第25話 京都デート(後編)
コーヒーを満喫した後は二人して、戦後再建された寺や神社をお参りしたり、有名なレストランの行列に並んでみたり、土産物屋で買い物したり。
観光客になりきって楽しんでいるうちに太陽は巡り、下り坂へと差しかかってきたところである。
「さて、そろそろいい時間か」
時計を確かめた烏京は、兎木子に誘いをかけた。
最後に寄りたい場所があるのだ、と。
ずっと後をついていくだけだった烏京が初めて提案したことに、兎木子はパチクリとしながらも同意。ちょうど近くに停まっていた人力車を捕まえて、烏京の告げた行き先は京都の町外れだった。
「……こんなひと気のない場所に連れてきて、なにをするつもりですか?」
言い方に語弊がある。
人里離れた、といってもちょっと山あいに入っただけだ。道路に歩行者こそ見かけなくなったが、車は行ったり来たりしているし、遠くには山寺らしい建物もあって、人の目がないわけではない。
「この先に、馴染みの店があるんだ。お前に渡しておきたい物があってな」
「わたしにですか? 烏京様が? 贈り物を?」
頷くと、兎木子はそれっきり風景を眺めたまま黙ってしまった。心なしか、頬が赤い。「ふひひ」とニヤけているみたいで、機嫌がいいならばとそっとしておく。
「お客さん、そろそろ着きますぜ」
勢いを落とすこともなく山道を上っていた車夫が、肩越しに言った。
アスファルトの国道から砂利敷きの脇道に逸れて、少し進むと木立の陰から丸太小屋風の店舗が見えてきた。ガラス扉の上の看板には、毛筆で『刀匠狗肉』と書かれている。
「刀屋さん、ですか?」
「鍛冶と販売、両方やってる店だな。……入るぞ」
車夫に紙幣を多めに渡して待っているようにと頼んでから、ガラス扉を押して入店。
壁一面に飾られた日本刀の数々に、兎木子が「おぉ」と小さく声を漏らした。金津由は武官の家なので刀を何振りも持っていたが、コレクションする趣味を持つ者はいなかったため、こういう光景はあまり見ることがなかったのだ。
「失礼、どなかたいらっしゃいませんか」
人がいなかったため烏京が声をかけると、レジの裏からガタゴト物音がして、眼鏡の老爺が億劫そうな足取りで現れた。
小柄で細身な作務衣姿。浅黒く焼けた肌には険しいシワが刻まれており、いかにも気難しい老人といった風体だったが、烏京を認めると眼鏡の奥の小さな瞳をかっ開いて、それから懐かしげにほほ笑んだ。
「おお、金津由さんとこの坊主か。待っとったで。そっちのお嬢さんが、電話で言うとった嫁さんやな」
「ご無沙汰しています。
「は、はい。兎木子と申します」
「挨拶はええさかい、はよ上がり」
甚五翁は烏京たちの会釈を遮って、裏手にある座敷へと誘った。
「噂に聞いたが、式神を失くしたんやて?」
「ええ、まあ。色々ありまして」
「……ふん? なんや、しょぼくれてんのと違うか思とったら、前よりもええ顔しとるやないか」
甚五翁は意外そうにしつつもそれ以上踏み込んでくることはなく、代わりに座敷に用意してあった風呂敷包みを広げた。唐草模様の風呂敷に包まれていたのは、十かそこらの小振りな桐箱である。
「急な注文やったから、数打ちのしか用意しとらんが、構わへんな?」
「十分です」
烏京は礼を言って、桐箱を開けていく。
中身は懐剣という分類の、ごく小さいサイズの刀であった。
なんなら平手で隠せそうな刃渡り。黒っぽい地肌には星砂のような煌めきがあって、穏やかな刃紋とあいなって夜の海みたいな印象を与える。
刃物なのに可愛げすら感じさせる刀身に、普段は関心を示さない兎木子もうっとりと見入っていた。
「きれい……。烏京様、贈り物ってこれですか?」
「若い嫁さんにプレゼント、っちゅうには色気がないと思うんやけどなぁ」
甚五翁が苦言を呈するが、当の兎木子は愛しそうに桐箱を撫でて、「わかっていますよ」と言いたげな目で烏京を見上げる。
