第7話 賈詡さんちで奉孝どのの月命日に呑んでます
あたしが誰かって?
そんな話し方、文和じゃないって?
合わないなら仕方がない、ご縁がなかったとあきらめてよそへいっとくれ。おまえさんたちの時代で言うところの「キャラクターの解釈は人それぞれ」ってやつさ。
でも、こういうあたしでいいって言うんならおつき合いしとくれ。どうせ何万字もいかない、短い話なんだからさ。おまえさんの貴重な時間をあたしのしゃべりなんぞで費やしちゃあもったいないからね。
これでも公の場と身内の前とでしゃべり方変えてるのさ。丞相の前で「あたしゃ」とか言ってごらん、大爆笑されて「もう来るな」って追い出されちまうよ。ああ、怖い怖い。
ただでさえあたしはあの方の前にはいたくないのさ。だってあたしのせいであの方のご子息と忠臣が死んでるんだからね。
で? あたしと呑みたいのだって? おまえさんも物好きだねえ。
酒ならたんとあるのさ。奉孝どのにいただいたのがたんまりとね。惜しい人を亡くしたよ。あたしゃ奉孝どのの月命日にゃあ必ず一人で呑んでるのさ。思い出してあげないとかわいそうだろう、ええ?
つまみ?
かああっ、おまえさんも気が利かないねえ。そこら辺にあるもの適当につまんでおくれ。
えっ? どこにあるのかって? ほらそこ、その戸棚のその扉を開けとくれ。
皿? それならその隣の扉さね。適当な大きさのがあるだろ。
あたしゃ生き残ることだけを最優先にしてきたんだ。
こんな風にのんびり酒を呑める夜が保証されるなんて期待してなかったよ。
先の帝が亡くなったごたごたの時に主君を何度も変えることになったけど、まあ最後に丞相に出会えてよかったよ。ただ、あの方のご子息と忠臣を死なせちまったのは今でも忘れていないけどね。
逆に言えばあたしのような仇を家臣にするくらいだ。丞相はただ者じゃあないよ。
そうでなければ忠臣――典韋といったかい――あいつが命を張れるわけがない。
大の男がその体を投げ出そうっていうんだ。そうまでさせる男なんだよ、あたしの主君は。
もっともおまえさんの時代じゃあ、そんな男なんかいないみたいだねえ。「人のために命を懸けるなんて無駄だ、理解できない」なんて言い放つやからがいるってあたしゃ聞いたことがあるけど。
おまえさんが生きてる時代よりも、あたしたちの時代は、人情が濃かったってことなのかねえ。
法正ってやつが劉備のとこにいただろ? 法正が死んだ時なんか、劉備は何日も泣いたって言うじゃあないか。
それを言うならうちの丞相もよく泣いてるよ。典韋が死んだ時もそうだし、奉孝どのが亡くなった時もそう、妙才が討たれた時もそう。
あたしはまだ誰かのために涙を流したことなんかないねえ。
あれ?
嫌だよ、目が……。
ちょっと、何、見てんのさ。
恥ずかしいからあっち向いてておくれ。
どうしたのかって?
かーっ、野暮で無粋で嫌になるねえ。
思い出したんだよ。
奉孝どの……。
え?
ちょ、ちょいと。
嘘だろう?
おまえさん……ちゃ、ちゃんと体があるじゃないか。
さ、酒までくいっと空けて……。
あ、あたし、夢でも見てるのかねえ?
あはは、文和どの、泣かないでくださいよ。
正真正銘、郭奉孝ですよ。
細かいことは言いっこなし。
あれ、嬉しいなあ。私が差し上げたお酒を召し上がってるじゃありませんか。
いつも見ていましたよ。私の月命日にお一人で、月の見える縁側に座って、杯を傾ける姿を。
私、精一杯やりましたよ。やりきりました。
でもねえ、我が君の隣に立って、見てみたかったなあ。
ゆったりと流れる長江をね……。
江東征討は、難しいですよね。
でも誰かがやらなければならない。
この中原を統一して、官吏は政務を、武官は防衛を、当たり前にできるようにするために。
そのためにどんな汚名を着せられてもいい――
我が君にはそういう、悲壮な覚悟がおありだった。
私は我が君だけじゃなく、同僚のみんなが好きだったよ。
みんなと、もっと、一緒に、いられればよかったのになあ……。
おや?
子廉じゃないか。
文和どの、呼んでおられたのですか? え、そうじゃない?
――ああ、我が君が従兄弟の方々と呑んでおられるのですね。それで文和どののお宅へおいでになったわけだ。
ほらほら文和どの、逃げない逃げない。
「我が君」
――気づくわけないか。
でも、よかった。
お元気そうで何よりです。
おれも酒を呑めればよかったのだがな。
子孝兄も妙才も元譲兄も孟徳兄も呑めるのに、おれだけ呑めない。
それでも皆と酒の席にいるのは嫌いじゃなかった。特に今日は奉孝の月命日だ。酒が好きだったあいつのために呑んで話すのは、にぎやかな席が好きだったあいつを悼むには合っている。
おれと奉孝は同い年だった。妙才や公明どのもそうだ。
だから若い時分、おれたちはいつも一緒にいた。いくさの時だけじゃない。飯を食う時も、遠乗りをする時も、いつも一緒だった。
酒が好きで、妻子もちなのに女がいる酒場にしょっちゅう顔を出していた。だからあいつのことを「素行が悪い」と言う者もいた。
けれど孟徳兄はそうした中傷には一切耳を傾けなかった。奉孝の仕事ぶりを見て、きちんと評価していた。中傷は最後まで消えることはなかったが、奉孝はいつも動じなかった。
そして、あいつは誰にでも優しかった。
おれが一人で、誰にも言えない悩みを抱えている時も、奉孝はさりげなく寄り添ってくれた。
「大丈夫だよ」
あいつのその一言は、確実におれを支えてくれていた。
ごきげんよう、郭嘉あざな奉孝です。
『きみと語る三国志』お楽しみいただけましたでしょうか?
三国志、確かに難しいですよね。
でも、一度は挑戦してご覧になってはいかがですか?
あなたにお目にかかることができる日を、心待ちにしております。
それでは、再見!
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