第18話 託されたもの

 フロスト家で発生した「召喚師密室呪刻事件」は、かくして解決の形を迎えることとなった。



 私がロゼッタからナイフを奪い返した技について、皆から質問攻めにあったけれど。


 今はまだ不確定な詳細を語るべきではないと判断し、「私の廻生スキルです」とだけ説明をしておいた。


 切り札になり得る情報は、闇雲に開示しない方がいい。それが味方であってもだ。


 これから少しずつ実験を重ねて、能力の使い道を探っていくことにしよう。




 ネイサン執事は通報のため、屋敷近くの騎士団駐屯地まで走って向かうとのことだ。


 ここが電話のない世界であることを再認識して、思わず身震いする。



 フリントは、アルビオン様の容態を確認しに寝室へ。


 儀式の間に残されたのは、私たち3人となった。


 ロゼッタはというと、両手両足を簡易結界で拘束されて、身動きの取れない状態となっている。


 素早さが取り柄の暗殺者アサシンスタイルは、こうしておけばひとまず安心だ。



 カトリーヌは、膝をついてロゼッタに問いかけた。


「ロゼッタ……どうして、こんな事を?」


「全部タンテイさんの推理通り、と言えば信じてもらえます?」


 それはつまり、召喚石のために1年半もメイドとして過ごしていたということか。



 他人を欺き、罠を仕掛けて、執念深く待ち続ける。


 目的のためなら手段を選ばないしたたかさ。


 それがロゼッタという女の本性なのだろうか?



