第12話 密室、解体開始

「――謎が解けたというのは、本当か?」


「はい。それを今から、皆様に説明いたします」



 フロスト家の人々の視線が、一斉に私に集中する。


 期待、懐疑、不安、緊張。感情の渦が儀式の間を呑み込む。



 私は大きく息を吸い、そのまま一瞬呼吸を止めた。



 異世界に来て最初の事件、それも魔術犯罪の解決編。


 ――舞台は整った。迷いも躊躇いも、必要ない。


 探偵の流儀が通用するのか、ぶっつけ本番で検証開始だ。



「今回の事件は、数多くの謎によって真相が覆われていました。密室、動機、そして犯人の正体。それら一連の謎を紐解くにあたり、最初の手がかりとなるのが《魔素喰らい》の存在です」


 犯人が持ち込んだ呪いの刃。


 そこから滲み出る悪意は、ホンモノだ。


「《魔素喰らい》の呪いを知った時、犯人の目的は『召喚師を呪って魔素を奪うこと』であると考えました。しかし現場を調べてみると、ある矛盾にぶつかったのです」


 私は凶器のナイフを掲げてみせる。


「実はこのナイフの中に、アルビオン様から奪われた魔素が貯まり続けていると分かりました」


「何ということだ! 魔術師に対する冒涜も甚だしい……!」


「奪った魔素で好き勝手するには、このナイフを装備していなければいけません。しかし、ナイフは事件現場――この儀式の間に転がっていました」


 被害者のすぐ近くで、凶器が血に塗れていた光景を思い出す。


「犯人は、なぜナイフを持ち去らなかったのか? この疑問から、2つの可能性が浮かび上がってきます。ひとつ、犯人はナイフを持ち去れない事情があった。ふたつ、犯人には呪いを刻む以外の目的があった。少なくとも、このいずれかは真であると言えるでしょう」


 命題の真偽について語り出すと、まるで気分は数学講師だ。


「ここからが本題です。これらの解に辿り着くために、まず大きな謎から明らかにしていきたいと思います」


「大きな謎……と言いますと?」


「もちろん、密室ですよ。今回の事件は密室にまつわる大きな謎を解くことで、連鎖的に小さな謎も綺麗に片付くという構造になっていますからね」



 私、天野川遊理はロジック重視の探偵だ。


 あらゆる可能性を検証し、理詰めで真実を導き出すスタイル。きっと奏雨の影響を受けたんだと思う。


 それ故に、可能性を一気に絞り込める「強い条件」から攻めていくのが定石となっていた。



「まずは前提の確認から始めましょう。15時45分頃、儀式の間に入る被害者の姿が、複数人によって目撃されています。その直後に結界が張られ、儀式の間は完全な密室状態となりました。この時、まだ被害者は怪我を負っていません。よって被害者は密室内で刺された、これが大前提となります」


「確かアマノガワ殿の推理では、父上は召喚儀式の最中に刺されたという話だったな」


「はい。魔法陣の上の血液だけ固まっていなかったことから、事件が起きたのは儀式の最中であることまで絞り込めています」


 これらの条件から、「被害者が密室外で刺され、その後で密室が作られた」パターンを除外することができる。


「密室が保証できたところで、2つの大きな謎が立ちはだかります。すなわち《なぜ》と《どうやって》ですね。ひとつずつ解体していきましょう」


 フロスト家の人々は、真面目な面持ちで耳を傾けてくれている。


 一対多の会話に混ざるのが苦手な私にとって、自分のペースで話せる場はありがたい限りだ。



「なぜ犯人は、わざわざ密室で事件を起こしたのか? 呪いを刻むのが目的なら、いつでも刺すチャンスはあったはずです。それに、そもそも結界で密室を作ったのは被害者本人。犯人が仕組んだものではありません」


