第15話 三人娘
さっそく軍用車に乗り込む。
運転席に恋太郎、助手席に烏京、士官候補生の三人は後部座席という布陣だ。締め切られた空間に、ほのかな煙草臭と女性っぽい脂粉の匂いが漂う。
「目的地は、っと……」
「……
カーナビに行き先を打ち込む恋太郎の指を見て、烏京は眉をひそめた。
「聞いていた場所とは違うな」
「ああ。ついさっき都内にケガレチが見つかったんで、急遽変更させられたのさ。狩りのついでに浄化してこい、だって。軍が出張るほどの大事ではなさそうだけど、人里だから早く対処したいんだろうね。近場で済ませられるし、やることは変わらないから、ボクらにとっても悪い話じゃないと思うよ」
ケガレチとは『穢霊地』と書く。
文字通り、霊的な汚染を受けた土地のことで、そういった場所では超常現象が起こったり妖魔が集まってきたりするのでとても危険なのだ。
穢霊地の汚染を取り除いて平穏を取り戻すのは、妖魔退治と並ぶ退魔士の責務であった。
「穢霊のランクは?」
「そうだねぇ。……ボクは運転に集中したいし、せっかくだから後ろの子たちに訊いてみようかな」
恋太郎は説明よりもアクセルを踏むことを優先して、後部座席に資料を放り投げた。紙束が空中でバラけそうになるのを、真ん中に座っていた短髪の少女が受け取る。
「目的地について、烏京に説明してみてくれるかい?」
「……テストのおつもりですか」
「コミュニケーションのついでだよ」
飄々とした態度を崩さず、恋太郎は緊急であることを示す警告灯を回して帰宅ラッシュで渋滞する国道を走り抜けていく。
短髪は不機嫌そうに唸りながらも資料の中身に目を通した。
「汚染が確認されているのは、緑地公園のおおよそ北半分。半径は二十メートルくらいで、汚染レベルは『黄』です」
「そうか。えっと……」
「
「……悪かったよ」
トゲだらけの声を返されて首を引っ込めると、今度は烏京の真後ろから資料を覗き込む気配がする。
「……物が飛び回ってるのが目撃されて通報、っすか。付喪神……なんて上等なもんじゃないか。
「おい、
「ち、違うっすよ、木下内。どんな敵が出てくるか確かめてるだけで」
岩内と呼ばれたのは、眼鏡の少女だ。
なにやら木下内と衝突するのを遮るように、烏京は一つ問いを投げかける。
「出現しているのが騒霊だと仮定して、どう対処する?」
「っ! は、はいっす」
背筋を正す気配がして、岩内は緊張気味の早口で答えた。
「妖魔の倒し方は、物理攻撃で躯体を破壊するか、退魔術でもって妖力を消失させるかの二択っす。穢霊地の瘴気を受けて妖力を帯びただけなら大した能力ないっすから、油断しなきゃ問題ない相手かと。あ、ちなみにちなみに騒霊と付喪神の大きな違いは独立した『魂魄』を持ってるかで知能や妖術が使える幅にめちゃくちゃギャユん!?」
車がカーブした拍子に舌を噛んだか。
止めなければ好きなだけ話しそうだったのでちょうどいい。同意見なのか話が途切れたのを見計らって木下内が資料を閉じる。
「広さと汚染レベルからして、普通に考えれば式神なしでも対処可能な相場です。まあ楽勝ですね」
「ところでぇ、なんで今まで誰も気づかなかったんでしょうかぁ」
運転席の裏側から巻き髪が口を挟んだ。
大きな胸をこれ見よがしに持ち上げ、首を傾げてみせる。
「あたしは
「いきなり穢霊地が出現するなんて珍しくはないだろ」
「でもねぇ、木下内ちゃん。山の奥とかならわかるけどぉ。この公園って、地図を見たら周りが住宅地だったりするしぃ、もぉっと汚染が弱いうちになにか通報があったっておかしくないと思うのよぉ。金津由大尉だってぇ、変だって思いますよねぇ」
「……こんな時だけ慎重ぶるなよ。いつもは男と遊び歩いてるクセに」
「ちょっとやめてよぉ。金津由大尉も相良中尉も、信じないでくださいねぇ。たしかに軍の皆さんと仲良くしてますけどぉ、普通にお話したりするだけでヘンなことはしてないんだから。ねぇ、岩内ちゃん?」
「うへっ? うちは……知らないんで、なんとも」
三人寄れば姦しい、という言葉に例外はないのだろうか。
緊張感に欠ける方向へ脱線してきたころ、カーナビが目的地に近づいたことを告げた。
国道から逸れ、建物が窮屈そうに並んだ二車線道路をしばらく走ると、規制線の張られた一角が見えてくる。
緑地公園の入り口は門が閉ざされていた。
警官が二人ばかり、駆動する詠唱装置の側に立っており、軍用車が近づくと誘導棒を振って迎え入れる。
降車した五人の代表として恋太郎が前に出て、軍の身分証を提示した。
「穢霊地の浄化任務を拝命しました。陸軍特務隊所属退魔武官、相良恋太郎中尉です」
「お疲れさまです」
「現場は結界術で封鎖しており、近隣住民の避難は完了しております。内部の状況に変化はありません」
「ありがとうございます」
形式的なやり取りの後、警官たちは門のロックを外した。重そうな鉄門が車輪を軋ませながらスライドして、一時的に開かれた結界の入り口から枯れ葉を乗せた夜風が吹き出してくる。
恋太郎は士官候補生たち相手の時よりも他人行儀な敬礼をして、公園の敷地内へと入っていった。候補生の三人も順に続き、最後に烏京が通過するとすぐに門が閉ざされる。
――彼らはこの時、烏京ですらも気づかなかった。
「……カラスが網に入りました。小鳥が交じっていますが……。……了解。『塚』を起動させます」
結界を閉じなおす直前、警官の片方が内部に滑り込んだことに。
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