解決編④ 探偵少女の挨拶

 推理劇を終えた私に、お嬢様がパチパチと拍手をくれる。


 まるで、発表会の我が子を見守る後方保護者面だ。



 ペテン師は若干冷静さを取り戻すと、私を睨みつけて声を荒げた。


「あんた…………いったい何者なのよ!?」


「もしかして、まだ気付いてないかったんですか? 探偵を騙っておきながら、その程度の察しの悪さとは……」



 私は頭に手をやると、赤髪のカツラを脱ぎ捨てた。


 その下から現れた黒髪を見て、彼女は目を大きく見開く。


「ま……まさか、あんたは…………!!」



「正式な自己紹介がまだでしたね。それでは改めまして」



 偽物がそうしたように、私は仰々しいお辞儀と共に挨拶をしてみせる。


 その姿は、地を駆けずり回る狼のように獰猛で、狡猾で、挑戦的で。


 まるで鶴とはかけ離れた泥臭い所作として、皆の目に映るだろう。



「私は天野川 遊理アマノガワ ユーリ、新参者の異世界探偵です。以後、お見知りおきを」



 そう――これが、私。



 ウルフカットの黒髪に、目つきの悪い切れ長の奥二重。


 メイド服に身を包み、存在感を薄く装っていた「メイ」の正体こそ。


 この物語の主人公にして、今回の事件の語り手である。



「どうして探偵がメイドの恰好してるのよ! おかしいじゃない!」


「でも擬態の効果はあったじゃないですか。メイドのコスプレで油断したでしょ?」


 私の発言を聞いた隣のお嬢様から、冷ややかな視線が飛んでくる。


「……ちょっと、ユーリ。あなたが私のメイドなのは事実でしてよ」


「今のはジョークですって、お気になさらず。えぇと――こちら、私の助手のカトリーヌお嬢様です」


 普段は愛称として、親愛の気持ちを込めて「ケイ」と呼んでいる。


 決して、「カトリーヌお嬢様」とお呼びすると音節数が多いから、略して楽をしているワケではない。


「雇い主兼助手のカトリーヌ・フロストです。うちのメイドがご無礼を働き申し訳ございませんわ」


 ヒステリックな悪役令嬢の演技も必要なくなり、いつもの優等生スタイルを取り戻している様子だ。


「推理の演説に熱が入ると、相手を煽るような言葉遣いをしてしまうから、いつも注意しておりますのに」


「へへ……善処します…………」


 悪人に対しても礼儀を欠かないお嬢様、流石に育ちが良すぎますって。


 かく言う私は、悪人に対してのみ礼儀を捨て去るスタイルだ。



 インターネットの隅っこでレスバに花を咲かせていた頃が懐かしく感じられる。


 今思えば、あれがストレス発散になっていたんだろうな……。


 こちらの世界に来てからは、悪い輩に対して正論パンチをするのが数少ない愉しみとなっている。良い子はマネしちゃダメだぜ。



「いったい、いつから気付いていたの? 私達の計画のこと……」


「偽装工作に勘付いたのは、事件現場に足を踏み入れた瞬間――そうだったよね、ケイ?」


「ええ。あの部屋に入ってすぐ、火炎魔術が使われていないことに気付きました。なぜか真新しい水魔術の痕跡があったので、何らかのトリックが用いられたと考えましたわ」


「ウチの助手、魔術の痕跡が視える特異体質なんですよ」


「はぁ!? そんなのチートじゃない!」


 彼女の魔眼のお陰で、魔術犯罪の捜査ができている。毎度お世話になってます。


「その能力があれば、探偵なんていらないわよね。推理する必要あるワケ?」


「私が視えるのは、使われた魔術の属性のみですわ。複雑な術式までは分かりません。トリックを暴くのはユーリの担当です」


「……ってことで、実行犯がリオなのは魔術適性の確認時に分かってたんですよ。トリックについても推理する手がかりは揃っていました。あなたが共犯者だということは、推理劇が始まってから確証を得ましたけど」


