最後の大舞台

第35話 イサナメの封印

「親を騙すとは何事だ!」


 玉鞠は怒鳴り声を上げた。

 場所は金津由本邸の居間。

 イサナメに逃げられた後、烏京は見合い会場まで兎木子を迎えに行って、帰ってきたところだ。

 本当なら事情を説明するために玉鞠の実家へ向かうつもりだったが、異変を察した相手側から押しかけてくるようなので、金津由邸に来てもらうことにした。

 そして今は、お叱りを受けているのが現状である。


「お言葉を返すが、言われた通りに金津由へ行っていたら、兎木子は殺されていたでしょう」


 烏京が矢面に立って弁解した。


「あなただって、我が子をナメクジの餌にしたくはないのでは?」

「む、それは……」


 さすがに分別が働いたか、玉鞠は口ごもる。

 もしも死ねなどと言ったらどうしてくれようか、と思っていたので一安心だが、だとしても割り切ることができないのか、いい年した大人が地団太を踏んでいた。


「そりゃ娘の命が助かったのは結構ですがね! あんな滅茶苦茶なやり方がありますか。おかげで大惨事だ!」


 喚きながら、部屋のテレビを指差す。

 壁掛けタイプの65インチ液晶画面には、生放送の報道番組が映し出されていた。


『退魔の名門士族、金津由家。「生け贄を差し出していた」!?』


 そんなテロップが踊り、番組キャスターやら記者やら芸能人やらが好き放題にしゃべり散らかしている。


 去り際にイサナメが残した捨て台詞。

 妖力を乗せた大声を聞いたのは、烏京だけではなかった。

 屋敷の使用人や近所の住民、すなわち生け贄の事実を知らなかった不特定多数にまで届いてしまったのだ。


 家中だけならまだしも、外部にまで知られたのが問題だった。

 無責任な噂好きや、金津由と利害を争う勢力に属する人間が、耳にしたことを面白おかしく拡散。偶然にも録音することができたという人物がマスコミに音声データを売りつけて、あれよあれよという間に大炎上だ。

 ついにはテレビ各局が緊急で番組を差し替え、屋敷の周辺を記者たちが駆けずり回って、全国に情報を発信している。


「お……のれ。ワシの、守ってきた家名を……ゴフッ!」


 居間のソファで包帯まみれになっている雄鷹が、悔しげに呻いた。

 重傷であったが、命に別状はない。科人の剣が急所を外していたのと、私兵の中に治癒系の式神を使える者がいたおかげである。


「貴様のせいだぞ、烏京。貴様が……」

「遅かれ早かれこうなってただろ。イサナメはそのつもりだったぞ」


 恨めしげな視線に対しては遠慮なく、冷酷に吐き捨てる。


「血塗られた家名なんざ未練はない。それよりもイサナメだ。あいつを放置したら、どんな被害が出るかわかったもんじゃない」


「――ボクも同感だね」


 相槌を打ったのは、部屋の外からだった。

 第三者の声に一同の目が集まる。

 いつの間にか開かれたドアに背中を預けて格好をつける赤毛の美男子、恋太郎であった。


「やあやあ皆さん、両家お揃いのようで」

「なんでお前がここにいる?」


 前置きに付き合うつもりはないので本題を問うと、普段の人当たりがいい笑みが鋭利な切れ味を帯びた。


「例のニュースだよ。軍の方もけっこう混乱してるのさ。……最初に確認しときたいんだけど、生け贄ってマジ?」

「ああ、事実だ」

「おい烏京!」


 雄鷹の怒号は無視する。

 罪深い秘密をあっさりと認めた烏京の顔を、恋太郎は探るようにジッと見つめていたが、意外なくらい追及せずに肩を竦めた。


「オッケー了解。とりあえず帝国陸軍としては、本人たちから話を聞いてからって感じだね。事実関係が明らかになるまで、金津由雄鷹、烏京、科人の三名は自宅待機って命令が……」


 と、時計を確認して、


「三十分もすれば届くはずだよ」

「ふうん?」


 恋太郎の物言いは、どこか言外の意図が含まれているようだった。

 ヒョコリ、と烏京の背中から兎木子が顔を出す。


「あの……それって、行動したいなら三十分以内に、という意味でしょうか?」

「どうも兎木子さん。ボクはなにも言ってないし、誰も責任を取れませんよ」

「……まどろっこしい言い方をするんだな」

「別にいいじゃないか。お嫁さんが察してくれてるんだから」


 半眼で睨んだら恋太郎は冗談っぽく舌を出して、すぐに表情を引き締め直すと、話を続けた。


「ちなみに、金津由家のことよりイサナメをどうにかしたいってのは軍も同じだよ。名の知れた大妖魔が野放しになってるなんて、絶対に許しちゃおけないってね」

「居場所は掴んでるのか?」

「残念ながら。行方不明らしい、ってことしか知らないよ。むしろキミがなにか知らないかって期待して来たんだけどね。心当たりはないの?」

「心当たり、な……」


 実を言うと、ないこともない。


 ずっと考えてはいたのだ。

 イサナメを斬った際の、手応えのなさについて。


 烏京は、ソファに横たわる雄鷹を振り返った。


「なあ、父上。――イサナメの本体は、どこにある?」

「……。……」


 父は、目を逸らした。


「本体ってのは、どういうことだい?」

「恋太郎、お前は言ったな。イサナメが『野放しになっている』と。だが、おかしいじゃないか。あいつは


 なんの障害もなく動いていたから忘れそうになるが、イサナメの封印はまだ生きているはずだ。自由に動き回れるわけがないし、本当に自由だったのならそもそも生け贄を求めることもない。


