲いかかった。
「こりゃあ。終わったな」
「ですね。じゃあ私たちも帰りますか」
「いやいや、まだ残るに決まってるだろ。アイツらが討ち漏らしたらどうするんだ」
「ヨゼフさんたちですよ?そんなヘマするわけ……」
「ぐああああああ!」
「ヒャッハー!」
フラグだったのだろうか?ヨゼフとクルアナが空高く弾き飛ばされてしまった。
「おいおいおいおい。今から俺たち2人でこいつ止めないといけねえのか!?」
「勘弁してくださいよ!さっき雷撃魔法放ったじゃないですか!なんでまだ動けるんですか!?」
ルドルフが慌てて剣を構え、マリナはロッドを構えた。
「くぅ!サンダー!サンダー!サンダー!」
マリナはひたすら雷撃魔法を放つ。けれどもアラクネは耐性ができてしまったのか、効いた様子を見せない。
次の瞬間、アラクネはマリナに向けて糸を放った。見事に直撃したマリナはそのまま木に
「わあああああ!?!?!?動けない!動けない!」
「おい!マリナ大丈夫か!」
「とってください!この糸取ってください!」
「待ってろ!今外す!うおっ!?この糸粘着性高いぞ!?手がくっついて離れん!?」
「何してるんですか!アラクネ近づいてる!近づいてる!」
アラクネは動かなくなった獲物を見定めて、舌をなめずりながら近づいてきた。
「ちょっと!その舌なんですか!なんでそんなに長いんですか!それで何しようって考えてるんですか!」
「やめろマリナ!変な想像するんじゃねえ!」
「早く!大尉!早く切って!」
「待ってくれ!今剣を…。やべ右手もくっついた」
「何してるんですかああああああ!!!?」
マリナとルドルフはドタバタするが、それで事態が好転するわけもなくアラクネはじわじわと近づいてきた。そして長い舌をマリナに伸ばそうとする。
「ヒイッ!くるな!よるな!乙女をなんだと思ってるんだ!」
「クソッ!俺だけでも」
「ちょっと大尉!?自分だけ逃げようとしないでください!助けてええええええ!!!」
マリナの悲鳴が森中に轟いた時…。
「ヒャッハー!!!」
空から弾き飛ばされたはずのクルアナが帰ってきた。
帰ってきたのである!!!
ザシュッ!
長く伸ばされたアラクネの舌は見事クルアナに斬られ、アラクネはのたうち回った。
「ヒャッハー!魔物は皆殺しだー!」
「クルアナさん!」
「よし!クルアナ!さっさとそいつを沈めろ!」
「ヒャッハー!」
他に知っている単語はないのかひたすら「ヒャッハー!」を繰り返すクルアナ。しかし絶体絶命のマリナたちにとってそんなことなどどうでも良かった。
「ちょっと私たちの活躍の場を奪わないでちょうだい!」
声が聞こえたかと思えば、後ろからヨゼフ中隊所属の他の隊員たちがやってきた。
「焼き払いなさい!薙ぎ払いなさい!足のかけらも残すんじゃないわよ!」
ヨゼフ中隊所属のエレンの言葉に一斉に魔術師たちが火炎魔法をかける。みるみるうちにアラクネと木々が燃え上がった。
木々も燃え上がった!
「あら?ちょっと燃やしすぎちゃったかしら?」
「ちょっとってレベルじゃない気が…」
「みんな!撤退するわよ!」
エレンの掛け声に一斉にヨゼフ中隊が引いた。
「ちょ!ちょっと待ってくれ!あ、外れた」
ルドルフにひっついていたアラクネの糸だが、火災の影響で周囲の温度が上がったためか、糸は溶け始め、なんとか抜け出すことができた。
「大尉!私の糸も取ってください!」
「…」
ルドルフはしばしの間マリナを見てから親指を立てた。
「先に行ってるぜ!」
「ふざけんなあああああああ!!!」
ルドルフは姿を消した!
「火!火!ヒィッ!?誰でもいいから助けろオオオオオ!!!」
その後。
なんとか運よくマリナの体に引っ付いていた糸が溶け始め、マリナは無事に戦線から離脱することができた。
森から帰ってきたマリナはドロドロに溶けた糸を纏わせながら恨めしそうにルドルフを睨むのだった…。
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