式神狩り

第14話 同行者たち

 兎木子の一件を話したら、恋太郎は目を丸くした。


「烏京、キミ結婚したのか!?」

「……そこはどうでもいいだろう」

「いいわけないよ! ってゆうか、新婚さんが妖魔狩りに出たりなんかしていいのかい? 下手したら夜通しになるのに、奥さんが寂しがるんじゃないの?」

「そんなタマじゃないし、今日は夕食会に呼ばれたとか言ってたから気兼ねはない。……それに、あいつのためにも早く特務隊に戻りたい」

「惚れた女のために出世を目指す、かぁ。ステキな心意気じゃないか。こいつは御祝儀が遅れたお詫びもかねて思いっきり奮発しないとね!」

「いらん」


 大げさに張り切ってみせる恋太郎を、げんなりと押し返す。

 日暮れ時の北風に、カツンカツンと鉄製の非常階段を下る足音が二人分さらわれていった。


「とにかく、俺が狩りに出られるようになった経緯については、もう十分説明しただろう」

「ん、まあね。これでボクも、心置きなく付き添い役ができるよ」


 妖魔を捕獲するのは、退治以上に危険をともなう。

 第一に、殺さないように加減をしなければならない点で難易度が上がる。もっと言えば、捕獲しやすいように弱らせたい一方で、あまりダメージがあると戦闘用式神として運用できなくなるおそれがあるから、できる限り傷つけずに捕獲したいのだ。もちろんのこと妖魔の方は、こっちの事情なんかお構いなしだ。

 特に危険なのが最初の一体目。式神を持たない状態では、持っている退魔士よりも使える術が圧倒的に少ないため、不利な戦いを余儀なくされる。

 そんなわけで、初めて捕獲に挑む新米だったり理由あって式神を失った退魔士だったりは、一定の資格を持つ術士が引率しなければならないと定められていた。


「……だとして、よりにもよって恋太郎とはな」

「ボクじゃ不満かい?」

「弱いだろう、お前」


 烏京はジトリと隣を睨んだ。

 形式上は武官に位置する恋太郎だが、烏京が知る限りではお世辞にも荒事が得意とは言えない。もっぱら戦闘以外の任務を好んでおり、どうして文官にならなかったのか不思議なくらいだった。


「弱いのはその通りだけど、他にいないんだから仕様がないね」


 恋太郎は気を悪くするでもなく、むしろ同意するように笑う。そこに嘘の色はない。


「聞いた話じゃ、お偉いさんのご子息がデビューするそうだよ。で、泊まりがけで大物狙いの遠征に行くのに有力な退魔武官が何人も駆り出されたもんだから、ボクみたいなのしか残ってないってわけ。他の人がいいんなら、日を改めないとね」

「こっちは一刻も早く新しい式神がほしいんだ、そんな暇はない。下手に時間をかけて、金津由に邪魔をされてもつまらんしな」

「わかってるようで安心したよ。……だけどそう考えると、なおさらお嫁さんに感謝だね。ボクの出る幕がなかったおかげで、狩りに付き添うだけの余力が残ってた」


 許可証獲得の段階で恋太郎が動いていれば、金津由の派閥に目を付けられて引率役に就くのに障りがあったかもしれない。

 そう言って恋太郎はまた笑い、それから内緒話をするように声を潜めた。


「ところで、これは知ってるかい? 件のご子息ってヤツの名前を、さ」

「知らんし、興味もない」

「聞いて驚け。――金津由科人しなとだ」

「……科人だと?」


 階段を下りる足が、一瞬だけ止まった

 どこの誰が式神を得たとして、欠片も関心のない烏京であったが、その名を出されると話が違ってくる。


 科人は金津由家の次男だ。

 当主と現夫人との間に生まれた子どもで、烏京とは腹違いの兄弟に当たる。

 年は兎木子と同じ十六で、今年士官学校に入学したばかり。学校通いの士官候補生が妖魔捕獲に挑むこと自体はごく当たり前のことで、科人がそうだとしても特別早いものではないが……


 ただ、このタイミング。


 長男を勘当した直後に、次男の華々しい晴れ舞台が用意されたというのは、作為的なものを感じないでもなかった。


「きっと大勢にフォローされて、大物を捕まえてくるんだろうね。一方のキミは独りきり……どころか足手まといまで連れていかなきゃならないんだから、ひどい違いだよ」

「自分で言ってりゃ、世話はないな」


 ザッと足音が、セメントの地上に着いて変化した。


 非常階段からほど近く。

 暗闇迫る駐車場に人影が三つ。


 恋太郎が足手まといと称したのは、自身のことだけではない。今回の狩りには士官候補生の若者が同行することになっていた。あの三人がそうであろう。

 黄昏たれそかれと呼ばれる時間帯の通り顔かたちは判別できないが、三人とも真新しい軍服を着ている。腰には軍刀を差しており、そして全員が女のようだった。


「付き添ってくれる約束をしてた武官が、弟さんの方に行っちゃったとかでね。代わりを探してるっていうから声をかけさせてもらったのさ。……軍ってのは閉鎖社会で男社会だからねぇ。女性ってだけで冷遇するのはナンセンスだと思うんだけど、ままならないもんだよ」


 人影に向かって手を振りながら、恋太郎が小声で話した。


「事情はわかったが、俺を含めた四人も引き連れて面倒見れるのか?」

「女の子なら何人だって大歓迎さ! っと、冗談は置いておくとして。妖魔と戦うのはぜんっぜん自信ないから、烏京クンには是非とも手伝ってもらいたいなぁ、なんて期待しっちゃったりなんかして」

「……職務怠慢もはなはだしいな」


 付き添い役が聞いてあきれる。

 これから同じ戦場におもむく後輩が見ているのでなかったら、年上でも構わず拳骨をくらわせるところだ。


「まあ、しかし。身内が迷惑をかけたなら、尻拭いしないわけにもいかない、か」


 自分に言い聞かせるように気持ちを切り替え、恋太郎に続いて待ち合わせの場所へと歩いていく。

 互いの顔が見えるくらいにまで距離が近づくと、恋太郎は礼を正す士官候補生らにささっと敬礼を返して、烏京を紹介した。


「やあ、待たせたね。コイツは金津由烏京大尉。キミたちと一緒に狩りをする仲間だ。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな? 今は式神がいないけど、ボクなんかよりよっぽど腕がいい退魔士だから、頼りにしてやってくれ」

「お初にお目にかかります、大尉殿!」

「お会いできて光栄でぇす」

「よ、よろしくお願いします」

「……どうもっす」


 同じく簡単に敬礼をして、烏京は彼女らの容姿に目を向けた。


 一人は、凛然と声の大きな短髪。

 一人は、たっぷり巻いた茶髪と大きく強調した胸が印象的。

 一人は、視線を逸らしがちな大きな眼鏡。


 三者三様だが皆共通して、鍛練を積んだ者特有の安定した立ち姿をしていながらも青々とした未熟さをにじませる、若い少女たちであった。

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