第8話 アリバイ四重奏

 私は、別の切り口から情報を集めることにした。



「話を戻しますね。召喚儀式が行われる前後の、皆さんの行動を聞かせてください」


「では僕から話そうか」


 一番に名乗りを上げたのは、やはりフリントだった。


「僕は自室で古文書の解読をしていたよ。途中で紅茶を取りに部屋を出た際、儀式の準備を終えたネイサンとロゼッタと出くわした。そこに父上がやって来て、一言交わしたら儀式の間に入っていったな。僕はネイサン達と居間に移動し、そこで紅茶を受け取って自室に戻った。しばらくしてロゼッタに呼ばれてからは、アマノガワ殿の知る通りだ」


「ロゼッタさん、ネイサンさん。今の話は間違いないですか」


 私の質問を受けて、二人は同時に頷いた。


「ではロゼッタさん。儀式の準備とは、具体的にどのようなことを?」


「そうですねぇ……。儀式で使用する香炉の用意に、燭台の蝋燭の交換、床の掃除やお片付けなどです」


「大きな召喚陣を描くためには、広いスペースが必要ですからな。いやはや、ご主人様が床に積み上げていた本や道具を整理するのに、なかなか骨が折れましたぞ」


 部屋の隅の方に物が追いやられていたのには、そういう事情があったらしい。


「準備が終わった時刻は覚えていますか?」


「確か……20分ほどで準備が完了して、ご主人様が儀式の間に入られたのが午後3時45分頃だったと思います」


「それなら僕も記憶している。自室に戻って時計を見たのでな。父上が結界を張ったのは、その時刻で間違いない」


「その情報、非常に助かります」


 密室が作られた時刻について、複数人からの証言が得られたのは大きい。


 ついオタクスマイルがこぼれそうになるのを、理性でギリギリ食い止めた。



「儀式の間には、アルビオン様がひとりで入って結界を張った、という認識で合っていますよね」


「その通りだ。召喚儀式は王国の秘術。父上も細心の注意を払い、結界で護りを固めたのだろう。鍵の掛かった扉だけでは、転移魔法による侵入を防げないからな」



 逆に言えば、結界で囲われた室内は、転移すら拒絶する完璧な密室だったということだ。



「とはいえ結界も、強力な衝撃を与えれば破壊できてしまう。ただし衝撃を感知した時点で、父上は侵入者の存在を感知できるはずだ。この世界において、結界は最善の防御策なのだよ」


「それは心強い術ですね。えぇと、それから儀式が行われて、私が召喚された――と。ロゼッタさん、私の声に気が付いた時刻は覚えていますか?」


「うう……申し訳ございません。あの時は非常事態でしたから、記憶が怪しいですぅ……」


「ロゼッタが僕を呼びに来た時刻なら、4時15分頃だったと思うが」


 さすがフリント様、抜かりない。


「ということは召喚が完了し、私が目覚めたのが16時10分頃。結界が破られたのは16時20分頃ということになりますね」



 被害者が刺されたのは約25分間の儀式の最中、恐らく16時頃のタイミングだ。



「ロゼッタさんは儀式の準備を終えてから、私の声に気付くまでの間、どこで何をしていましたか?」


「ええとですね……。準備の後は夕食の準備をしていました。仕込みを終え、ご主人様の儀式が無事に終わったか気になりまして、様子を伺いに扉の前まで足を運んだのです」


 お陰で私の声が彼女に届き、早急に救命を行うことができたという経緯らしい。


「それで――フリント様を呼び行ったのは、結界を壊すためですか?」


「はい。あの結界を破るには、フリント様の魔術に頼るしかなかったので……。これで質問の答えになっていますかしら……?」


「ありがとうございます、バッチリです。では、次はネイサン執事にお聞きましょうか」



 待ってましたと言わんばかりに、ピンと背筋を伸ばすネイサン・レムジェント。


「私は準備を終えた後、居間でフリント坊ちゃまに紅茶を淹れてさし上げました。それが15時50分頃でしたな。それから程なくして、カトリーヌお嬢様が居間に来られたので、紅茶を淹れ直しました。二人でゆっくり過ごしていると、突然爆発音が屋敷中に響き渡ったものですから、腰を抜かしてしまいましてな。お嬢様をその場に残して様子を見に向かったところ、儀式の間の扉が破られていた、という流れですな」