 詳しくない兎木子が訊ねた。


「封印されてる妖魔が、あんな風に活動することなんてあるんですか?」

「ないことはないよね。封印がゆるんで体の一部が出てくるとか、妖気が漏れるとか、魂だけ抜けるとか」

「イサナメもそうだったなら、殺せなかったのも納得がいく。封印の隙間からこぼれ落ちただけの切れっ端ってことだからな」


 烏京はそう言って、さらに雄鷹へと詰め寄った。


「教えろ、父上。イサナメの目的は封印を解くことだ。やつが次の手を打つ前に、本体を抑えておきたい」

「う……ぅぐぐ……!」

「黙るな! これ以上、なにを隠し立てすることがある!」


 父親の胸倉を掴み上げ、烏京は凄んだ。往生際も悪く口をつぐむ雄鷹を、怒気を込めて睨みつける。

 恋太郎も、内心を見透かそうとするように目を細める

 そして兎木子は――兎木子だけは、他のところに気を取られていた。


「……お父様?」


 恐れるように、白い喉が震えた。


「どうして、こっちを見ないんですか?」

「な、なななんのことを言ってるんだ」


 明らかな動揺。

 烏京と恋太郎も、雄鷹を放して玉鞠へと向き直る。


 中年男性の、後退しつつある額には脂ぎった汗が浮かんでいた。

 落ち着きなく両手を擦り合わせると、胸元のバッジが揺れるたびに照明を反射して光る。


 妖力燃料管理委員会のバッジだ。


「お父様、もしかして……」

「知らない! わたしはなにも知らない!」

「嘘だな」


 言い逃れようとしたところを、烏京が回り込む。

 逆側に恋太郎が回って挟み撃ちにすれば、圧力に耐えられなくなった玉鞠は吐いた。


「……発電所だ」


「えぇ!?」

「それはそれは……」

「妖力発電所か!」


 三人の驚愕は、計り知れなかった。


 妖力発電所では、強大な妖魔の死骸を燃料としている。

 あくまでも、死骸だ。

 生きている妖魔を使うなんて考えられないし、制度上でも禁止されていたはずである。


「さ、三年ほど前、取引先にトラブルがあって、納入予定だった燃料が手に入らなくなりました。代わりを探そうにも、燃料に使える規模の妖魔の死骸なんて、そうそう転がってはいません。最悪、発電停止も視野に入ってきた時、金津由家に助けを求めるという提案がされたんです」


 いったん話し始めると、あとは流暢だった。

 玉鞠は、膿を出すようにしゃべり続ける。


「金津由家が管理している式神の肉体を使わせてもらう、という話でした。式神として運用している妖力はごく一部で、大部分は眠らせておくしかなかったから、これを機に有効活用しようじゃないか、と。魂は抜いてあるし、強力な封印で縛ってあるから、死骸と似たようなものだと考えられて、採用されました」

「いやいや、ダメでしょうよ」


 呆れ顔で、恋太郎は言った。


「妖力発電では、大量の瘴気を帯びた廃棄物が出るんだ。終戦の爆弾で京都が消し飛んだ時のことは学校で習ったでしょう。瘴気に晒された封印が劣化するとは思わなかったんですか?」

「あ、あの爆弾の瘴気よりは低レベルです! それに、決定したのは上ですから。わたしに言われたって……」


 ゴニョゴニョ言い訳する玉鞠に、烏京はふと別のことに思い当たって訊ねた。


「一昨日、浄化した穢霊地で発電廃棄物を使った痕跡があったが、あなたがやったのか?」

「……金津由のご当主から、至急用立ててほしいと依頼されたことはありました。なにに使ったかまでは知りません」


 最後に、兎木子が呟いた。


「三年前……烏京様とお見合いしたころ? まさかお父様、あの縁談って……」

「あの時はいい話だと思ったんだ! 生け贄だとかは知らなかったし、上の言う通りに動いて名門士族と縁戚になれるなら、断る理由がないだろう!」


 玉鞠は断末魔のように叫んで、それっきり近くの椅子へと倒れこんでしまった。

 燃え尽きたのか、真っ白な灰になっている。これ以上は使い物になりそうにない。


「もう信じられない……ごめんなさい、烏京様。とんだご迷惑を」

「お互い、父親に苦労させられるな」


 顔を覆ってうつむく兎木子。その髪を撫でてやってから、烏京は恋太郎の方を向いた。


「後のことは、任せていいか」

「大丈夫だけど、キミはどうするんだい?」


 訊き返しながらも、恋太郎にはわかっているだろう。

 答えなんて、明白だ。


「俺は……ケリをつけに行く」


 目指すは、帝都雷獣町。

 東京妖力発電所だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る