第16話 穢霊地・外周
枯れ木や常緑樹が立ち並ぶ緑地公園は、日が暮れると緑から漆黒へと姿を変える。まばらな街灯程度では照らしきれない闇の世界だ。
人の手で剪定され、アスファルト塗装された道路が伸びているので、野山の自然林のような混沌とした雰囲気こそないものの、十分に異世界じみた不気味さをかもしだしている。
特に今夜に至っては土地が霊的な汚染を受けているのでなおさら、魂がこの世の摂理から外れたものを感じておののいていた。
「予測では、穢霊の中心は公園の北東。管理施設の裏手みたいだね」
入り口から見て夕日は公園の反対側に沈んでいったので、北東側というならそこまで遠くはないだろう。
震える魂からあふれる霊波を体内に満たして穢れから身を守りながら、烏京は周囲に視線を走らせた。
草木に異常はなし。木立の向こうにちょっとした遊具やベンチがあるが、あれも正常。足元には少々のヒビ割れがあるが、これは単なるアスファルトの劣化だ。
目視できる範囲では、まだ異変は起こっていないように見える。
「ねぇえ、金津由大尉ぃ。大尉はどんな式神を掴まえたいですかぁ?」
士官候補生で固まっていたはずの三内が、烏京の隣にまで下がってきていた。若干前かがみになって、巻き髪越しの上目遣いと胸の膨らみが重なる角度を作って烏京を下から覗き込む。
「あたしだったらぁ、やっぱり可愛い子が欲しいなぁ、って」
「取らぬ狸の皮算用なら、やめておいた方がいいぞ」
会話を楽しむつもりはないので、すげなく切り捨てた。
「狩りは自分のためだけじゃない。軍人としての任務だ。まずは堅実に、成功させることを第一に考えろ」
「……あー、そうですねぇ。あたし、舞い上がっちゃってたみたいでぇ」
三内はしょげたように頭を掻く。しかし、叱られてそのまま引き下がるかと思ったら、めげることなくグイグイと距離を詰めてくる。
「ごめんなさい、あたしまだわからないことばかりでぇ。これからも、色々と教えてくれませんかぁ」
「教えるのはいいが……あと、指揮権を持っているのは俺じゃなくて前にいる相良中尉だからな?」
「それはわかってますけどぉ。大尉の方が頼りになるって言ってましたしぃ」
猫のようにすり寄る三内を、辟易して押し返す烏京。
前方では木下内が、肩越しに汚らわしいものでも見るみたいな目を向けてくるが、勘弁してほしいものだ。
警戒そのものは怠っておらず、事実として真っ先にそれに気づいたのは烏京であった。
「……恋太郎」
「ん」
阿吽の呼吸で、恋太郎が進行を停止すると、烏京はすばやく前に出る。
「一瞬だが、なにか光るのが見えた」
「もう? 早いね」
「どこですかぁ。あたしにも教えてほしいですぅ」
「特に妖気は感じなかったですけど、街灯かなにかと間違えたんじゃないですか?」
「下級の妖魔は力が弱いから、穢霊地の瘴気にまぎらやすい。第六感に頼らず、目視でよく見てみろ」
三内はおもねるように、木下内は疑わしげに目を凝らす。
緩やかに蛇行して伸びる道路の先は管理施設であろう四角い建物のシルエットがほの白く浮かんでおり、おどろおどろしい霧のようなものが立ち込めている。
視覚と重なるまでに濃くなった瘴気。穢霊地の中心に近づいている証だ。汚染された土地の気が揺らぐ中、よくよく見れば気づくだろう、宙を飛び交う小さな影の存在に。
「あれは……鏡っすかね?」
眼鏡のズレを直しながら、岩内が呟いた。
コウモリみたいに不規則な軌道で飛び回る影は、時おりキラッキラッと光を反射するような様子を見せていた。報告書にあった「飛翔する物体」とやらはあれのことだろう。
「さあ、おいでなすったね。各員、戦闘態勢!」
恋太郎が号令をかけると、士官候補生の三人は揃って抜刀した。
「なるほど、腕は悪くない」
鯉口を切り、なめらかに刃を抜いて、傘をさすように縦に構える。一連の動作を眺めただけで、烏京は彼女らの技量をおおむね把握した。緊張しているのかやや硬みがあるが、年齢を考えれば三人とも上等な方である。
「まずはキミたち三人の式神を捕まえることからだね。ボクらが後ろからフォローするから、頑張って行っておいで」
「俺もフォローする側なのか」
「いいじゃん、キミは強いんだから。片手間にちゃちゃっと掴まえられるだろ。受け持ちはボクが二人、烏京が一人ってことでいいからさ。ほら、誰にするか先に選んでくれよ」
「ったく……」
当然みたいな顔で引率の役目を半分押し付けてくる恋太郎に呆れつつ、烏京は改めて少女三人を見比べた。
伏し目がちな岩内、挑戦的に見返してくる木下内、そして三内は視線に気づくとニコッと笑い返してくる。
「じゃあ、お前。三内だったか。俺と来い」
「はぁい!」
指名された三内は嬉しそうにシナを作って、先に歩き出した烏京に続いた。
刀を抜いているのでなかったらスキップくらいしてそうなはしゃぎ方に、そっとため息を吐く。そして選ばれなかった木下内が小さく舌打ちするのが届いて、さらに脱力する。
「……あんな色目に引っかかるのかよ」
聞こえていないと思っているのだろうか。
それとも聞こえるように言っているのか、ブツブツこぼしながら木下内は岩内とともに恋太郎についていく。三内の方は知った風もなく、ヘラヘラしっぱなしだ。
「とっても光栄ですぅ。金津由大尉とぉ二人っきりになれるなんてぇ」
「二人きりというほど向こうと離れることはしないぞ」
「あ、そうですよねぇ。ちょっとざんねぇん」
「……あのな」
さすがに苛立ちを覚えて三内を振り返る。険を込めた眼光に三内が怯んだ次の瞬間、その肩を烏京は突き飛ばしていた。
「えっ、きゃあ!?」
思わぬ衝撃に三内が尻餅をついた直後。近くの立木がガサッと枝葉を鳴らして、飛び出してきた物体が今しがた三内の立っていた空間を通過した。
「え? ええっ!?」
「どうも誤解があるようだから、はっきり言っておくがな」
混乱した様子で辺りを見回す三内を冷ややかに見下ろして、烏京は言い放つ。
「俺がお前についた理由は、一番死にそうだったからだ」
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