第5話 ガール・ミーツ・ガール

「反論があるなら聞かせてもらおうか、廻生者リンカネイターよ」



「…………っ!」


 勢いに任せて話し始めては命取りだ。


 慎重に言葉を選ばなくては……!



 被害者と共に密室内にいた不審者。


 それが、今の私のステータスなのだ。



 なんとか無実を証明して、信頼を勝ち取らないと。


 このままでは、召喚早々牢屋行きのパターンもあり得るかも……。




 その時だった。




「――――お兄様!」



 甲高い声が部屋に響き渡る。



 颯爽と現れたのは、端麗な少女だった。



 年齢は高校生くらいだろうか。


 雪のように白い肌。一部を編み込んだ銀髪。


 深い蒼色を湛えた瞳は、憂いを帯びて仄かに潤んでいる。



 幼さと大人らしさを併せ持つ、丸みを帯びた顔の輪郭ライン


 淡い水色のドレス姿は、まるで絵本から飛び出したみたいだ。



 ――これが、私と彼女の最初の出逢い。



 運命の悪戯で引き寄せられたみたいに、私たちはこの世界で邂逅を果たしたのだった。



 ……この時は、まだ知る由もなかった。



 王国を揺るがしかねない因果の歯車。


 そのひとつが、静かに回り始めたことを。




 彼女は悲痛な面持ちでフリントに切り出した。


「ネイサン達から事情は聞きましたわ。お父様が刺されたって……」


「ケイ、何故この部屋に来たのだ?」


「私が傍にいると治療の妨げになると言われましたの。でも部屋に1人でいるのは危ないから、お兄様の手伝いをしに来たのですが……これは一体どういう状況ですの?」


 ケイと呼ばれた少女は、私とフリントの姿を交互に見遣っては、端正な顔を困惑に歪める。


 対するフリントは、顔色ひとつ変えずに掌を向けて制止した。


「今は取り込み中だ。状況は後で伝えるから、父上の部屋に戻りなさい」


「もしかしてお兄様、そちらの方を疑っていますの?」


「……彼女は結界内にいた、父上以外の唯一の人間なのだ。廻生者といえども、最有力容疑者であることに変わりはないのだよ」


「廻生者は、何も身につけずに召喚されるはずです。凶器を持ち込むことはできませんわ!」


「この部屋で見つけたナイフを凶器として使用したのだろう。突発的な犯行と考えれば、なんら不自然なことはない」


「ですが……このナイフ、初めて見かけましたわ。お父様のコレクションの中にはなかったはずです」


「お前の記憶を疑うつもりはないが、父上が密かに隠し持っていた可能性もある。ナイフの出所を突き詰めたところで、この者の疑いは晴れぬぞ」


「それは……お兄様の仰る通りですけれど……」


 兄妹喧嘩ならぬ兄妹論争が、私を巡って勃発するなんて。


 これは私が止めなくてはならない争いだ。


「あの、すみません。私からも質問してよろしいでしょうか」


「……質問の内容によっては答えよう」


「ありがとうございます」


 私は思考回路を巡らせながら、聞き込みを開始した。



「この床の魔法陣は、召喚儀式に使用するモノですか?」


「ああ、そうだ。父上が最適化を施した、召喚術用の魔法陣だ」


「描かれたのはいつか分かります?」


「今朝見た時は、床に何も描かれていませんでしたわ。つい先ほど描かれたばかりだと思います」


「この魔法陣は儀式の最中に描かれるものなのだ。描いてから時間が経つと、効力が薄れてしまうと父上から教わったことがある」


「――であれば、私の無実を証明できるかもしれません」


「ほお、それは興味深い。説明してくれたまえよ」



「この部分を見てください」


 私は、魔法陣の一部を指差した。


 紋様の上に血液が広がっており、その部分だけ凝固が始まっていないようだった。


「魔法陣よりも血液が上にあるということは、被害者は魔法陣を書き終えてから、ナイフで刺されたと考えられます」


「それは当然だろう。出血しながら魔法陣を描く召喚師など聞いたことがない!」


 フリントは大袈裟に肩をすくめてみせた。


「召喚儀式には、多大な魔素マナと集中力を要するのだ。刺された時点で儀式は中断せざるを得ないだろう」


「ですがお兄様、現に召喚は成功していますわ」


「だから言っているではないか。召喚が済んでから、この異世界人の女が父上を刺したのだと」



「いえ、それだと不自然な点があるんです」


 私は冷静に、論理的思考の流れを言葉にして汲み上げていく。


「よく見ると、床の血液は固まり始めている一方で、魔法陣の上の血液だけ凝固していません。魔法陣の塗料に弾かれているのかと思いましたが、どうもそうではないらしい。部分的に血液が温められて、凝固が遅れているようなのです」


