式神への生け贄

第4話 二人の始まり

「嘘くさい女だ」


 それが、最初に抱いた印象だった。

 烏京が兎木子と出会ったのは、父親によって半ば強引に引き合わされた見合いの席。どこぞの料亭を貸し切って、親の挨拶も手短に二人きりで取り残された。


 当時の烏京は入隊したての十七才。兎木子に至っては十三才で、ついこのあいだ女学校に進学したばかりだ。

 互いに羽織袴、振り袖と晴れ晴れしく着飾ってはいたが、あどけなさを消しきれておらず、十年遅れの七五三でも来たような様相だった。


 なお、見合いとはいうものの、家同士の間ではとっくに合意が出来上がった事実上の結婚相手である。そのことを、反抗する暇を与えないようにと直前まで教えられなかった烏京はふてくされており、現れた相手が腹違いの弟と変わらないような幼い子どもなのを見て完全にヘソを曲げてしまったものだ。

 輪をかけて神経を逆撫でしたのが、兎木子の態度である。


「男の人とお会いするので緊張していたんですが、優しそうな方で安心しました」


 ……というのは嘘。


「烏京様がお相手だと、とてもしゃべりやすいです。こんなの初めてで不思議な感じ」


 ……というのも嘘。


「あの、何か気に障ってしまったでしょうか。ごめんなさい、わたしったら舞い上がっていたみたいで」


 ……これまた嘘。

 お雛様のように見目麗しい。礼儀正しく、物腰穏やか。可愛げのある言葉選び。なるほど、これに好感を抱かない人間はそうそういないだろうが、残念ながらどの台詞にも真実がこもっていない。

 さながら人誑しの実例でも眺めているような気分で、烏京の心は冷めていく一方だった。


「お前……嘘ばっかりだな」

「っ!?」


 ついに我慢の限界が口から飛び出して、兎木子は恐怖した猫のように硬直する。


「な、にを……嘘だなんて、わたし……」

「霊波、というのを知ってるか」


 言い逃れを封じるように、烏京は被せて言った。


 霊派とは、魂から生まれる波動のことだ。

 退魔士はこれを使って、妖魔や天地を流れるエネルギーといった超常的存在に干渉して術を使うわけだが、他人の霊波を見ることで魂の状態を読み取るという技法がある。


「俺は生まれつき霊的な視力が敏感でな。特定の波動――嘘を吐こうとする時の魂の波が見えちまうのさ」

「…………」

「真意かどうかがわかるだけで、心を読むまではいかないがな。だが、嘘ばかりってことはお前も縁談には乗り気じゃないんだろう? 親に言われたかなんだか知らないが、その年で政略結婚なんて時代でもない。嫌なら嫌だと駄々をこねればいい」

「……。…………」


 兎木子は完全に黙り込んでしまった。

 突き放しすぎたか、とは思ったが後悔するほどでもなく、烏京は黙って相手の出方をうかがう。


 ――ふる、と。


 うつむいた兎木子の肩が震えた。

 泣き出した、わけではない。

 一拍遅れて、武者震いだと気づく。

 化けの皮を脱ぐような少しの間があって……次に顔を上げた兎木子はまるで別人だった。


「……では、烏京様はの方がお好みですか?」


 バサッと、長く垂れた袖を乱暴に翻す。

 正座を崩し、前のめりになって机に肘をつくと、袖に隠れていた白い前腕が露わになる。

 薄い紅を差した唇の奥から、チロと八重歯が覗く。


 年相応に無邪気ながら、清々しく楚々とした大和撫子。

 現代では珍しいくらいの、古典の姫君みたいな和風美人。

 そういった第一印象が剥ぎ取られて、どこか色気すら感じられる年不相応に大人びた微笑と、ギラギラした瞳が前面に押し出された。


「そっちが、お前の素か?」

「素顔か仮面か、なんて簡単に切り分けられるものでもないと思いますけど?」


 十三才が吐くような哲学だろうか。

 烏京は変貌した兎木子に戸惑いを覚えながらも、険を込めて睨み返す。


「どっちでもいいのはその通りだが。何が望みだ」

「望みなんてそんな。わたしは烏京様に気に入られたいだけで」

「嘘……なのは『だけ』ってところだけなのが余計に気に喰わねえな。素にしろ仮にしろ、なんで面を換えてまで取り入ろうとする?」

「……。いいでしょう。お答えします」


 烏京は強面というほどでもないが、眼力は強い方だ。本気で睨めば、本職の軍人ですら怯ませることだってできる。

 その眼光をまともに受けて、しかし兎木子は臆することもなく、懐中の宝物をさらけ出すようにして詰問に答えた。


「わたしの望みは――権力」


 権力とは。

 月並みと言ってしまえば月並みな回答だが、茶化すことを許さない静かな信念がそこにはあった。


「本当は国会議員になりたかったんですけどね。『男は外、女は内』ってやつです。社会進出や立身出世なんて叶うはずもない。チャンスがあるとすれば、結婚相手。地位のある男性と結婚して、夫を通して間接的に影響を及ぼすくらいなものです」

「……男に寄生する生き方、か」

「自力では社会のありかたに抗えない弱者に、野望を抱く資格はありませんか?」

「十二分に強かだろう、お前は」


 出会ってから一時間も経っていないが、この少女が一筋縄ではいかないことを烏京はひしひしと感じ取っていた。その気になれば何だって成し遂げてしまいそうにも思えてしまうが……だがしかし、見えないだけで色々あるのかもしれない。

 金津由家だって名門士族として通っているが、裏では色々と抱えているのだし。


「ねえ、烏京様はわたしのために出世してくださいますか?」


 嘘もごまかしもなく、兎木子は秘めた目的を明かした。

 彼女にどう応えるか、烏京は思案する。

 いくつかの選択肢を並べ、検討し、そして兎木子を見る。

 不敵な笑みを浮かべてこちらの返事を待っている様子は、ただの強がりかもしれないが肝が据わっているように見えた。


 ……いっそ、ここで告げてしまってもいいかもしれない。


 黙考の後、烏京は決心して口を開いた。


「たしかに。金津由は爵位持ちで顔が広い。俺自身も、自分で言うのもなんだか腕に覚えがあるから、軍で成り上がることもできるだろう。お望みの権力とやらも、いくらかは振るえるはずだ」

「はい」

「ただし、うちへ嫁に来るんなら、金津由の素顔を知ってもらう必要がある。うちがどんな罪を背負っているかを聞いても覚悟が変わらなかったなら、その時は俺もお前の野望に精一杯協力すると約束しよう」


 そう前置きして、兎木子に聞く気があることを確かめてから、烏京は重々しく話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る