京都へ行こう
第22話 お嫁さんに相談
兎木子とともに帰宅した烏京は、居間で膝を突き合わせて穢霊地での一件を話して聞かせた。
「うーん。たしかに生け贄の儀式でたくさんの鏡を割ってしまってましたけど……。鏡を捨ててたってだけじゃ、犯人が金津由家かどうかはわかりませんね」
「杞憂ならそれでよし。今はなるべく最悪を想定しておくだけだ」
「最悪……」
「それで、俺も一点調べてみたんだがな」
と、烏京はメモ書きを取り出した。
帰り際に本部で調べ物をした成果だ。ちょうどよく市場調査の仕事を押しつけられていたおかげで、自身の権限の範囲内で自然に調べることができた。
「三日前から、いきなり鏡の値段が跳ね上がってる。特に儀礼用の鏡だな」
「そういえば、昨日の鏡屋さんも言ってましたね。まさか、そんな最近だったとは思いませんでした」
年末にはあちこちで、退魔浄化や祈願など様々な儀式が行われる。鏡は定番の儀式道具であり、この時期は品薄になりやすい。そんなところで誰かが大量に買い占めたせいで価格が急騰した、といういきさつらしかった。
買い手が何者かまでは判明しなかったものの、三日前といえば烏京が勘当されたのと同じ日だ。最悪を想定するならば……
「金津由が鏡を集めてるんだとしたら、生け贄の儀式をやり直そうとしてる可能性すらありますね。……とは言っても、仮定に仮定を重ねたものですけど。確証なんてどこにもありませんし、そもそもイサナメは烏京様が倒したはずです」
「まだイサナメが生きてるという確証があるなら、今すぐにでも殴り込んでやるんだがな」
「確証があっても駄目ですよ。やるならキチンと合法的に。でないと、社会的に死んでしまいます」
わたしのために出世してくださるんでしょう? と、兎木子は烏京を諌めつつ携帯端末を開いた。
「推測だけじゃ、どうにもなりません。なにはさておき、まずは探りを入れましょう」
ササッと画面をタップして、どこかにメッセージを送る。
「探りって、当てがあるのか?」
「金津由の使用人に訊いてみるんです。イサナメや生け贄のことについては隠していたとしても、市場が混乱するほど鏡を買い漁っているなら、なにかしら見聞きしているんじゃないかな、と」
「それで、すぐ連絡取れるのか」
「わたしたちの力になりたいっておっしゃってくれてたでしょう? 無理を言って本家に帰ってもらいましたけど、こんな時のために繋がりを保っていて正解でした」
「……まさかお前、始めからスパイに使うつもりで追い返したんじゃないだろうな?」
「ふひひ。まさかそんな、頭の片隅にしかありませんでしたよ」
その回答は肯定形だ。
嘘が見えないから、本当に想定していたらしい。用意周到というか深謀遠慮というか、烏京には持ち得ない考え方だ。
驚き呆れているうちに、兎木子は文章をまとめて送信して携帯端末を仕舞った。
「これでよし、と。返信が来るまで待つとして、まだ話してないのは、身辺の守りについて、でしたっけ」
「あ、ああ。……そうだな。手を打つのが遅れて怪我するのは、二度とごめんだ。できる限りの備えはしておきたい」
兎木子の頬に刻まれた傷跡を一瞬だけ見つめて、烏京は戒めるように呟いた。
「金津由だろうが誰だろうが、俺を狙ってくる分にはどうとでもなる。問題は兎木子だな。家に結界を張って、婆様に付き添ってもらう以外にも……ん?」
――RRRRR!
唐突な電子音が思案を遮った。
兎木子に返信が届いたのかとも思ったが、鳴っているのは烏京の携帯端末である。
『急に悪いね、烏京。今は家かい?』
取ってみれば、相手は恋太郎だった。わざわざカメラ通話にして、画面越しに手を振っている。
「お仕事の電話でしたら、わたしは外した方がいいでしょうか」
『ややっ、その声は兎木子さんですね? 初詣の時にご挨拶して以来ですか、どうもお久しぶりです。ねぇねぇ烏京、ちょっと画面を向けておくれよ。ご結婚のお祝いくらい、面と向かって言いたいじゃないか』
「他に用がないなら切るぞ」
『わぁ待って待って! わかったよ、すぐに話すから。……兎木子さんも、烏京がいいって言うなら聞いてもらって大丈夫ですよ』
切ると言ったら冗談なしで切ることにしているのは互いに知るところなので、恋太郎は慌てて本題を開示する。
電話に出た際には、穢霊地でのことを調べると言っていた件かと思ったのだが、これまた予想に反して恋太郎が話したのはまったく別のことだった。
『実は烏京に会いたがってる人がいてさ。渡りをつけてくれって頼まれたんだよ』
「こんな時間に電話してくるほど、急ぎなのか?」
『まあ、相手が相手だからね。烏京にとっても悪い話じゃないよ。軍での肩身が狭くなってるんなら便宜をはかってくれるって言ってるんだ』
「あー……つまり、こういうことですか」
腑に落ちたように、兎木子が人差し指を振った。
「金津由から追い出されて孤立している烏京様を、自分の陣地に引き入れたい、と」
『はっはっはっ。やだな奥さん、言わぬが花ってやつですよ』
ざっとらしく笑う恋太郎。
だが、そういう話ならばもっと早くに来てほしかった、というのが烏京の感想だ。そしたら、兎木子が増田を脅迫することもなかったというのに。
『今日の活躍がもう噂に流れてるんだね。様子見してたお偉方も、烏京の強さが変わりないってわかった途端に目の色を変えてるみたいだよ』
「現金な話だな。後ろ盾になってくれるなら利用させてもらうだけだが。……兎木子はどう思う?」
質問や回答は一旦保留して意見を求めると、画面の恋太郎が「へぇ」というような表情をした。
訊かれた兎木子は思考を切り揃えるように指を振りながら答える。
「わたしなら、即答して早さを求めるか、とことん焦らして値を吊り上げるかのどちらかですね。相手が誰で、なにをしてくれて、他にどんな選択肢があるかによります」
「だそうだが。どこまで答えられる、恋太郎?」
『あはは。交渉し甲斐のあるお嫁さんだね。……うーん、ボクの立場で言えることは少ないけど、そうだな。じゃあ、相手の名前だけ』
恋太郎は言葉を区切ると、面会を望んでいるという人物を告げた。
その名が与えた衝撃は大きく、結果として烏京は二つ返事で了解することになる。
『
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