第18話 上級妖魔

「守れ、恋太郎!」

「っ……妖気展開!」


 恋太郎の構えた軍刀から妖気が噴出し、五人を守護するように広がる。直後、大小のコンクリート塊を乗せた爆風に飲み込まれた。


 砂塵が視界を、轟音が耳を塞いで堪えること数秒。嵐が通り過ぎて煙がおさまってくると、ひどいありさまだった。

 瓦礫によって地面はズタボロ。

 後方の木々も幹をえぐられたりへし折られたり。

 そして二階建ての管理施設は見る影もなく半壊してしまっており、崩れかけた壁をまたいで巨大な影が出現した。


 ――鬼。


 そう呼んで人々が想像する姿そのものだった。

 筋骨隆々とした赤銅色の肌。天を衝くがごとくに逆立つたてがみ。爛々とギラつく黄金の瞳。それらはよくよく観察すると、肉体すべてが騒霊たちと同じような鏡が寄り合った集合体であることがわかる。


「あれは、まさか塵塚怪王っすか!? なんでこんなとこに上級妖魔が……?」

『ゴオオオオオアアァァァァァ!!』


 岩内が驚愕する声を遮るように、赤鬼を模した鏡の

オブジェは雄叫びを上げた。

 恐ろしい重低音が大地を震わせると、新たな騒霊が十体も二十体も飛び出してきて――ブルッと身震いしたかと思うと、鏡の縁から胴体やら手足やらを生やして次々と地面に降り立った。


「ヤダなにぃ!? 見た目変わったんですけど」

「付喪神に進化した! 塵塚怪王の能力っす。ガンガン配下を増やして強化してくるっすよ!」

「これは……ボクらだけじゃ荷が重いかな」


 恋太郎は妖力障壁を解いて一息つきながら呟いた。

 妥当である。

 五人は簡易な装備しか身に着けておらず、過半数がつい今しがた式神を得たばかりの士官候補生。上級妖魔ともなれば大規模退魔術式の使用を検討する事案なのに、あまりにも心もとない。

 もっとも、この時の烏京には知ったことではなかったのだが。


「……いいなぁ、欲しいなぁ」

「ちょっ、烏京!?」


 踏み出した烏京に、恋太郎は目を剥いた。


「まさかやる気か!? キミ、今は式神いないんだぞ」

「だからこそ、だ。下級なんか捕まえてもつまらんと思ってたんだが……あれなら申し分ない」

「いやいや、無茶だって。せめて補佐できる人員を揃えてからさ」

「見たところ、言葉も話せていない。生まれたてで自我が完成していないんだろう。成長する前に片をつけた方がいいぞ」

「……ボクらは手伝えないよ?」

「構わん。三内の言っていた人影というのが気になるから、横槍が入らないかだけ警戒しておいてくれ」


 制止の言葉を、烏京は淡々と退けながら単独で前に出る。

 引くつもりがないことは伝わったようで、恋太郎は諦め気味に嘆息した。


「……一応、指揮権はボクにあるんだけど」

「今さらだな」


 肩越しに笑みを返して、烏京は瞬発した。

 瓦礫の転がる地面を飛燕のごとくに駆け抜ける。付喪神と進化した鏡が生えたばかりの体をもたつかせながら立ち塞がるが、烏京を止めることもできずにことごとくが砂と化して崩れ落ちた。


 ――さんっ!


 行きがけの駄賃で喰らい尽くした妖力を、烏京は両脚にまとってさらに加速。管理施設の外壁を駆け上って塵塚怪王の頭上へと躍り出ると、大上段に斬りつける。

 グワァン! と鐘でもぶっ叩いたみたいな響音を、大赤鬼の頭蓋は奏でた。塵塚怪王は半歩ばかりよろめくが、烏京も刃を通すまでは至らず弾き返されてしまう。

 宙に浮いたところに、付喪神たちが鏡面を合わせて反射光をサーチライトよろしく照射。攻撃的な妖気を帯びた光線が黒狩衣を焼くが、


「喝――ッ!」


 力任せに放った霊波で妖気を散らした。

 直後、塵塚怪王が大岩のごとき拳を握って殴りつけてくるのを、烏京は空を蹴っての高速起動で背後を取りがら空きの尻を斬り上げてやる。

 再びグワァン!

 斬撃は通らずに弾かれて、後ろ手に払い除けられるのを躱す。

 空振りした剛腕に砕かれた瓦礫が妖気を付与されて乱舞する中、前面に回り込むと腹に一撃。グワァンと弾かれる反動を受け流して降下し、ついでに鬼の足元にいた付喪神を撫で斬りにして妖気をさん奪してから、左の膝小僧にグワァン! 飛来する瓦礫を踏み台にして跳躍ざまにグワァン! 宙で一回転して後頭部をグワァン! グワァン! グワァン! グワァングワァングワワワンワングワンワンガガンガンガンガンガンガンガンガン――――……



「退魔術、谺封こだまふうじ


 連撃に継ぐ連撃。

 四方八方跳び回りながら叩きつける斬撃は、赤鬼の表皮にこそ傷一つつけられなかったが、刃金に込めた霊波は浸透していた。あらゆる方位から絶え間なく注がれ続ける霊的波動は、妖魔の体内で重なり合い、強く大きく複雑な波紋へと成長する。


『ご……ガァ…………』


 初めは動じなかった塵塚怪王の動きに、変化が見えた。

 まるで油の切れたカラクリ人形みたいに関節の駆動が軋み出し、雄叫びも途切れがちになっていく。鈍り始めるとあっという間で、赤鬼は体内の霊波に妖力を抑え込まれて完全に停止した。


 ――封魔詠唱。


 すかさず、烏京は呪文を唱えながら軍刀を突きつけた。

 力ある言の葉によって霊波を調律。真額に触れさせた切っ先から流し込むと、鬼の巨体が非物質的な粒子へと変化して返ってくる。

 出力から吸収へ。

 強大なエネルギーの満ち引きに鋼鉄の刃が鳴動し、烏京はそれを燃えるような熱として知覚した。


「さて、と……」


 ささやかな抵抗感の後、大人しく静まった刀身を軽く撫でて。

 烏京はざっと周囲を睨め回した。新たに誕生した瓦礫の騒霊に、鏡の付喪神。まだ十数体ばかり残っている。


「たしか、こんな具合だったか。――開封。従え、『塵塚怪王』」


 改めて呪文を唱え、解き放つ。

 一度封じた妖魔はその妖力の制御権を完全に掌握されていて、烏京の意のままに放射される。先ほどの戦いで赤鬼がそうしていたように、辺りに転がる瓦礫に妖気を伝えて染み込ませて命令する。


「薙ぎ払え!」


 その一言で、嵐が生まれた。

 妖気を受けた瓦礫はひとりでに浮かび上がる。仮初めの命を与えられたコンクリート塊は大小合わせて数十は下るまい。それが烏京の意思によって統率されて、妖魔の残党へと殺到したのだ。

 瓦礫同士が衝突して互いに砕け散り、付喪神は細かな砂利の散弾で鏡面を割られる。一切の抵抗も逃げることをも許さず、倍以上もの質量の暴力でもって蹂躙し尽くした烏京は活動停止した妖魔の死屍累々を眺めて、


「まあ、こんなものか」


 事もなげに一言、呟いた。

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