第15話 反論ヒートアップ
「ロゼッタが…………!? ウソ、ですわよね……?」
「どうなのだ、話したまえ!」
彼女に向けられた視線の内に、各々の感情が激しく渦を巻く。
「ち……違います! 私、何も知りません! 何かの間違いですよぉ…………」
――気の所為だろうか。
涙ながらに訴える彼女の瞳には、誰の影も映っていないように見える。
虚空を彷徨う視線の揺らぎが、私には少し恐ろしく思えた。
「そ、そうです! フリント様とネイサン様が、協力していたのではありませんか? ナイフを仕掛ける役目がネイサン様、召喚石を盗む役目がフリント様。分担すれば計画は行えますでしょう?」
狼狽えているように見えるが、知恵は回るらしい。
共犯であっても犯行は成立するという、彼女の主張はもっともだ。
「でも残念、その可能性はあり得ないんです」
「ど、どうしてですかぁ……」
「まず、フリント様が犯人でない理由から。これを立証するには、犯人の条件を追加する必要があります。第3の条件、それは『犯人はナイフを回収できなかった人物である』というものです」
「………………」
ロゼッタは、こちらの出方を伺うように目を細めて聞いている。
「最初に説明した通り、この《魔素喰らい》の刃には、呪いを刻まれた対象の魔素が蓄積されています。そんなモノを使い捨てるとは考えにくい」
召喚石ほどではないにしろ、このナイフも相当貴重な代物のはずだ。
「それにナイフを現場に残しておくと、そこからトリックを暴かれる危険性もあります。現に私は、ナイフを調べたことで真相に辿り着いたワケですし」
……それで危うく、自分に呪いを刻むところだったけど。
「いずれにしても犯人は、ナイフを召喚石と合わせて回収するつもりだった。しかし、こうしてナイフはまだ現場に残されています。それは何故か?」
「――事件の後、貴様が僕に儀式の間を封鎖させたから、ではないのか?」
「はい。証拠隠滅を警戒した私は、フリント様にお願いして部屋の入口を結界で閉ざしてもらいました。これにより、事件後から捜査開始まで、儀式の間は物理的に侵入不可能だったんです」
それ故に、犯人は室内のナイフを回収できなかったのだ。
「よって犯人は、事件後に儀式の間に入ることができなかった人物。たとえ犯人が複数人だとしても、フリント様ではあり得ません。フリント様であれば、結界を一時的に解除してナイフを回収し、再度結界を張ることができるからです」
私が着替えのため、カトリーヌの自室に向かったタイミング。
あの時、フリントは単独行動ができたのだ。証拠隠滅のチャンスは存在していた。
「ですが……ナイフを回収できたのがフリント様だけでしたら、あえて回収しないと思いますよ? ナイフが結界内から消えていたら、真っ先に疑われてしまいますでしょう?」
「ご指摘ありがとうございます。その反証を待っていました」
穴の空いた論証では、可能性という名の深海から、一縷の真実を掬い上げることはできない。
論理の糸を紡いで、隙のない推理の
それこそが、皆の納得を得るための、手続的正義の原則だから。
「事件後にナイフを回収できたのは、実はフリント様だけではありません。この場にいるフリント様以外の4名には無理でも、仮説上の第三者には、扉の結界を越えてナイフの回収が可能でした」
「え……? 結界内への侵入は不可能、という話だったのでは……?」
「実はアルビオン様とフリント様、このお二方の生成する結界は性質が異なるんですよ」
「それについては、僕の口から説明しよう」
フリント本人が、絶妙なタイミングで口を挟む。
「父上の結界は部屋全体を包み、物理的かつ魔術的な侵入を防ぐ強固なモノだ。対して僕の簡易結界は、扉の位置のみを物理的に塞いだもの。つまり魔術的な侵入――転移魔術による侵入は、防ぐことができないのだよ」
だからこそ、あくまで簡易結界は保険だったのだ。
もし犯人が転移魔術を使えたなら、証拠隠滅は免れなかっただろう。
外部犯であれば、迷宮入りの恐れすらあった。