「これつまり、あれですね? 士族の妻になったからには、いざとなったら恥を晒すことのないよう自ら首を……あだ!?」
「違うとわかってて言ってるだろ」
デコピンして黙らせた。
そんな物騒きわまりない発想は、戦時中の狂気が最後である。あからさまに嘘とわかる嘘を吐きやがって。
「お前の護身を考えると昨日言っただろう。そのための懐剣だ」
「痛たた……もちろんですよ。ちょっと趣味の悪い冗談じゃないですか」
兎木子は額をさすりながら恨めしげに口をとがらせて、それから懐剣選びに取りかかった。
烏京や甚五翁からも助言を受けつつ、微妙にサイズや形状や重さのことなる刀から一振りを選び、柄や鞘のデザインなど拵えを選び、小一時間も時計が回ったころになって、ついに兎木子の懐剣が完成した。
「……できた!」
「じゃあ、後は仕上げだな」
烏京はそう言って兎木子を下がらせると、自身の軍刀を抜いて懐剣の傍に置いた。
「――解封」
刀身にヒビのような幻影が浮かんだ。
割れ目の向こう側からは鏡を組んで作った大鬼がこちらを凝視している。封印していた妖気が溢れ出てくるのを、魂の波動でもって掌握し、懐剣へと注ぎ込む。
豪快かつ精密な作業だ。
本来なら詠唱装置を使用して厳格に妖力量を調整するところを、霊波による手動管理で注入していく。
妖気の質と懐剣の状態を見極めながら、強過ぎず、弱過ぎず……――――よし!
『――――!』
一瞬、懐剣が宙に浮いた。
空中で産声を上げるように振動した後、コトと落ちたきり動かなくなる。甚五翁が近寄り、専門器具で刀身を叩いたり電極をつけたりして検査して、「うんうん」と頷いた。
「ちゃんと安定しとるな。妖力量も規定内。今どきのガキンチョが、ようもあないなアナログ手法でやりおるわ」
「刀が良かったんでしょう。それに、塵塚怪王は元からこういう能力ですから。式神が他の種族だったら、こんなに上手くはできませんよ」
「あの……どうなったんですか?」
なにが起こったのか、一人だけ理解できていない兎木子が説明を求めた。
器具を片付けながら、甚五翁が答える。
「妖刀化処理いうてな。刀に妖気を与えるんやけど、それをええ塩梅で抑えとくと、妖魔みたいに勝手に暴れたりもせんとええ感じで安定すんねん」
「ちょっと上等な刀にレベルアップした、くらいに思っておけばいい。お前に使いこなせるとも思ってないしな」
式神を封印し直し、腰に軍刀を戻した烏京が話を引き継いだ。
「これでお前の懐剣は、俺の式神と親子の縁で結ばれた。妖気の繋がりを介して、俺がお前を守ってやれるようになる。大事なのはそれだけだ」
「なるほど、なるほど……」
兎木子は噛みしめるように何度も頷いて、受け取った懐剣をじっと見つめた後、大事そうに抱きしめた。
「つまり、これがあれば烏京様がいつでも傍にいてくださるのと一緒ってことですね」
「ん、まあ、そうだな」
こっ恥ずかしい言い方だが、間違いではない。
妙に居たたまれなくなって、頭を掻きながら視線をさまよわせる烏京だったが、そうしていると甚五翁が書類をヒラヒラ振りながら持ってくるのと目が合った。
「イチャつくんは構わんけど、先に手続きしてもろてもええか?」
「別に、イチャついては……それで、手続きですか」
「刀剣を買うんも、妖刀処理も、お上に届け出なあかんのは知っとるやろ? 役場にはわしから口利きしといたるから、ちゃっちゃと頼むで」
書類を押しつけられて、烏京と兎木子はそれぞれ気まずさを紛らわすように空欄を埋めていると、表で鳩時計が鳴くのが聞こえた。
窓を見れば、外がだいぶ赤らんでいる。
「そろそろ、時間だな」
呟く声に緊張がにじんでいることを、烏京は自覚していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます