第17話 狩りの手ほどき
「一番死にそうって……」
三内は当惑した様子で、尻をさすりながら立ち上がった。
恋太郎たちの方はもう会敵したらしく、施設前の開けた辺りから「ヤア!」「トウ!」といったかけ声が聞こえてくる。
「木下内は自信過剰、岩内は好奇過剰ってところか。他の二人も危なっかしくはあるが、少なくとも妖魔と向き合ってるだけマシだ。……だがお前は、妖魔よりも異性の目を気にしてるだろう」
「うっ」
弁解できない自覚はあるのか、三内は気まずそうに目を逸らす。
「媚びを売るな、とまで言うつもりはない。処世術について偉そうに語れる立場じゃないからな。ただし、戦場では駄目だ。つけ入られるぞ」
先ほど三内を襲った妖魔が近くを浮遊しているのを視界の隅に収めつつ、烏京はあえて殺気を声に乗せて諭した。軍人というのは命がけの仕事だ。生死を分ける問題に、手心は加えられない。
「戦いに集中できないなら、刀は持つな」
「…………」
三内は黙り込んでしまった。
うつむいて、悔しそうに唇を噛んでいる。さて、どうするだろうかと待っていると、次に顔を上げた彼女は凪いだように静かな面持ちをしていた。
「……すみませんでした、大尉。これからは、ちゃんとします」
「そうか」
頭を下げる三内に、烏京は一つ頷いて――殺気を解く。途端に、威圧されて寄って来れずにいた妖魔が再び飛びかかってきた。
「よし、やってみろ」
「はい!」
三内は刀を青眼に構えて応対する。
飛翔する妖魔は、数を増やして四体。どれも見た目はごく普通の鏡だった。飾り気のない丸鏡で、まとった妖気が空間を歪めて宙を飛んでいる。元は本当にただの鏡だったのが変異したのだろうが、事前予想の通り変異したてといった様相で妖力は弱いし知性の有無すらも疑わしい。
人工物が変異した下級妖魔『騒霊』は、互いに磁力で反発し合うように距離感を保ちながら、一斉に三内へと襲いかかった。
「フゥ――」
呼気とともに、三内の魂が震えて波動が軍刀を満たす。
青眼の切っ先が不意に沈んで、逆袈裟に斬り上げられた閃きが一体を捉えた。鏡に宿った妖気を霊波が霧散させ、同時に研ぎ澄まされた刃金が鏡本体を斬断する。その一撃で、騒霊は悲鳴にも似た甲高い音を立てて粉々に砕け散った。
返す刀でもう一体を粉砕した三内は、他の鏡による突進を身を低くして躱すと反転。右の踵を軸にすばやく振り返ると地面を蹴って、飛び込み刺突で鏡の裏面を貫く。
「あと一体……!」
三内は己を鼓舞するように言って、青眼に構え直した。
倒すのは問題ない。しかし、本題はここからである。
……妖魔の捕獲は、退治以上に危険をともなう。
寒さにも関わらず、三内の頬に汗がつたうのを烏京は見た。
「エイ!」
最後の騒霊が突っ込んでくるのに合わせて、三内が真っ向に斬り落とす。鏡と刃が接触し、妖気に霊波が干渉して、今だ封魔の呪文を……パリンッ!
「あっ……!?」
「力みすぎたな」
砕け散った鏡を見て、烏京は声をかけた。
「封じることよりも、霊波で妖気を抑えることを意識しろ。やりすぎると今みたいに消し飛ぶが、弱いと振りほどかれる。その力加減が肝要だ」
説きながら、烏京は小石を拾うと適当に放り投げた。投擲された小石は一体だけで浮遊していた鏡の縁に当たり、反応した騒霊がこちらへと向かってくる。
「じゃあ、もう一回だな」
「は、はい」
三内は深く呼吸をして、改めて魂を奮い立たせた。目に見えず耳にも聞こえない霊的波動を、烏京の見鬼は正確に感じ取る。
――刀身に込められる霊波。
――せまる妖魔と、軍刀が斬り結ぶ。
――接触と同時に、霊波が騒霊を包み込む。
――強すぎず、弱すぎず。
――空中で静止する妖魔。三内の唇が動く。
…………――ィン!!
水を打ったように大気が震えて、鏡の妖魔が分解された。さっきまでの『破壊』とは違う。粒子状にも見える、この世の理から外れた非物質的な存在へと変換された騒霊は、みるみるうちに軍刀の刀身へと吸い込まれていった。
「や……やった……?」
恐る恐る、三内は鍔元に彫金された封魔呪文を指でなぞる。きっと、そこには封じ込めた騒霊の妖気を感じることができるだろう。強張り気味だった表情が緩んで、ほころぶように笑顔を向けてきたので、烏京は頷き返した。
「やっぱり、スジはいいな」
「えっ! そ、そうですか?」
「剣術は上々。霊波の扱いも安定してたし、さっき転んだ時に刀を手放さなかったのもよかった。気の持ちようと経験さえ積めば、いい退魔士になるだろう」
「えへへ、そっかぁ。嬉しいですぅ。それもこれもぉ、ぜんぶ金津由大尉のご指導のおかげでぇ」
気が緩んだのか再びクネクネし始める三内。
まだ油断できる環境ではないと指摘しようかとも思ったが、しかし烏京が口を出すより先に、三内はなにかに気づいて硬直した。
「あ……大尉、今なにか動きました」
「む?」
「ヒト、かな? たぶん」
指さしたのは、烏京の真後ろ。
振り向くが、風に揺れる木々の他に動くものは鏡の一つも見当たらない。
「……やっぱりぃ、気のせいだったかもぉ? 金津由大尉はぁ、気づきましたかぁ?」
「いや。……さすがに死角のことまでは、な」
よほどわかりやすいか、こちらに視線でも向けてくれれば察知できるだろうが、烏京だって常にすべてを把握できるわけがないのだ。
三内の証言は気になるものの、ひとまずは仲間と合流するのが先決。烏京はそう考えて、いつの間にかずいぶん離れてしまっていた恋太郎たちの方へと歩いていく。どうやら向こうも捕獲に成功したらしく、こちらに気づくと大きく手を振って近づいてきた。
「やあ、烏京。三内ちゃんも上手くいったみたいだね」
「まあな。そっちも問題はないか?」
「当然ですけど」
「ふへへ……式神ゲット……」
生意気な木下内とだらしなく相好を崩している岩内を見れば、結果は聞くまでもない。
ただ、一つだけ気になることがあるんだよね、と恋太郎は軍刀の峰で肩を叩きながら言った。
「さっきから飛んでる騒霊なんだけど、鏡しかなくってさ」
「そっちもか」
烏京も引っかかってはいた。物品が妖魔化するだけであれば、一種類に限定される理由はどこにもない。緑地公園の管理施設という場所柄からしても妖魔化し得る物なんて他にいくらでもあるはずなのに、どうして鏡なんてこの場に不釣り合いな物品だけが出現するのだろうか。
「鏡屋が不法投棄でもしたのかな?」
「その程度のことならいいんだが……。気になると言えば、三内が人影みたいなものを見たらしい」
「人影っす?」
「また気を惹こうとして適当言ったんじゃないのか?」
「失礼ねぇ。あたしだって時と場所と場合は選びますぅ。……まあ、一瞬だったから見間違えかもだけどぉ」
「……ふうん。なんとなくだけど、キナくさいね」
恋太郎はむずがゆそうに鼻に皺を寄せて辺りを見回した、
「とりあえず、中心部まで進んでみようか。どんな状態になってるか確かめて、違和感があったら戻って応援を呼ぶ。大丈夫そうなら速やかに浄化、って方向で。掴まえた式神の試運転もやりたかったけど時間は割けそうにないな、ごめんね」
「了解しました」
「あたしも平気でぇす」
「っす」
指針が定まり、五人は管理施設を迂回する道を取る。向かって左から、時計回りに、穢霊地の中心と目されている裏手へと。果たして、なにか見つかるのか。普通でないことが起こっているのではないか。そんな不安感と、一抹の好奇心と、どうせ大したことではないだろうという楽観を覚えながら。
しかし、中心部を確認するという彼らの目的は、打ち崩されることとなる。
ドッッゴァァァァァン!!!
管理施設が何の前触れもなく、後ろから強烈な妖力でもってぶち破られたのだ。
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