「分かった上で泳がしていたのね、私の創作推理を……」


「偽の証拠を出させるには、推理劇に乗っかるのが良いと判断したまでです」


「ランドル氏さえ説得させられれば、推理の途中で私たちを拘束することもできたはずよ。どうして強硬手段に出なかったの?」


「相手を納得させるには、丁寧な立証が不可欠――そう言ったのは、あなたじゃないですか」


 それを聞いて、ヘナヘナと座り込むペテン師。


「なによ……最初から最後まで、手のひらの上で弄ばれてたってことじゃない。ほんっと最悪だわ、あーあ……」


「自分の犯した罪に向き合って、悔い改めてから出直してくださいね、お二人さん。まあ――この国の裁判を無事に生き延びられたらの話ですけど」



「生き延びられる……だって? それはこっちのセリフだぜ!」



 殺気を察知し、体を横に捻って倒れこむ。


 頭のあった位置にバレーボールサイズの透明な球体が通過していった。


 とっさに反射神経を加速できるなんて、私の「スキル」もだいぶ体に馴染んできたようだ。


「アクアボール……水魔法で溺れさせるつもりですの?」


「息の根を止めるには、これくらいしないとなぁ!」


 後方に飛んでいったアクアボールが、向きを変えて再び迫ってくる。


 顔面の位置に合わせて水面を追従させられるのは、なかなか息苦しそうだ。


「ケイ、止められる?」


「造作もないですわ」


 ケイは懐から杖を取り出し、詠唱することもなく魔術を発動させた。


 次の瞬間、アクアボールの表面に氷の層が出現し、アイスボールへと変化する。


 氷の球は空中で静止したかと思うと、今度はリオの方へ向きを変えて動き始めた。


「俺のアクアボールが……言うことを聞かねぇ……!」


「あなたの生成した水の主導権を、私の氷魔術で上書きさせていただきましたわ。魔力適正の低い相手に、元素操作で遅れは取りませんわよ!」


 アイスボールがリオの足元で弾け飛ぶ。


 拡散後の再氷結によって、彼の両足は完全に床に固定される形となった。


「このガキ…………調子に乗りやがって!!」


「悪足掻き、そこまでにしておきません? もう分かったでしょう、ウチの助手の優秀さが」



 水と氷――属性の近しい魔法による戦いは、単純な力比べとなりやすい。


 さらに氷魔術は熱エネルギーの操作も含むため、水魔術よりも優位に立てるのは自然の摂理と言える。



「チクショウ……! なんでこんなことに…………」


 リオは肩を震わせ、吐き捨てる。


「何もかも計画通りに実行したんだぞ……! ヤツを安全に殺すには、誰かに罪を被せるしかないからって……。こんな回りくどいマネをしたせいで結局バレちまったじゃねぇか! おい、マヤ、どうしてくれるんだよ!?」


 マヤというのが、私の名を騙った偽物の通り名なのだろう。


「私も残念よ。この完全犯罪プランの価値を、正しく理解してもらえないだなんて。あなたが余計な証拠を残さなければ、探偵に詰められることもなかった! 何もかも台無しよ!」


