第13話 マジック×トリック×ロジック
これまでの推理で、密室の証明と分類は完了した。
さあ、いよいよトリックを解き明かすターンだ。
「現場に残されていた魔跡の内、密室内で行使された魔術は4種類。召喚術、火炎魔術、氷弾魔術、そして《魔素喰らい》の呪術ですね。これらの一部を、犯人は自分の計画に組み込んだのです」
「ですが……呪術を除く3つの魔術は、お父様が行使したモノですわ。それを一体、どうやって利用したと仰りますの?」
「この儀式の間には、様々な道具が置かれていますよね。これらを魔術と組み合わせることで、実現できてしまうんですよ。恐るべき、遠隔刺突トリックが」
推理が核心に迫るにつれて、表情筋が興奮を隠しきれなくなってくる。
「手順はこうです。まず蝋燭を用意し、芯に近い部分に長めの糸を結びます。だいたい上端から指2本分くらいの位置ですね。その蝋燭を、部屋の右側にある天井付近の燭台に配置します……よっと」
私は足場に乗りながら、背伸びをして蝋燭を固定した。
「そしたら糸の反対側に、金属製の重りを結びつけます。ちょうど床に転がっていた分銅をお借りしますね」
薬の調合時に使われる分銅は、こちらの世界でも摘みやすいように上部に凹みが付けられている。
そこに糸を結びつけると、糸は縦にピンと張った状態になった。
フロスト家の人々は、この奇術の下準備を怪しそうに眺めている。
「次に、このナイフの出番です。犯人はナイフに魔素を蓄えるため、事前に魔法石をエネルギー源として取り込んでいました」
私は、カトリーヌから特別に戴いていた魔法石を床に置いた。
拳くらいの大きさで、ダイヤモンドの如く美しい輝きを放っている。
「それを砕くつもりか? 召喚石ほどではないにしろ、かなり貴重な素材なのだぞ」
「その価値についてはお伝えしていますわ、お兄様。その上で、私のコレクションからひとつ差し上げましたの」
「む……お前が良いと言うなら、まあいいだろう」
「さあ、アマノガワ様。続けてくださいな」
「は、はい。じゃあ魔法石を砕きますね……」
改めて価値を諭されると躊躇ってしまうが、これも事件の真相を証明するためだ。
私は一思いに、魔法石にナイフを突き立てた。
石は光に包まれ、次第に分解されながらナイフの中へと吸い込まれていく。
「…………これで、チャージ完了です」
「……………………」
フリントの無言の視線が痛い。いいって言ったよね?
「そうしましたら、ナイフを糸の近く、右の壁の棚に配置します。刃を部屋の中央に向けて、柄を棚に乗せるイメージです。このままだとナイフが落ちてしまうので、本で左右と上部を固めて動かないようにします」
分厚い魔導書と棚の隙間に、ナイフの柄を挿し込む。
「このナイフにはツマミが付いているのですが、そこに糸を何重にも巻き付けます。糸の摩擦が強いことに加えて、ツマミには溝が刻まれているため、糸を引っ張ることでツマミが回転するんです。巻きつける向きに注意して……出来上がり! これで準備は整いました」
儀式の間の右側の棚に沿って、蝋燭とナイフと重りが糸で繋がっている。
このアナログな仕掛けは意外にも、雑多な書物や魔道具に紛れて部屋に溶け込んでいた。
「それでは、被害者の行動をなぞっていきましょう。まず儀式の間に入り、部屋全体に結界を生成。それから召喚儀式のために、大きな魔法陣を描きます」
床に描かれた魔法陣を踏まないよう、その周りを歩いてみせる。
「金庫の中から召喚石を取り出し、魔法陣の中央に配置。準備を整えた被害者は、魔法陣の正面に立って召喚儀式を開始しました」
何かを察したフリントが、目を見開く。
「その立ち位置、もしや……」
「はい。ナイフの切っ先は、この場所に向けられています。床に目印があるように、ここはアルビオン様の定位置だったのでしょう」
そう――被害者を狙って、罠を仕掛けることは可能だったのだ。