「言われてみれば……その通りですわ。犯人にとって、結界は邪魔な障害でしかないはずですもの」


「すると、結界内でこそ犯行に及ぶ理由があったというのか?」


「えぇ、シンプルに考えてみてください。結界は召喚儀式を秘匿するために張られたもの、つまり副産物です。犯人にとって重要なのは、儀式の方だったとしたら?」


 全休符ほどの間をおいてから、私は軽やかに断言した。



「そう――召喚儀式の中断こそが、犯人の目的だったんですよ」



 フリントの眉間がさらに険しくなる。


「どういうことだ……? 儀式を妨害するのであれば、結界を張られる前に刺せばよいのではないのか?」


「事前の妨害ではダメなんです。儀式が始まってから中断させる必要があった。そのために犯人は、わざわざ結界密室を攻略したのです」



 私の心を読んだかのように、執事の口髭が動いた。


「――もしや、召喚石ですかな?」



「ご名答です。犯人の真の目的は、召喚石の強奪だった。そう考えると、不可解な状況にも説明がつきます」


 アルビオン・フロストが国王から承ったという召喚石。


 それだけ稀少性の高いお宝であれば、狙おうとする輩がいてもおかしくはない。


「召喚石は長い間、儀式の間の金庫に保管されていました。それが金庫の外に出されるとすれば、召喚儀式の時に他なりません。実際に儀式中、魔法陣の中央に召喚石が置かれていたことが、カトリーヌさんの協力で確認できています」


「えぇ、私の魔眼で確かに視ましたわ。あの金色の魔跡は、空間属性の魔素の結晶――召喚石の特徴通りでした」


「もちろん信じますよ、お嬢様」


「魔法陣の中央に、か……。エネルギー効率を考えれば自然な話ではあるな」


 ロゼッタやフリントも異論はない様子である。


「これが、『なぜ事件が密室で起きたのか』の答えです。犯人は召喚石を盗むため、召喚儀式が行われる日を待ち続けていた。そして今日、遂に計画を実行したのです!」


 それが犯人にとって、一度きりのチャンスだったと考えられる。



「しかし、犯人にとって予想外のことが起こります。呪いを刻まれたアルビオン様が、なんと召喚儀式を完遂させてしまったのです」


 ――文字通り、血と魔素を流しながら。


 召喚師は自身の命を懸けて、その秘術を成し遂げた。


「結果として私が召喚され、役目を終えた召喚石は砕け散りました。犯人の計画は失敗に終わり、部屋には深手を負ったアルビオン様が残されます」


「お父様は、召喚石を最後まで守り抜いたのですね…………」


「さぞ犯人は驚いたことでしょう。結界の中から、私という招かれざる客が現れたのですから」


 私の発言を遮るように、フリントは掌をこちらに向けた。


「待ちたまえ。その言い方では……まるで、事件時に犯人が儀式の間にいなかったようではないか?」


「はい。その結論に至る道筋について、順を追って説明しましょう」



 《なぜ》の次は、《どうやって》を解き明かしていくターンだ。



「儀式の間の結界は、アルビオン様が生成してからフリント様が破壊するまで、密室状態を保っていましたね」


「ああ。結界は僕の目の前で張られ、それをこの手で破壊した。間違いない」


「結界は物理的な障壁であり、かつ魔術による干渉も不可能。何より、現場には時空に関する魔術の痕跡はありませんでした」


 厳密には、私を呼び出した召喚術を除いての話だけど。


 この魔跡も一度きりなので、私以外に結界内への出現は不可能なのだ。


「よって、犯人が結界を越えて入退出した可能性は否定されます。残る可能性はふたつ。『犯人はずっと密室内にいた』、または『犯人はずっと密室外にいた』です」


「確かに……仰る通りですわ」


 皆の納得を確認してから、私は推理劇を進めた。


「犯人がずっと密室内にいたと仮定すると、先ほどの推理と矛盾します。儀式中のアルビオン様を襲った後、簡単に召喚石を回収することができますからね。事実として、召喚儀式は最後まで行われている。ゆえに犯人は、密室外にいたと考えられるのです」


 これにより『犯人が事前に密室内に潜んでいて、犯行後に結界が破られるのを待っていた』という可能性も除外される。


 事実、召喚された私の目から逃れるための魔術やスキルの痕跡も、儀式の間には存在していなかった。


「だが、アマノガワ殿。そうなると犯人は、部屋の外から父上を刺したことにならないか?」


「はい、そうなりますね」


「いやいや、説明したではないか! ナイフを魔術で遠隔操作し、人を刺すのは不可能だと!」


 そう――彼の言う通り、結界の外からナイフを操ることはできない。



「……でも、あるんですよ。不可能を可能にする方法が」



 不謹慎な笑みが、思わず表情かおに出てしまう。



「それでは、実演してみせましょう。犯人が密室外から、呪いのナイフを突き立てたトリックを!」

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