「こればかりは己の未熟さゆえ、恥ずかしい限りだが……。これで理解してもらえただろうか?」
「………………はい」
ロゼッタの返事は、蝋燭の灯火が如き儚さだった。
「魔術的な抜け道がある以上、事件後にナイフが現場から消えていたとしても、フリント様には言い訳が可能でした。自分が疑われないように、あえてナイフを残す必要はありません。このことから、フリント様とネイサン執事の共犯説は否定できるのです」
私は追求の手を休めることなく畳み掛ける。
「それに、あなたは現場に立ち入った際、凶器のナイフを拾い上げようとしましたね? ドサクサに紛れて、ナイフを回収しようとしたのではありませんか? トリックの核心を隠蔽し、自身への疑いを避けるために――!」
「…………もう、いいです」
俯いたまま、ロゼッタは静かに呟いた。
肩を小刻みに震わせて、不規則に呼吸する。
――泣いている。そう見えたのは、錯覚だった。
「ふふ、うふふ。あはははっ!」
三日月状に口許を歪めて、甲高い笑い声を吐き出すロゼッタ。
「もう沢山ですよ。話が長くて飽きてきました、はーあ。そんなに私を虐めて愉しいですかぁ?」
「ロ、ロゼッタ…………?」
急変したメイドの態度に、カトリーヌは戸惑いの声を漏らす。
「話を聞いていれば、可能性やら仮説やらをこねくり回してばぁ〜っかり! そんなチマチマとした理屈で、私が犯人だって言われても迷惑ですよぉ!?」
「――うぐ!」
チクチク言葉が胸にグサグサとクリティカルヒットする。
……探偵として、公正な推理を披露しているつもりだったけど。
真実を看破し、相手を論破することに愉しみを覚えてしまっている事実は、確かに否定できない。
だからいつも推理の後は、自分の陰湿さにうんざりするのだ。
いや――そうであっても、目の前の犯人を取り逃すワケにはいかない。これは全くの別問題だ!
「……論点をすり替えないでください。たとえ消去法でも、その過程の論理が正しければ、導き出された結論の正当性は保たれます」
「でも――ないんでしょう、証拠? あったら最初に出してますものねぇ……うふふっ!」
「それは…………」
「犯人が召喚石を狙っていた、それは私も納得できますよ。でも『犯人は召喚石を盗むために、儀式の間の結界が解除される場に居合わせた』ですってぇ? それこそタンテイさんの妄想にしか聞こえませんよぉ! 召喚石が金庫から出されてさえいれば、いつでも盗み出せるでしょうに」
犯人が盗みを遅らせる可能性は、確かにゼロとは言い切れない。
彼女の指摘について、私には肯定も否定もできなかった。
「それに、ナイフだってそうですよぉ。本当に犯人が回収しようとした証拠なんてないでしょう? そんな不確かな理由で疑わないでもらえます?」
……彼女が狙っているのは、犯人の条件1と3の無効化か。
結界解除に立ち合い、召喚石とナイフを持ち去ろうとした犯人像を、リセットするつもりだろう。
いずれの条件も、犯人の思惑を推測して導き出したホワイダニットの産物だ。
そこに条件2の「蝋燭と糸」のような、決定的な物的証拠があるワケではない。
「ですからタンテイさん。あなたの推理では、私とネイサン様のどちらが犯人か、断定できないんですよぉ! 分かりましたかぁ? ……ふふ、うふふふふっ!」
狂気染みた笑いを溢して身を捩るロゼッタ。
それは、失った信頼を諦めたような、自暴自棄な振る舞いに思えてならなかった。
そろそろこの戦いを終わらせなければ。
これ以上、彼女に嘘を重ねさせないためにも。
「……仕方ありません。この手段に頼るのは、できれば避けたかったんですが……」
取り扱い注意の切り札は、最後まで取っておくものである。
「あなたのお望み通り、提示していただきましょう。最後の証拠を、ね」
「――何をする気?」
「私は何もしませんよ。……では、お願いできますか?」
「承知いたしましたぞ」
部屋の隅から、神妙な面持ちで一歩前に進み出たのは。
執事、ネイサン・レムジェントだった。
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