 ……質問するチャンスは今しかない。


 私は残された謎を、記憶の海から掬い上げた。


「私も、いくつか聞きたいことが。この《魔素喰らい》のナイフ、どこで手に入れたんですか?」


「さあ? その辺で拾ったような気がしますが」


 真面目に答えるつもりは更々ないらしい。


「聞き方を変えましょう。このナイフに呪いを仕掛けた呪術師について、心当たりはありますか?」


「だからぁ、知りませんって」


「……分かりました。では最後の質問です。今回の事件を計画したのは、誰ですか?」



「――私です。私の意思で、私が計画を実行しました」



「………………っ」


 カトリーヌは、喉を詰まらせたように呼吸を途切れさせた。



「幻滅しました? でも私は……最初から、こういう人間なんですよ」



 あくまでも、単独犯を主張するつもりなのだろう。


 ――どこまでが真実シロで、どこからがクロか。


 疑い始めたら最後、モノクロの底なし沼に呑み込まれてしまいそうな、そんな恐ろしさが神経を這う。



 ……今の私には、これ以上は何も聞き出せそうになかった。


 彼女の心の内まで覗く覚悟も、権利も、持ち合わせていないから――。



「これで満足です?」


 眉をひそめて自虐的に微笑むロゼッタ。



 その時、カトリーヌが震える唇を開いた。



「私……ロゼッタを信じていますわ」



「――――本気ですか?」


「貴女の優しさが、全部嘘だったとは思えません。先ほども、私をナイフで傷付けないように、細心の注意を払ってくれていましたもの」


「この状況で、まだそんな譫言うわごとを……? お花畑すぎて嗤う気にもなれないですよ、まったく……」


「お父様を傷付けたことは、もちろん許せないですわ。それでも、私たちの暮らしを支えてくれていたことは事実です」


 彼女の言葉は、羨ましいくらい透き通っていた。


「だから……これだけは、最後に伝えさせてください。ありがとう、ロゼッタ。今までお世話になりました」


 そう言って、カトリーヌは深々と頭を下げる。



 ロゼッタは一瞬たじろいだように見えたが、すぐ呆れた表情に戻って睨みを効かせた。


「……そういうところ、本当に気に入らないですね」


 苦しめた相手に礼を言われて、居心地の良い人間などいないだろう。


 思い切り罵倒を浴びせられた方が、まだ心が痛まずに済む。



 極悪非道を演じてみせても、結局は彼女も人の子だ。


 偽りないカトリーヌの誠意こそ、最も効き目がある薬に違いない。



「これで最後ですって? いいえ――まだ始まったばかりですよ、何もかも」


 ロゼッタの瞳は、どこか遠くを見つめているようで。


「いつか必ず、受け取りに行きますから。その呪具、絶対に失くさないでくださいね。――王国を蝕む、そのときまで」


 宣戦布告とも捉えられる、彼女の甘い囁き声。


 私は反射的に《魔素喰らい》の柄を強く握り締める。



 その掌には、じんわりと冷たい汗が滲んでいた。




 ――数時間後。


 私たちは、連行されるロゼッタの背中を見送った。


 ロゼッタの身柄は、フロンタムの領主直属の騎士団に引き渡されることとなる。


 投獄された後、地方裁判所にて罪状の審理が行われ、刑罰が決定し執行されるという流れらしい。


 ただし本件が国に関わる大事と判断された場合は、王都にて国王裁判にかけられる。


 ……想像しただけでも胃が痛くなる話だ。



 それでもフリント曰く、この異世界ガラシアで裁判を受けられるのは幸運なのだとか。


「罪人は、その場で命を奪われることも少なくない。王国から特別に処刑の権限を与えられた、執行機関が存在する程だからな。正当な手続きで裁かれるだけでも、有り難い話なのだよ」


 切り捨て御免のような、時代を感じる殺伐さである。


 とはいえ現代でも、現行犯に対して銃の仕様が許可されているワケだし、民の安全を最優先に考えるなら避けられないルールなのだろう。




 一件落着した私たちは、アルビオン様の寝室に集まっていた。


 眠り続ける召喚師の表情は、心なしか先ほどよりもやわらいで見える。


 昏睡状態ではあるものの、穏やかな寝息が聞こえてきて、私は胸を撫で下ろした。



「アマノガワ様、本当にありがとうございました」


 カトリーヌのお辞儀を受けて、私は反射的に背筋を伸ばす。


「召喚されたのが貴女でなかったら、この一件は解決に至らなかったと思います。流石は謎解きの専門。鮮やかな推理に感動いたしましたわ!」


「僕からも礼を述べよう。貴殿の働きは期待以上のものだった。感謝するぞ、廻生者リンカネイターよ」


 フリントのお辞儀を見るのは、これが初めてだ。


 その隣で、ネイサン執事も深々と頭を下げている。


「そんな……私は探偵として、当たり前のことをしただけです。それに、今回の事件が解決できたのは、皆様の協力があったお陰ですから」


 私は恐縮しつつ、フロスト家の人々を見回した。


「捜査を手伝ってくれたカトリーヌさん。儀式の間を結界で封鎖したフリント様。回復魔法で救命を成功させたネイサン執事。そして――犯人の計画を大きく狂わせたアルビオン様」


 そう――ロゼッタが欲張って計画外の「お宝」を奪おうとしたから、推理劇を平和的にやり通すことができた。


 最後の最後まで犯人の足止めまでしてくれるなんて、アルビオン様に感謝の念が耐えない。


「……本当に、ご協力ありがとうございました!」



 どこか凍てついていた屋敷の空気を、斜陽が柔らかく包み込んでいく。


 探偵をしていて良かったと思える瞬間とは、この安堵の時を言うのだろう。




 団欒だんらんの最中、フリントが思い出したように呟いた。


「そういえば、あの金庫に入っていた封筒は何だったのだ?」


「……丁度そのことについて、お伝えしようと思っておりました」


 ネイサンは懐から、噂の封筒を取り出してみせる。


「これはご主人様が、もしもの時のために用意なさっていたモノです。アマノガワ様は、この中身についてもお見通しのようでしたな」


「そうなのですか――!?」


「え……えぇ、まぁ…………」



 アルビオン様が、召喚石よりも大切に保管していた文書。


 その身に何かあった時のために、ネイサンに託していたもの。



 それらの状況証拠から導き出される、最も可能性の高い解答こたえは――。



「――――遺言状、ですよね?」



「遺言状だと…………!? 本当なのか、ネイサン」


 驚愕の声を上げるフリントの横で、執事は静かに頷いた。


「はい、その通りでございます。ご主人様は不測の事態に備え、この遺言状を家族の皆様に宛ててご用意されていたのです」


 遺言状を託す相手として、ネイサン執事以上の適任者はいないだろう。


 過去に冒険で命を預けた相手として。そして、フロスト家の一員として。 



「そうか……まさか、遺言状とは…………」


 フリントは、その事実に衝撃を隠しきれない様子である。


「年を重ねるにつれて、魔術の腕前が衰えるどころか、洗練されていたあの父上が……。老いとは無縁のものかと思っていたが……」


「でも、用意周到なお父様なら、準備していない方がおかしいくらいですわね」


「……あぁ、確かにそうだな。だが……何故その遺言状が、大切なモノになるのだ?」



 フリントの疑問に、私は率直な意見を述べた。



「それは――アルビオン様が、大切に想っているからではないでしょうか。国宝級の召喚石よりも、貴方たち家族のことを」

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