「なるほど……。では最後にカトリーヌ様、お願いします」


「ようやくですわね。私は16時頃まで、中庭で魔術の鍛錬をしていました。それから居間に赴き、ネイサンと少し遅めのティータイムを過ごしていましたわ。爆発音がして、ネイサンが様子を見に出ていった後、居ても立っても居られなくなって私も居間を飛び出しました。そこでお父様が運ばれるところに遭遇し、寝室まで付き添いましたの」


「その後は、私も知っている通り――と。皆様、ご協力感謝します。お陰様で状況が整理できました」


 まとめると、4人とも部分的にアリバイがある状態だ。


 儀式の行われていた時間帯に、一度は他の誰かに目撃されている。


 つまり、全員が結界の外にいたということだ。



 しかしここは異世界。己の常識が通用する世界ではない。


 さらに可能性を絞り込むため、私は前提条件の確認をすることにした。



「犯人が魔法でナイフを操り、アルビオン様を刺した――という可能性はありますか?」



 もしそんな離れ技が可能なら、そもそもアリバイや密室が手がかりとしての意味を失ってしまう。


 推理のためにも、この可能性は否定してほしいところだ。



「それは、100パーセントあり得ぬな」


 フリントの即答、小気味が良い。


「是非その根拠を聞かせていただけますか」



「理由は2つある。まず、ナイフを操って人を刺すには、そのターゲットが見える場所に術者がいなければならない。儀式の間には窓がなく、室外から中の様子を視認できぬ。この条件でナイフを遠隔操作するのは、目を瞑って人を刺す並みに至難の業だ」


「もし犯人が、千里眼のような能力を持っていたら? 壁を隔てた場所からでも、狙いを定めることができるのでは?」


「そこで2つ目の理由だ。父上の結界は物体のみならず、あらゆる魔術や異能スキルを通さない。ゆえに結界の外からナイフを操作するのは、そもそも不可能な話なのだよ。これで理解できたか?」


「えぇ、明快な説明に感謝します」



 これは嬉しくも厳しい解答だ。現場が結界密室であることが、犯行手段を大幅に制限している。


 誰にでも犯行が可能だった――という状況よりは推理が展開しやすいが、どうしたものか。



 密室による不可能犯罪という壁は、依然として立ちはだかったままだ。


 犯人の輪郭は、いまだ霧の中のように掴みきれない。



「では……最後の質問です。他に何か、家の中で何か変わったことはありましたか?」


「いや、特には…………」


 この質問には、全員思い当たるものがない様子だ。


 訊くべき情報を一通り確かめられたので、私は思考を巡らせることにした。



 今回の「召喚師密室呪刻事件」には、大きな謎が2つ存在する。



 まず、1つ目の謎。


 犯人はどんな手段を使って、密室内の召喚師を刺したのか?


 結界は物理的な入退出だけでなく、遠隔操作などの魔術も封じることが分かった。


 一見不可能と思える犯行だが、現に事件は起きている。可能とする方法が、必ず存在するはずだ。



 そして、2つ目の謎。


 なぜ犯人は、わざわざ密室で事件を起こしたのか?


 結界は、被害者である召喚師が防護用に張ったものという話だった。


 自殺に見せかけたり、死体の発見を遅らせたりといった目的で作られた密室とは、その成り立ちからして異なっている。


 つまるところ、事件現場が密室である必要性がないのだ。



 呪いを刻むことが目的なら、結界が張られる前にも刺すタイミングはあったはず。


 あえて密室内の召喚師を刺した理由とは、いったい何なのか。



 ハウダニットとホワイダニット。


 この2つの謎を解くことで、犯人の正体に迫ることができるはずだ。


 朧(おぼろ)げながら仮説は立ち始めているが、まだロジックを完成させるためのピースが足りていない。


 現場を隅々まで検証して、明らかにすべき事柄が残っている。



 私は一同を見回してから、頭を深々と下げた。


「皆様、ご協力ありがとうございました。これから私は事件現場の調査を行うつもりなんですが、困ったことに魔術に関して全く知識がなく……」


 皆に伝わるように、わざと視線を泳がせる。


「そこでお願いがあります。どなたか私の調査を手伝っていただけないでしょうか?」



「それなら、適任がいるではありませんか」



 口火を切ったのはネイサン執事だった。



「カトリーヌお嬢様、いかがですかな?」

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