「あぁそうかよ! お前を信じた俺がバカだったぜ!!」


 犯罪計画の依頼人と請負人が、責任の押し付け合いを始めたようだ。


 今回の件で身に沁みたことだろう。

 殺しを企てた時点で、その責任からは逃れられないのだと。



「どうして、こんな事件を……?」


 ケイが、リオに神妙な面持ちで訊ねる。


 人間の善性を信じる彼女にとって、犯行動機は避けては通れぬ要素なのだそうだ。


 いくつかの事件を通して、動機に向き合う覚悟の強さを私は実感させられた。


 それは彼女の優しさであり、同時に弱さでもある。



 その真摯さを、臆病者の私は見守ることしかできない。


 ――他人の心の奥底に踏み込めるほどの勇気を、私は持ち合わせていないから。



「……半年前、俺はとある山奥で、魔法石の鉱床を発見したんだ。採掘を始めると、かなりの量が埋まっていると分かった」


 魔法石とは、魔素マナが長い時間をかけて結晶化した鉱石である。


 周囲の魔素を蓄える性質があり、魔術のエネルギー供給源となると同時に、魔術の強化や精密操作が可能となる。


 いわば自然発電可能な万能バッテリーのような代物だ。


 この特性は粉末状にした魔法砂などにはなく、半永久的に再利用ができる魔法石は価値が高い。


「それも紅や蒼といった基本元素だけじゃない。金や銀の魔法石も採れる、文字通り宝の山さ」


 魔法石の色は、その属性に応じて様々だ。


 例えば紅は炎属性、蒼は水属性。

 確か金は時間を、銀は空間を司る稀少な宝石だと、以前ケイが説明してくれたっけ。


 ケイの杖の先にも、氷属性を秘めた青白い魔法石《ミュオソティス》が埋め込まれている。


「その鉱床を、デヴァンテの野郎に横取りされたのさ! 俺は運良く逃げ延びたが、採掘中だった仲間たちは一人残らず殺された。アイツの差し向けた盗賊どもに、何もかも奪われたんだ!」


「そんな、ひどい…………」


「稀少な素材を強奪しては、闇ルートで悪人どもに売りさばく。それがアイツの裏ビジネスだった。仲間の無念を晴らすには、俺が殺るしかない。俺が、殺るしかなかったんだよ…………」


 復讐を終えた男は、唇を強く噛みしめて項垂れるのであった。



「ユーリ、私……この世界を変えたいんです」


 お嬢様は哀しげに呟いた。


「自ら罪を犯すことでしか、裁けない悪が蔓延る世界なんて、やっぱり間違っています。皆が悪の脅威に怯えることなく安心して暮らせる世界を作りたい――そう願うのは、私のワガママでしょうか?」


「……ううん、ケイの言う通り。法が正しく機能する平和な世の中の方が、断然良いに決まってる」


「でも、どうしたら…………。行き当たりばったりの探偵活動では、限界があるでしょう……?」


「私たちにできることはシンプル。目の前で起きた事件を見過ごさず、解決に導くこと。その積み重ねが、人々の意識を変えていくんだよ。謎は解けるもの、悪は暴かれるもの、そして全ての罪には、裁きの場で罰が与えられるものだ――ってね」


 少なくとも私の生まれた世界では、その理想に近い法治国家が築かれていた。


 この混沌とした異世界でも、そこで暮らす人々の心が変化すれば安全が根付くだろう。


 どれだけ時間がかかるかは分からないけど、決して不可能な話ではない。



「ユーリ……ありがとう、背中を押してくれて。私の理想は、単なる夢物語ではない。そう言ってもらえるだけで力になりますわ」


「えっへへ。お嬢様の夢を支えるのも、メイドの務めですから」



 真実の代弁者として、不条理に立ち向かう。


 それこそが、探偵の生き様だ。



「――にしても、あの情報は本当だったワケね」



 そもそも私たちが、この宿屋を訪れた理由。


 それは、ここが旅の通り道であることに加えて、とある捜査の対象となっていたからだ。


 この場所でデヴァンテ氏が、かの革命連合《エクリプス》と何らかの取引を行う可能性がある、という王国諜報機関からの情報。


 その真偽を確かめるために、変装までして客として潜り込んだのだ。


 当のデヴァンテ氏が、恨みを買った相手に殺されてしまうとは予想外だったけれど。



 ――問題は、その取引の内容だ。



 リオの話からするに、デヴァンテ氏が密売しようとしていたのは、裏ルートで入手した大量の魔法石。


 しかし、死体発見時に部屋を調べた限り、彼の荷物の中に魔法石は存在していなかった。つまり――――。



「なんだ、こ……れ…………」


 リオを見遣ると、頭部の位置に何かが形成されていく。


 それは、透明で無機質な正六面体だった。



「はぁ…………困ったのう」



 デヴァンテ氏が常連客として、頻繁に訪れていた宿屋《ペルティカ》。


 ここは単なる取引場所などではない。魔法石を保管するための隠れ家なのだ。



「お前さんがペチャクチャ話すもんだから、タンテイさんに勘付かれてしまったじゃないか」



 ――――要するに。



 宿屋の管理人、ランドル氏は。


 魔法石密売の共犯者だ――!



「お前さんたち全員、帰せなくなってしまったわい」

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