 私は、起死回生の一手を提示した。



「これは仮説なのですが、この魔法陣は発動中に熱を発するのではないですか?」



 フリントが、訝しげな表情で腕を組む。


「……確かに召喚陣は、異世界と繋がる際に光を発する。故に、その光が熱を生み出すのも事実だ」


「であれば、もうひとつの手がかりが得られます。被害者が刺されたのは、魔法陣の発動中――すなわち儀式の最中であると」


「なに…………ッ!? そんなことが……いや…………」


 彼は身震いをした後、宙を見つめて独り言を呟き始めた。


「儀式の最中であれば、私はまだ召喚されていません。召喚師さまを刺すことは不可能です」


「――確かに、仰る通りですわ! お父様が魔法陣を描き終え、魔力を送り込んでいる時に刺されたのでないと、この様な血の固まり具合にはなりませんわね」


「うむむむむ…………」


 お嬢様は、私の推理に納得してくれたらしい。


 情報が限られた中での自己弁護だったが、どうにか最後まで綱(つな)を渡り切ることができて一安心だ。



「お兄様、分かりましたでしょう? お父様は儀式中に刺されたにも関わらず、召喚を続行し最後までやり遂げたのです。自分の命よりも、この方をこちらの世界に繋ぎ止めることを優先したのですわ! その意思と覚悟まで、お兄様は疑うおつもりですの?」



「……分かった、分かったよケイ。そうだな、お前の言う通りだ」


 ふるふると首を振った後、彼は私の目を見て言った。


「すまなかった、アマノガワ殿。僕としたことが早とちりしてしまったようだ。気が動転していたとはいえ、らしからぬ醜態を晒してしまったな」


 あくまで頭は下げないあたり、お坊ちゃんとしてのプライドの高さが感じられる。


「うちの執事の腕前は一流だ。直に父上も目を覚ますだろう。そうすれば犯人も明らかになるはずだ」


「そうですね。密室の謎も、合わせて解ければいいんですけど……」



 私はもしもの場合に備えて、フリントに申し出た。


「あの、私は元いた世界で、探偵として活動していました。いわゆる難事件を解決に導くお仕事です。今回の件、是非とも私に捜査を任せていただけませんか」



 一度死んだ身とはいえ、探偵としての魂までは失いたくはない。



 ……それに、今は答えが存在する謎に没頭していたかった。


 答えの出ない後悔や哀しみに溺れたままでは、息ができなくなりそうだったから。



「タンテイとな……優れた観察眼はその経験ゆえか。それは我々としても渡りに船だ。召喚早々で申し訳ないが、力を貸してもらえると助かる」


「ありがとうございます。では、まず2つ提案が。1つ目は、この部屋を封鎖すること。犯人が事件現場に戻るケースは多いのです。証拠隠滅などを防ぐためにも、事件解決までは立ち入り禁止とさせていてただけますか?」


「それは問題ない。わざわざ儀式の間を訪れる用もないしな。部屋の掃除などは、落ち着いてからすれば良かろう。簡易物理結界で出入り口のみを塞いでおくから、調査が必要な際は声をかけてくれたまえ」


「ご協力感謝します。では2つ目ですが、召喚師さまの傍に3人以上の護衛を付けてください。一命を取り留めたと犯人に知られたら、再び襲われる可能性がありますから」


 3人というのは、内部犯だった場合を考慮しての数だ。最悪の想定をした上で、相互監視できる状態が望ましい。


「3人か……可能な限り対応しよう。今この屋敷にいる者は、貴様を除いて5人なのだ」


 ということは、その全員と私は顔を合わせたことになる。


 刺された召喚師、その息子と娘、そして執事とメイド。これで丁度5人だ。


「ネイサンとロゼッタに、重要な用がない限り父上の寝室で待機するよう伝えてくる。……それとアマノガワ殿、いつ言うべきか悩んでいたのだが」


「な、なんでしょうか」



 フリントは眉を若干ひそめると、こう告げた。


「そのような格好では動きにくかろう。ひとまず着替えてくるとよい。ケイ、彼女に合う衣服を見繕ってくれるか?」


「承知しましたわ、お兄様。では私の部屋へ行きましょうか、付いてきてくださいな」


「うぅ、すみません…………」



 私は自分の格好が、裸に布を巻き付けただけであることを思い出して、苦笑いを浮かべるしかなかった。

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