第7話 呪術と召喚術
「お父様の意識が戻らない……ですって!?」
召喚師の寝室にて、私たちはベッドを取り囲むようにして集まっていた。
渦中のアルビオン様は、横たわったまま微動だにしていない。
「刺し傷の治癒は成功したのでしょう?」
「勿論でございます。治癒魔法と輸血が功を奏し、命の危機は脱しました」
「でしたら……どうして目覚めないと?」
「こちらをご覧いただけますか」
「こ、これは…………ッ!」
ネイサンが示した召喚師の首元には、何やら黒い刻印が浮かび上がっていた。
その禍々しさは、私の目から見ても危険であると感じ取れる。これではまるで首枷だ。
「もしや……これは『呪い』かね!?」
「はい、呪術の類で間違いないかと」
私は隣のカトリーヌに耳打ちをする。
「呪いって、魔法とは別物なんですか?」
「呪術は魔法の一種ですわ。魔法の中でも、高度な術式を用いるものを魔術と言います。そして人道を外れた黒魔術の中でも、不幸や災いを呼ぶものを呪術と呼んでいるのです」
要するに、レベルの高い悪意ある術ということか。
「この刻印、ネイサンは知っているのか?」
「噂程度の知識ですが、恐らく《魔素喰らい》の呪いかと。呪いを刻まれた者の
「なるほど。魔力適性の高い魔術師ほど、身体への影響が大きく出るということか。父上にとっては相性が最悪の呪いだな」
「儀式の間に落ちていたナイフ、あれが《魔素喰らい》の呪具でしょうな。うかつに刃に触れないよう、気を付けてください」
「なんとまあ、恐ろしや……!」
ロゼッタが自らの両肩を抱えて縮み上がる。
私は再び、小声で質問を投げかけた。
「その、
「魔法を発動する際に消費するエネルギーですわ。大自然に多く存在し、空気中や人体の中にも流れているものです。魔術師は体内の魔素を無意識に活用しているので、魔素が枯渇すると眠り続けてしまうことに……」
「なるほどね……ありがとう、イメージできました」
今の話で、ひとつ疑問が解消される。
犯人が召喚師を殺害せず、傷を負わせたまま放置した理由。
それは呪いの対象を生かしておくことで、エネルギーを奪い続けるためだと考えられる。
常に魔素が枯渇した状態の召喚師は、眠りから醒めることができない。
この呪い、寄生虫のような狡猾さである。
――徐々に異世界のルールに脳が適応してきて、状況が整理できてきた。
「呪いを解く方法は知っているか?」
「通常の呪いであれば、聖職者の術で解除することができるでしょうな。しかし、この呪いは非常に強力かつ複雑と見えます。術式を組んだ呪術師本人が解除するか、呪術師が死んで呪いの効力が失われるか……」
「いずれにしても解除は絶望的、ということか――!」
怒りを抑え込むように、拳を強く握りしめるフリント。
皆の表情も暗く、室内の空気が重苦しく感じられる。
この状況で私にできることは、ただひとつだ。
「――皆さん、私に考えがあります」
私は意を決して、フロスト家の人々に語りかけた。
「呪いを刻んだ犯人が分かれば、アルビオン様を救う手立てがあるんですよね?」
「あぁ、そうだな。父上を狙った呪術師……皆目見当もつかないが、引きずり出すことができれば父上を救えるかもしれん。もし刺した実行犯が別人だとしても、呪術師の正体を吐かせることができれば可能性はある」
なかなか思考回路がアグレッシブだ。これが異世界スタイルか。
「でしたら引き続き、私に捜査をさせてください。アルビオン様は命を懸けて、私をこの世界に召喚してくださいました。その恩に報いたいんです」
体内の魔素と血液を失いながら、決死の覚悟で召喚儀式を最後までやり遂げた召喚師。
私が異世界に事件を呼び込んだのなら、彼への恩を仇で返すことになってしまう。
……そんな無遠慮な振る舞い、私には耐えられない。
「犯人は、私が必ず突き止めます。ですから皆さん、捜査へのご協力をお願いできますか」
「……皆、異論はないな?」
フリントの言葉に頷く一同。
みんな協力的で、非常にありがたい限りだ。
「それでは、時系列に沿って情報を整理していきたいと思います。まずはアルビオン様が、召喚儀式を行うことになった経緯から教えていただけますか?」
事件は召喚儀式の最中に起きている。
であれば、まずはその発端を知ることが第一歩だ。
「それが……私達にも分からないのです」
答えたのはロゼッタだった。
「本日の午後3時20分頃でしたでしょうか、ご主人様が『今から召喚の儀式を執り行う』と言い出されまして。話しぶりから急を要するご様子でした」
「今までに、そういったことはありましたか?」
「いいえ、緊急の儀式は初めてです。少なくとも、私の知る限りでは……」
「なるほど。それ以前に、緊急で儀式が行われたことは?」
「ご主人様は予定に忠実なお方だ。このお屋敷に移り住んでからの約17年間、前日までに予告のない儀式は一度もありませんでしたな。このネイサン・レムジェントが保証いたしますぞ」
ベテラン執事さんが言うのなら、今日が特例というのは間違いないなさそうだ。
「初めてと言うなら、父上があの部屋で異世界人を召喚したのも初めてではないか?」
「そうですな。普段儀式の間は、魔術の探究や薬の調合などを行うための部屋として利用されておられましたから」
へぇ、それはまた気になる情報だ。
「アルビオン様は昔、宮廷の召喚師として活躍されていたとお聞きしましたが、召喚を行わなくなった理由があるのでしょうか?」
「その理由ならば明白。召喚石が希少になったからだ」
「と、言いますと?」
「アマノガワ殿のような異世界人を召喚するためには、召喚石という特別な魔法石が必要でな。これは非常に珍しい宝玉で、ここ数年は全く採掘出来ていないのだそうだ。しかも一度儀式を完遂すると、崩れてしまい二度と使い物にならぬ。ゆえに滅多なことがない限り、使用されない代物なのだよ」
フリントの説明を受けて、ネイサン執事が口を開く。
「採掘された召喚石は、王国がまとめて管理する取り決めなのてす。ご主人様は召喚師としての功績が認められ、王都を離れる際に特例として、王様から召喚石をひとつ賜ったのでしたな。あれは何とも美しい金色の結晶でした」
「私も一度くらい、実物を目にしたかったですわ……。お父様ったら、頼んでも見せてくれませんでしたのよ」
カトリーヌが口を尖らして呟いた。
「召喚石の保管場所は、皆さんご存知なのですか?」
「儀式の間の金庫に保管されていたはずだ。その開け方は父上しか知らぬがな」
――金庫か、後で調べてみるとしよう。
「なるほど……。そんな貴重な石を、アルビオン様は今日いきなり消費されたと」
なぜ召喚に踏み切ったのか、謎は深まるばかりだ。
しかし、こればかりは本人に聞かないと分かりそうにない。
そんな背景事情を知った後だと、召喚されたのが私で本当に良かったのか不安に思えてくる。
それでも過去は変えられない。もう後戻りはできないから。
選ばれた廻生者として、その責務を果たさなくては。
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