第23話 京都デート(前編)
相海与之助。
政府与党のベテランとして貴族院にて辣腕を振るう代議士であり、現在の陸軍大臣――すなわち帝国陸軍を統括する文官側のトップでもある。
代々武官として軍に影響力のある金津由家とは、根本からして異なる勢力を束ねる親玉、とも言えた。
「一度聞いたことがあるが、恋太郎の父親だそうだ」
「まあ! 相良様って、そんなご立派な家のお方だったんですか」
「親子といっても、妾腹だがな。表向きは認知すらされてないらしい。生活の面倒については母ともども見てもらってきたから、恩義を返すために軍人になった、とかなんとか言っていたな」
そんな会話をする烏京と兎木子は、一晩で旅支度をして高速鉄道で西へと向かっている最中である。
いわく、相海卿は政務で帝都を離れているのだとかで、こちらから会いに行くことになったのだ。どうせ狩りの翌日は休みを取ることにしていたので、烏京にとっては大して問題なかったが、唯一気がかりなのが家を留守にしなければならないことだった。
遠出となれば、一日か二日は泊まることも考えられる。
兎木子の身の守りを万全にしておきたい、と話していたばかりなのに、それをほっぽり出していくわけにはいかない。
そして話し合った結果、兎木子が一緒についていくことになったのだ。
ちなみに留守の家は、お鶴に番を任せている。
『終点~。お降りの際には、忘れ物にご注意くださいますよう……』
アナウンスが鳴り、程なくして列車が停止した。
席を立ち、他の乗客たちと流れるように降車すると、東京とはまったく違う空気のにおいに迎えられる。
兎木子は胸いっぱいに息を吸った後、隣の烏京をうかがう
ように見上げた。
「相海卿との待ち合わせは夕方の六時ちょうど、でしたよね」
「それまではやることもないし、自由行動だな。行きたいところは決まったか?」
「はい!」
兎木子は無邪気に目を輝かせて、携帯端末に表示した観光案内を示した。
「まずは京都タワーに上りたいです。近いですし。有名ですし」
「いいだろう」
はしゃぐ兎木子に手を引かれて、烏京は歩き出す。
揃いの袴姿で、烏京が帯刀してなかったら学生のカップルに見えたかもしれない。後ろ盾になってくれる人物に会おうとしていることなどうっかり忘れてしまいそうだが、これは相手方からの要望だった。
『正装とか手土産とかはいらないってさ』
そう伝えてきた恋太郎によれば、なるべく面会する事実を伏せておきたいみたい、のだそうだ。
兎木子を同行させたいと言ったら列車の切符代まで出してくれたのも、ただの観光と見せかけるのにちょうどいいからだ、と。
会って話をした、というだけの情報も慎重に管理しなければならないのだから、権力者というのも大変である。
とまあ、よしなし事はさておき。
駅を出てすぐのところにそびえる京都名物、レクイエム京都タワーに入ると、エレベーターに乗って展望室へ。
蝋燭形をした塔の最上階は、いくつかの高層ビルに背を抜かれてしまっているものの、朝日に照らされた市内を十分に一望することができた。
「きれいですねぇ。生で見ると、何倍も綺麗」
写真や動画では何度も見たことがあるが、実際に訪れるのは初めて。
来る前に、兎木子はそう語っていた。
京都洛中。
魔都とも呼ばれるここは、帝都東京と並ぶ日ノ本を代表する都市だ。碁盤にも例えられる道路が格子状に交わる街並みには近代的なビルディングと伝統的な神社仏閣が混在して、独特な趣きがある。
「……ん?」
うなじに、視線が刺さる感触。
心から観光気分の兎木子がうっとりとしている間に、烏京は屋内を見回した。
平日の朝だからだろう。展望室はガランとしており、景色を堪能している客が二組ばかりと存在感の薄い警備員がいるくらいで、怪しいものは見当たらない。
……気のせいだろうか?
烏京は首の後ろをさすりながら眉をひそめたが、奥の方にある物を見つけて、そちらに関心を奪われた。
「烏京様? どうかなさいました?」
「いや……なんでもない。少し、あっちに行ってもいいか」
かすかな違和感は脇に置いて、兎木子を伴って向かった先に鎮座していたのは、半壊した仏像だった。石製の仏が憤怒の形相で、炙られた飴細工みたいに表面が溶けてしまっている。
「『被爆不動尊』、ですか?」
名札を読んだ兎木子が、神妙な顔をする。
もう八十年になる。先の大戦で日ノ本を全面降伏させる最後の一押しとなった悲劇だ。
米国の落とした新型爆弾たった一つで、千年の歴史を擁する京の都は焼け野原となった。多くの生命が奪われ、生き残った人々も撒き散らされた瘴気によって重い穢れを負ったのだが、もっとも大きな被害はそこではない。
京都にあった無数の神社仏閣、史跡や聖域が一度に焼滅してしまったのだ。
歴史的文化的な損失はさておくとして、問題はそれらが千年かけて封印してきた妖魔たちが復活したことである。
文明開化と引き換えにオカルトへの対抗手段を失っていた現代人は手も足も出ず、妖魔は瞬く間に京都から全国へと広まった。各地で暴虐の限りを尽くし、また別の封印を壊して新たな妖魔を目覚めさせる。
敵国の大空襲がかわいく思えるほどの地獄絵図と化した日ノ本を、時代の陰で細々と知識を伝えていた退魔士が多大な犠牲を払いながら鎮圧するのに七年。それでなんとか復興の目処がついたものの、妖魔の出現が常態化してしまった日ノ本を元に戻すことは叶わず、今でも戦いが続いている。
「……イサナメは、最初期に目覚めた京妖魔だ。曽祖父が討伐に参加して、倒しきれずに再封印したのを、祖父が式神にしたと教わった」
兎木子に聞かせるというよりは独りごちるように、烏京は展望室からの街並みを見下ろした。移動して方角が変わったので、景色も少し変わっている。
ビル群の並ぶ通りの果てにそびえる大規模な建物は、東京雷獣町にあるのと同じ、妖力発電所だ。
数えきれない屍を踏み超えて、日ノ本でも指折りの発展を遂げた京都であるが、その支柱となったのは他でもない。元凶である妖魔の死骸から作り出した、安くて豊富な電力なのだ。
これを過去の軽視として批判する声は昔からあって、タワーからでも抗議運動する活動家の旗が見えたりもする。
だが、先人の血と涙を冒涜するというなら、金津由家の犯してきた罪の方がよっぽどではないか。
国のため、民のためと言いながら、その実は目先の私欲を満たしていただけ。近い未来には、せっかく封じた大妖魔を自由にしてしまうところだったのだ。
「片棒担いできた俺は……」
一度は引いた罪悪感が、波となって打ち寄せてくる。
傷だらけの不動明王に責められているような気がして黙りこくっていると、横から兎木子が覗き込んできて「むっ」と頬を膨らませた。
「烏京様。怖い顔になってますよ」
「お」
「こんなに可愛いお嫁さんが隣にいるのに、失礼じゃないですか?」
冗談っぽくすねてみせる姿に、気が緩む。
兎木子はその隙を見逃さずに、烏京の袖を引いた。
「さあ、そろそろ次に行きましょう」
「……ああ、すまない」
仏像の前に賽銭箱があったので、少ないながらも入れて手を合わせた後、二人は下りのエレベーターに乗った。
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