この目印の存在を知っている人間であれば。
「ではフリント様、あちらの蝋燭に火を灯していただけますか」
「分かった。――咲け、炎よ! ……これで良いか?」
小さな火球が、燭台まで緩やかに飛んでいく。
蝋燭が周囲を照らし始めるのを見届けてから、私は頷いた。
「ありがとうございます。被害者のアルビオン様も、炎属性の魔法適性があるとお聞きしました。事件の際も今のように、離れた位置から魔術で着火したはずです。そのため、糸の仕掛けに気付けなかったと考えられます」
儀式の手順を利用した大胆なトリックだ。
被害者の火炎魔術をトリガーとする発想は、恐ろしく合理的に感じられる。
「話題を戻しましょうか。フリント様は『ナイフを操って結界内の人を刺せない理由』を、ふたつ挙げておられましたね。その内のひとつは、『窓がないから標的の位置が分からない』というモノ。この問題は、床の目印によって解消されます」
犯人は密室の外にいながら、被害者の立ち位置を把握することができた。
それも、儀式が始まってから数分が経過したタイミングでの位置を。
時と場所さえ分かれば、時限式の罠を仕掛けるのは容易い。
「だとして、もうひとつの『結界が魔術を通さない』問題はどうなる? 結界外の犯人に、そのナイフの呪いを解放することは不可能に思えるが」
「そのための、この仕掛けなんです。蝋燭の火が燃え進んだら、何が起きると思います?」
「蝋燭に巻かれた糸が焼き切れ、重りは落下するだろうな。その際、糸の摩擦でナイフのツマミが回転する。……ここまでは想像がつくが、それに何の意味があるのだ?」
「このツマミこそ、呪いを発動させるスイッチなんですよ。厳密には、呪術に変換される魔素の出力調整ツマミですけど」
「ああ、そういうことか! 呪具も魔道具の一種、術者に依らない機構が備わっているのは道理と言えるな」
「これで2つ目の『結界が魔術を通さない』問題も解決します。犯人は結界外から魔術を使うことなく、結界内のアナログな仕掛けで呪術を発動させたワケです」
この事件の特異性のひとつに、「最低限の魔跡しか現場に残されていない」という点がある。
犯人は、カトリーヌの《
「……だが、ナイフを本で固定してしまっては、目印の位置まで動かせまい。弓などの道具も使わずに、いかにして刃を父上に突き立てたというのだ?」
フリントに続いて、ネイサンとカトリーヌも疑問を口にする。
「振り子のようにナイフを揺らすのかと思いましたが、焼き切れるのであれば無理な話ですな……。さっぱり分かりません」
「私も魔眼で調べましたけれど、風魔法や重力魔法、磁力操作の痕跡はありませんでしたわ。ナイフを移動させる方法が、他にあるというのですか?」
犯人が被害者にナイフを突き立てた方法。
私も、この謎で随分と頭を悩ませた。
常識に囚われていては、この真相には辿り着けなかっただろう。
……だってここは、剣と魔法のファンタジー世界なのだから。
「そろそろですね。危ないので離れてください!」
私は目印から降りると、ナイフの置かれた壁際まで移動した。
もちろん、刃が向けられていない安全な位置である。
――次の瞬間。
運命を決する糸は焼き切れて。
分銅が床に落下し、鈍い音を立てる。
ツマミを回し終えた糸は、勢い余ってナイフから離れて。
落下の衝撃で糸から外れた分銅も、床を転がってゆく。
そして、《魔素喰らい》の呪い刃は。
暗黒を纏って、ついに我々の前に顕現した。
「これは――ッ!」
「そん、な…………!?」
想像を遥かに超えた光景に、その場の全員が息を呑む。
トリックを再現した私でさえ、圧倒されてしまう非現実さ。
「――これが、アルビオン様を貫いた刃の正体です」
そこにはなんと、5メートル近い暗黒の刃が横たわっていた。
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