第19話 穢霊地・中心部

「あんまり簡単に勝たれると、退却しようとしてたボクが馬鹿みたいじゃないか」


 一段落ついたところで、恋太郎が苦笑しながら近づいてきた。


 応じる烏京はいつもの仏頂面。

 別段、驚くほどの勝利だとは思っていなかった。

 塵塚怪王は上級に分類される妖魔であるが、あれはだ。普通の鏡なりコンクリートなりから生じた騒霊とは妖力の大小はあっても本質的な違いはなく、さほど困難な敵ではない。


「強い強いとおだてておいて、信用してなかったのか?」

「限度ってものがあるじゃないか。式神なしであれだけやれるなんて、普通は思わないよ。だいたい、なんだい谺封こだまふうじって。普通は数人がかりで使う合体技だぜ」


 冗談半分、非難半分で言い返したら、恋太郎は馬鹿を見るような目で首を振った。処置なし、みたいな扱いは遺憾である。


「まあ、ともかく。せっかく烏京が掃除してくれたんだ。また騒霊が湧かないうちに、中心部を拝みにいくとしよう。おーい、キミたちも早くおいで」


 恋太郎は話題を切り替え、士官候補生の三人が映画でも見た後のような虚脱感を漂わせているのに呼びかけた。


 瓦礫の山を乗り越えた先。

 管理施設の裏手には、大きなクレーターが出来上がっていた。

 塵塚怪王によるものだろうか、元がどんなだったのか知るすべはない。さらに十メートルくらい行くと常緑樹が生い茂っており、その向こうには小高い塀が見えた。


「……不法投棄するには立ち入りにくそうな場所だね。人目にはつかないだろうけど」

「瘴気が濃いな。なにが原因だ?」


 恋太郎は不可解そうに周辺を見渡して、烏京はクレーターの底が見えなくさせるほど濃密な瘴気に眉をひそめた。

 四人は待機させ、霊波による守りを強めて慎重に下っていくと、最も深いところに金属的な光沢のある物が落ちているのが見えてくる。

 かなり小さい。

 煙草入れくらいの、銀色に艶めく小箱である。内側から爆発したみたいに変形し、半分溶けてしまっているので、見る角度が違ったら箱ともわからなかったかもしれない。

 烏京は黒狩衣の袂から結界術を編みこんだビニール袋を取り出すと、呪文を唱えながら小箱を収めた。すると、透明な袋の中はたちどころに瘴気が充満する。


「……なるほど」


 おおよそ、正体は察した。

 烏京は妖気を込めた跳躍でクレーターの外へと飛び出すと、それとなく恋太郎を手招きする。恋太郎はすぐに察して、士官候補生たちを振り返った。


「キミたち、浄化の術は使えるっけ?」

「当然、できますけど」

「じゃあ、この辺の瘴気をお願いできるかな」


 三人に仕事を押しつけて、気を逸らせてからこちらに身を寄せる。


「……で、なにを見つけたんだい?」

「瘴気の発生源、を入れてた物の残骸だ」


 ビニール袋に入った小箱を放って寄こしながら、烏京は言った。


「懸念していたのは三内だったか。なぜ、もっと早い段階で穢霊地が見つからなかったのか」

「誰かが瘴気の塊を持ち込んで急激に汚染したから、だって? それにしちゃ、小さすぎない?」

「ないわけじゃないだろ。そのサイズで塵塚怪王が生まれるレベルの瘴気を出す物。破魔の効果がある銀の容器で持ち運ばなきゃならないくらいの危険物といえば?」

「……。まさか、妖力発電の廃棄物? いやいや、まさか。保管も処理もトップクラスの厳重警備だぜ。仮に持ち出したとして、こんなとこに使うもんじゃないでしょ」


 信じられない、と言うのも無理はない。

 烏京の考えが正しければ、行われたのは不法投棄なんて甘っちょろいものではなく凶悪なテロ行為である。

 だが、ターゲットが緑地公園とはどういうことか?

 近隣には住宅地があってそれなりの被害が出るだろうが、所詮はだ。政府機関や重要インフラ、都内にはもっとインパクトのある標的が掃いて捨てるほどあるのに、わざわざ戦略的価値の低い場所を狙ったのはなぜか。

 意図的に穢霊地を発生させるなんて国家的犯罪はリスクもコストも大きすぎるが、そこまでのことをしておいて被害ゼロという結果はあまりにも不可解だった。


「まあ、あっさり解決しちゃったのは烏京が強すぎたからだけどね」


 恋太郎は現実感のなさそうな様子で、渡された遺留品を軍服のポケットに仕舞った。


「目的がなんであれ、このことは黙ってた方がいいだろうね。本当に妖電廃棄物なら、どっかのお偉いさんが絡んでるかもしれない。『なんにも気づかず、普通に任務を完遂しました』ってことにしておくのが賢明だよ」

「……お偉いさん、な」


 脳裏に嫌な顔が浮かんで、烏京は言葉を濁した。

 心当たりというほどの根拠はない。ただ、テロル級の危険物を手配できる権力者で、ついでに大量の鏡を廃棄する事情がある人物がちょうど……いや、まさかな。

 気が滅入るだけなので、思考するのは後に回す。


「……俺には関係ないこと、と言えれば楽なんだが、そうもいかんだろうな。軍人としては」

「同意するけど、キミは引っ込んでなよ。目立たないよう調査するって点においちゃ、キミはまったく信用できないからね」

「……」


 否定できないので、烏京はそっぽを向いた。


 クレーターの方では、士官候補生たちが一通り浄化を終えたようだ。

 成果を確認してもらいたがっているようなので、相談を打ち切って彼女らの元へと向かおうとしたら、最後に恋太郎がこんなことを提案した。


「いっそ。キミの奥さんに調べてもらうってのはどうだい? 許可証の時みたく、ボクよりも上手くやってのけるかもしれないぜ」

「馬鹿言え。いくらなんでも危ない橋がすぎるだろう」


 その時は歯牙にもかけなかった烏京だったが、穢霊地の中心部から外周まで浄化を行い、もう妖魔が残っていないことを確認して、出入り口で結界を守っていた警官たちに報告した後になっても、恋太郎の提案は消えてくれなかった。


 ……兎木子にも、話すだけ話しておこうか。

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