解決編② 王手飛車取り
「なんじゃ、タンテイのお嬢さんが間違っとったのか?」
「当然ですわ! 私のメイドが毒なんて使うはずないですもの」
「おいおい、マジかよ……。ワケ分かんなくなっちまったぜ…………」
三者三様のリアクションを見せるギャラリーたち。
その隣で最も動揺を露わにしているのは、照合を推し進めた当人だ。
「そんなはずない!! 私は! 確かに……」
「確かに《メイ》のグラスから、指紋を採取して小瓶に移植した――って?」
「な……なに、を………………」
目を泳がせ、冷や汗を滲ませる迷探偵。
いや、ペテン師と表現した方が正しいか。
「あなたの計画は、最初からお見通しでしたよ。そう、あの奇妙な死体を発見した瞬間から、ね」
喉を焼かれた毒殺死体。
火炎魔術による犯行と見せかけて、実際は第一発見者に疑いを向ける「二重の偽装工作」であることは、すぐ分かった。
今回の第一発見者とは、死体発見直前のアリバイがない人物――つまり、煙を発見した私のことである。
手の込んだ罠を仕掛ける犯人のことだ。
きっと、確実に私に罪を着せるために「決定的な証拠」を捏造してくる。
――私は、犯人の周到さを信じて、保険をかけることにした。
現場からラウンジに戻った私は、テーブルに置きっぱなしになっていた自分のグラスを、とある人物のグラスと交換した。
指紋を新たに付けないように、片方のグラスに残っていた中身を移し替えて置き直す。簡単な作業だ。
私がラウンジを離れてから煙を目撃して戻ってくるまでの短時間で、指紋の採取を行うのは目撃されるリスクが高い。
犯人はこの後の捜査時間で、指紋を利用して偽の手がかりを用意するはず――。
その保険が、読み通りに功を奏したというワケだ。
「面白い推理でしたよ。途中までは良い線を行ってたのに、段々とおかしな方向に転がっていくものだから、ちょっと反応に困っちゃいましたけど」
そう、彼女は最初から、私に疑いが向くように「推理」を誘導していた。
全ては予定調和の推理劇、自作自演の解決編である。
「決定的な証拠と称して、何を出してくるのかだけが気がかりだったんです。小瓶の指紋が証拠だと分かった時は、ちょっと興奮しちゃいました」
冤罪を吹っかけられたのが一般人だったら、反論すらも丸め込まれてしまっていただろう。
しかしあいにく、私は「一般人」ではない。
「照合、まだ終わってないですよね? せっかく犯人を示す証拠を用意してもらったんですから、最後まで調べましょうよ」
「あなた……いったい何を…………」
「私の荷物に毒の小瓶を紛れ込ませたのは、誰だったんでしょうか? 知識がある人なら指紋がつかないように注意したでしょうけど、もしかしたら素手で触っているかもしれませんね」
というのは冗談で、本当は犯人が指紋を残さないよう警戒していたことなど分かっている。
だがこの小瓶には、紛れもなく指紋が付着しているのだ。
私の指紋と誤認されて採取され、偽装工作のために付けられた「ある人物」の指紋が。
「さあ、皆様も協力していただけますね」
私は営業スマイルで、一同に圧をかける。
「では、私から照合させていただきますわ」
「ご協力ありがとうございます、お嬢様」
照合結果は、程なくして開示された。
――指紋、不合致。
「これで疑いは晴れましたかしら?」
涼やかな態度で私にウィンクをするカトリーヌお嬢様。
こんなナチュラルにできるものなんだ、ウィンク。
「次はどなたの番にしましょうか?」
ランドル氏、リオ、そしてペテン師。
3人とも顔を見合わせて、照合に臨もうとしない。
このままでは埒が明かないので、私は助け舟を出すことにした。
「探偵さんは確固たるアリバイがあるんですから、犯人のはずがないですよね。早く照合して無実を証明してくださいよ」
「…………そう、ですね。そうしましょう」
彼女は頷き、おそるおそる魔法板に手を乗せた。
当然、結果は決まりきっている。
――指紋、不合致。
「良かった……これで犯人でないと分かってもらえますね」
「そう、あなたは実行犯ではない」
安堵の表情を見せた彼女に、私は鋭利な言ノ葉を刺し込んだ。
「この犯行計画を考案し、嘘の論理と偽の証拠で真実を歪める。悪趣味な探偵ごっこに興じた共犯者といったところでしょう」
「――――っ!!」
この世界では、殺しと言えば暗殺が主流だ。
武力や暴力、魔術やスキルによるシンプルな殺し。余計な小細工は証拠を増やしかねない。
今回のように、無実の人間に罪を着せるために手の込んだ殺人計画を立てるなんてのは、人間性の歪んだ愉快犯にしか為せない所業だ。
「……というのは、ただの私の憶測です。あなたに認めるつもりがないのなら、それでも構いません。ただ、その場合――」
私は、震える彼女の手を上から包み込むようにして、毒の小瓶を持ち上げた。
「この小瓶は、正しい正しい探偵さんが見つけた、ホンモノの証拠ということになります。なら残された指紋は、犯人のモノで間違いないですね!」
「あんた……最初から、そのつもりで……ッ!!」
証拠がホンモノなら、犯人は指紋の主で確定だ。
証拠がニセモノなら、自称探偵の信頼は地に落ちる。
どちらに転んでも、私の勝利は確定している。
究極の王手飛車取り。敵に退路はない。
その過剰なまでの計画性が、私に反撃の糸口を与える結果となった。
策士策に溺れるとは、まさにこのことだ。
「一連の犯行を実行した真犯人は、別にいます」
宿屋の主人、フランクリン・ランドル。
素材採取家、リオ・カロカーナ。
私はその一方の手を取り、魔法板に圧し付けた。
私が証拠の捏造を見越してグラスを交換した人物。
事件現場を見た時点で、辿り着いていた真犯人の正体。
――指紋、完全に合致。
「デヴァンテ氏を殺害した犯人は、あなたです」
「……冗談キツいぜ、メイドさんよォ」
指紋の主、リオ・カロカーナは、尖った眉をさらに釣り上げた。
私の仕組んだカウンタートラップに掛かってなお、飄々とした態度を崩す素振りは見せない。
まだ逃げ切れる自信があるのか、それとも演技派なのか。
あるいは、自分の置かれた状況を理解できていないほど愚かなのか。
……ペテン師と手を組んでいる時点で、きっとそういうことなのだろう。
当の自演探偵は、深々と頭を下げて声を震わせた。
「申し訳ございません、メイ様。私の提出した証拠ですが、犯人に捏造された偽の手がかりだったようです」
なんとも白々しい謝罪の真似事である。
自身の推理を白紙に戻すことで、真犯人との繋がりを切る目論見だろう。
この期に及んで保身に走るとは、どこまでもずる賢い女だ。
「だとよメイドさん。俺の指紋が出たその小瓶は、犯人の用意したモノってこった。こんなんで犯人扱いされちゃあ、たまったもんじゃないぜ!」
「私も同感です。出どころの怪しい証拠ひとつでは、立証として不十分ですよね」
さすがに私としても、強引すぎる幕引きは避けたいところだ。
犯人に「詰み」を自覚させ「罪」を自白させてこそ、推理劇の意味がある。
「ですので――今から、この事件の犯人があなた以外にはあり得ないと証明してみせましょう」
やるからには、徹底的に論理で暴く。
さあ、ここからが「詰め」の始まりだ。
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