第11話 ハラスメント相談、魏軍の場合

 おれに相談する奴などいるのだろうか?

 とりあえず部下の精神衛生を管理するのも上司の義務ということで、

「悩みがあれば聞く。『ハラスメント』を受けているなら適切に対処する」

 と伝えてみたのだが――

 誰も来ない。

 まあ、仕方がなかろう。

 おれ自身、悩むことが少ない上に、何かあれば自分で解決してしまうたちなので、正直悩む奴の気が知れないのだ。

 また、おれにハラスメントなんぞしようものなら倍返しならぬ階乗返しにしてやるので、誰もしてこない。せいぜい帝――献帝が嫌みを言ってくるくらいだ。

 そのことを元譲に話すと、奴はがははと笑った。

「まあ孟徳に相談しても、共感も同情もしてもらえないからなあ」

 悔しいがこいつの言う通りだ。

「では、うちの軍で、相談しやすい奴は誰なのだ」

「相談しやすい奴――」

 元譲、腕組みして考え込んでしまった。

「奉孝はあの甘ったるい笑顔で『まあまあ、酒でもご一緒しませんか』なんて言って、飲んで煙に巻いてうやむやにするだろうしなあ」

「あり得るな。文若はおれでも相談する気にならん。こんこんと説教されて終わりだ」

「仲徳どのも『ふん、そんなんで悩むより前に一発ぶん殴ってやればよいではないか。できぬと言うならわしがしようか?』なんて腕まくりするだろうし、公仁なんぞに至っては、『内緒で人事部に密告してやりますよ。そやつの名前は?部署は?』なんて目を輝かせそうだよな」

「おまえの言う通りだ、元譲」

「仲康はとっつきやすいように見えて辛辣だからなあ。『悩む暇があるなら鍬でも持ちなされ』なんて畑仕事に連行されそうだ」

「文則はマジであり得んな」

「聞いてくれるだろうが、一緒になって悩んでいつまでも結論が出そうにないな」

「仲達はどうだ」

「聞くと言うより相手に言わせて、あとは持論をズバッと展開して終わるような気がする」

「公達は?」

「うーん、解決策は示すだろうが、えぐい内容になるだろうな……『パワハラ?あぁ、何年何月何日何曜日何時何分何秒地球が何回回る頃どこで誰に何と言われて自分はどう感じて思ったか記録することですよ。あとは録音や録画を確実にすること、それを弁護士に提出して裁判で争う。それでもなければ夜道で待ち伏せして背後からさくっと刺せばよいのです。職場のそいつの机の机上の上に置いてあるマグカップの中にこっそり睡眠薬入れといて寝入ったところを下水道に突き落とすのも有りですね』とか平然とのたまいそうだよな」

「妙才は話にならん」

「ああ、あいつなら『早く糞して寝ろ』で済ませそうだ」

「子孝と子廉も相談相手には向かない気がしてならない」

「子孝なんぞは干渉してこないだろうし、子廉は『遠乗りに行くぞ』とえんえんと馬で駆けてそうだからな」

「公明や儁乂はどうだ?二人とも真面目だし誠実だぞ」

「公明なんぞ『それは貴公の問題でござろう。拙者にできることがあれば別だが』とか言いそうだなあ。儁乂は『気に入らない上司ならさっさと捨てておしまいなさい』とでも笑って答えそうだしなあ」

「丕は……無理だな」

「ああ。あいつは相談相手には向かん。相談なんぞした日には『弱みを見つけた!』と心の中で小躍りするだけだろうな」

「文遠は……あいつくらいか?相談しやすいのは」

「うーん、そうかなあ……。あいつは無言でハラスメントする奴を成敗して澄まし顔してそうだよな……」

「文和は?」

「あいつは案外いい奴だとおれは思う」

 おれは元譲に笑う。

「何だ。おれたちは、案外大丈夫ではないか」

 元譲が残った右目を細めて笑った。

「ああ。悩んでいる暇なんぞないからなあ」

 魏軍には、『ハラスメント』に悩む奴など、いそうにない。

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