第33話 タネ明かし
兎木子が実家へと連れ戻された後、烏京が取った行動は二つ。
物置から予備の鞘を引っ張り出すこと、そして相海卿と連絡を取ることだった。
「不躾ながら、お願いしたいことが」
もらった名刺の番号に電話をすると、応対してくれた秘書は望外な早さで手を回し、三時間後には依頼した小包が届けられた。特別に認可を受けた式神運送による神速配達とはいえ、恐るべきスピードだ。
足の長さほどもある細長いダンボールの、梱包を解き、緩衝材の詰まった桐箱を開けると、出てきたのは一振りの小太刀。
ただの小太刀ではない。
昨日の襲撃者から押収した式神付きの封魔刀を、警察から横流ししてもらったのである。
烏京は小太刀を五寸ばかり抜いて鍔元に彫金された封魔呪文を検めると、軽く霊波を流し込んで馴染ませてから、解封詠唱。
『コーン!』
ヒビ割れた刀身の内から、狐が鳴いた。
溢れる妖気を霊波で操作。変化術を用いて、その身を透明に塗り潰していく。
●
実家へ連行された兎木子がまず最初に行ったのは、自身の再婚相手とやらが何者なのかを確かめることだった。
これは存外に簡単で、父に訊いたら教えてくれた。
身柄を手中に収めて逃走の心配がなく、携帯端末を取り上げたから外部と通信することもできないので、油断したのかもしれない。
「金津由家の現跡継ぎ、科人さんだ」
それを聞いた時、正直に白状すると喜びすら覚えた。
相手が金津由だというなら、烏京は間違いなく反対してくれるだろう。ぶち壊すことに躊躇する必要のない縁談である。
その後は浴室で全身を洗浄され、髪の先から爪の内、奥歯の奥まで徹底的に磨き上げられて、化粧やら髪結いやら着つけやらを受けているうちに時間は過ぎ去っていった。
人形工場の商品になった心地で、なすがままにされること三時間ばかり。
ようやく一段落がついて、しばらくぶりに帰ってきた自室――最後に出た時から手つかずになっていたらしい――にて一人、雲行きの怪しい空を眺めていたら、その窓が前触れもなく外から開かれた。
「俺だ、烏京だ」
なにもない空間から青年の声が聞こえて、質量のある物体が床に落ちる音がして、少し間を置いてから透明化を解除した烏京が姿を現わした。
烏京は白無垢に着替えた兎木子を見て複雑そうな顔をしたが、言及することはせずに話を進める。
「それで、首尾はどうだ?」
「わたしは科人様のところにやられるそうです」
「科人……やっぱり金津由か」
「こうなってくると、烏京様のお見合いも、金津由家の差し金と考えた方が自然でしょうね」
苦々しい表情をする烏京。
期待通りの反応と、すでに考えをまとめてあったことから、兎木子は心晴れやかだった。
「烏京様、これから金津由家の本邸に向かわれるおつもりですか?」
「ああ。俺の予想通りなら……いや、そうでなかったとしても、いい加減がまんの限界だ。直接出向いて、話をつけなきゃならん」
「そうおっしゃると思ってました。けど、烏京様の言う『最悪を想定』するんでしたら、念には念を入れるべきです」
「……どういうことだ?」
眉をひそめる烏京に、兎木子は八重歯を覗かせてほほ笑んでみせる。
「どうせ出向くなら、一工夫しましょう」
●
かくして、幻狐の変化術で容姿を交換した烏京と兎木子は、それぞれ金津由本邸と見合い会場に向かい、今に至るという次第である。
おかげで、警戒されることなくイサナメの儀式場まで連れてきてもらえたのだ。
「う、烏京……馬鹿な、なぜ探知機でわからなかった……?」
「階級だけで言えば、幻狐は中級でもかなり下の部類だ。霊波で最小限に絞ってやれば、よほど精密に調べない限り引っかからないさ」
だからこそ、妖術を使いながら烏京の霊感すらかいくぐれるくらいに、幻狐という妖魔は厄介なのである。
愕然とする雄鷹に、烏京は不敵に笑ってみせた。
……塵塚怪王の方は、そうもいかないがな。
幻狐の妖力を隠すのは容易いが、上級妖魔ともなれば封印状態であったとしてもなにかの拍子に感知される恐れがあった。検査される可能性が高い自分自身が身に着けておくのはリスクがある。
そこで、事前に軍刀をただの枝に変化させておいた。出迎えた使用人――兎木子と通じているスパイに託して、検査を受けた後で回収する。この点は敵の動きを測りきれないため賭けだった
上手く回ってくれたのは僥倖だが、烏京に協力したことがバレたら使用人たちが困ることになるので、胸の内に留めておく。
もっとも、裏切った使用人に報復するような余裕が、今後の雄鷹に残っているかどうか怪しいところであったが。
「退いてくれ、父上。あんたにも言いたいことは山ほどあるが、その前に仕損じた始末を着けておきたい」
「ぐ……ぬぬぬ」
雄鷹は顔を歪めた。
にじり寄る烏京への恐怖。
彼のまとう妖気、怒気、闘気、どれを取っても太刀打ちできないと自覚する劣等感。
しかも、その眼中にあるのはイサナメで、自分は路傍の石ころ程度にしか思われていないという屈辱。
あるいは、この場でイサナメを斬ってもらった方が後腐れがないかもしれないとよぎる打算。
烏京には、それらすべてが手に取るように読める気がした。
父親が、保身的な防御姿勢を取りながら道を開ける、どうしようもなく矮小な姿にいっそ悲哀すら感じつつ。
右手に軍刀、左手に小太刀の二刀流で、地面を蹴る。
「今度こそ逃がしはしないぞ、イサナメェ!!」
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