出題編② 誰が為に論理は踊る

「次に検討する条件とは魔力適性――すなわち、どの属性の魔法を行使できるか、です」


《いつ》《どこで》の次は《どうやって》殺したか。そこが《誰が》に繋がるカギとなる。


「今回、カトリーヌ様から魔力測定鏡《アイリス》をお借りして、皆様の魔力適性を調べさせていただきました。その結果をここでお伝えします」


   天野川遊理…魔力適性なし。


   ランドル…風属性の適性:A。火属性の適性:C。高位結界魔術も行使可能。


   リオ…水属性の適性:B。水の生成および操作が可能。


   カトリーヌ…氷属性の適性:S。氷の精密操作が可能。また、魔力探知に優れている。


   メイ…魔力適性なし。



「結果として、この5名の中で火炎魔術を行使できるのは……ランドル様、あなただけでした」



「な――――っ!」


 眼を大きく見開いて、言葉を詰まらせるランドル氏。こめかみに血管が浮き出るのが見える。



 この世界で、魔法適性がある人間はおよそ7割。火属性となると、さらにその2割に満たないという。

 基本的な元素魔法の1つとはいえ、使えるのは10人に1,2人といった割合だ。


 容疑者が5名の状況では、火炎魔術の使い手が1名であっても何らおかしくはない。


「おいおい、じゃあ犯人は決まりじゃねぇか! 喉をピンポイントで焼き殺すだなんて、火炎魔術を扱えるヤツじゃないと不可能な芸当だろ!」


「待ってくれ! ワシしか炎使いがおらんから、ワシが犯人だと!? そんな馬鹿げた話があってたまるか!」


 立ち上がって怒鳴り散らすランドル氏。唾が飛ぶほどの勢いだ。


「Cクラスの適性では、ちょっとした火の玉を飛ばすくらいのことしかできん! 人を焼き殺せるような火炎放射系の魔術は、Aクラス以上でないと難しいぞ! ワシには無理だ!」 


「でもアンタ、風魔法も使えるんだろ? なら風と炎を組み合わせて、スゴい術とか使えるんじゃないのか?」



「お待ちください、リオ様。私はまだ一言も、ランドル様が犯人だとは申しておりませんよ」



「…………どういうことだ?」


「口内を焼かれたとなれば、火炎魔術の可能性を疑うのは当然でしょう。しかし、それこそが犯人の狙いだったのです」


 ああ、ようやく始まったのだ。彼女の奏でる「推理」の主旋律が。


「――犯人は、魔法を使うことなく火を付けたのですよ」


「そんな……あり得ませんわ! 口の中から焼き殺すなんて恐ろしいこと、魔法でやったとしか………」


「そうではないのです、カトリーヌ様。被害者は、口の中を焼かれて殺されたのではありません。殺されてから、口の中を焼かれたのです」


「焼かれる前に、すでに亡くなっていたと仰るのですか⁉」


「ええ、そう考えると全ての辻褄が合います。生きている人間の口内を焼くには、火炎魔術を使うしかありません。しかし、死体の口内を焼くのであれば話は別。魔術を使わずとも、抵抗されることなく焼くことができるワケです」


「そうは言っても……火力が足りなくないか? ここにあるような暖炉の火なら肉も焼けるだろうが、客室にはロウソクくらいしか火元がないだろ。犯人がマッチ棒やらを持ち込んだとしても、その程度の火力では、あんな焼肉みたいな焦げ跡にならねぇよ」


 リオの言う通り、死体の口内は酷く焼け焦げて、褐色と黒色のまだら模様になっていた。

 火傷で済むような火力よりも相当強かったのは確かだろう。



「思い出してみてください。被害者は部屋に、とあるモノを持ち込んでいましたね。強力な着火剤になりうる――」


「…………ウォッカ、ですか?」


 死体発見時、被害者の部屋の机に置かれていたウォッカの酒瓶。その中身は、すっかり空となっていた。


「その通りです、メイ様。こちらの世界でもウォッカは強いお酒として知られているように、アルコール度数が40%以上と非常に高いのです。気化した所に火を付ければ、あっという間に燃え広がります」


「そうか! だから死体を見つけた時、部屋があんなに酒臭かったのか!」


「死体の喉に酒を染み込ませた布などを詰め、強い火力で長時間熱したのでしょう。火属性の適性者に、罪を着せるための偽装工作として」


「ぐぬぬぬぬ……赦せん! ワシをハメおって、性根の腐った犯人め……!」



「でも、そうだとすると新たな謎が生まれますわ」


 まっすぐに手を挙げて、質問を投げかけるお嬢様。


「被害者さまの本当の死因は……何だったのでしょうか? 喉の焦げ跡以外に、外傷は見られなかったのですわよね?」


「えぇ、目立った外傷はありませんでした。しかし僅かながら、痕跡は残されていたのです――ニオイとして」


「ニオイ……ですか? そういえば、部屋に入った時に甘酸っぱいベリーのような香りを感じましたが、それですの?」


「いえ、それとは別に、実は被害者の口元から特徴的な刺激臭が確認されたのです。これは胃の内部に残された毒の存在を示しています」


「なんと! デヴァンテ君は、毒で亡くなったということかね!」


「そうです。喉を焼くことで、毒による粘膜の爛れを隠そうと考えたのでしょう。さらに同時に、死因を誤認させることでアリバイも確保する。それこそが犯人の仕組んだ計画だったのです」


「ありばいの、かくほ…………。いやはや、老いぼれの脳みそでは付いていけん領域じゃな」



「もし火炎魔術による焼殺だとすると、犯人は被害者を視認できる位置――すなわち205号室内にいる必要があります。遠隔で魔術を発動させるには、魔法陣や御札などを目印として座標を決めておく下準備が要りますが、今回のように口の中には仕掛けようがありませんから。しかし毒殺の場合、毒さえ仕込んでしまえば、犯人はどこにいても標的を死に至らしめることができる。つまり犯人は、毒による遠隔殺人の痕跡を隠すため、火炎魔術による近接殺人を装ったのです」



 魔術は基本的に、魔術の効果範囲を目視できる状態でのみ発動できる。


 例えば火炎魔術であれば、目の届く位置でなければ正確に炎を生じさせることはできない。

 魔法陣や魔法石などを介し、自身の周囲や離れた位置に炎を発生させることもできるが、そのためには高い技術力が必要となる。


 より遠く、より強く、より自由な形で魔術を行使するには、魔力適性がAクラス以上かつ高位魔術師レベルの経験がなければ難しい。


 ただし一度放った火の玉を燃やし続ける場合は、魔素(マナ)が尽きない限り遠隔でも維持することができる。


 とはいえ、火の玉を直接視認せずに移動させることが困難である以上、遠隔で喉を焼いて殺害するのは不可能と言えよう。



 火炎魔術=近接殺人という図式は、こういった考えから導かれたのだろう。


 ……廻生者の異邦人にしては、きちんと魔術の基本を心得ているらしい。



「ちなみに今回の事件では、容疑者の中に黒魔術や呪術の適性を持つ者はいないため、特定の条件を満たしたことによる遠隔殺人の可能性はないでしょう。毒殺に見せかけた呪殺、といった線は否定できます」


 魔術犯罪というものは、どうしても自由度が高くなる傾向にある。


 特に元素魔法から外れた黒魔術や呪術には、発動条件や効果がオリジナルの未知の術式も多い。


「その手の魔術ってよぉ、規格外すぎて使い手が限られるから、自分が犯人だって言ってるようなもんだよな」


「ワシの知る限り、黒魔術を好んで使うのは魔族くらいじゃよ。あぁ、考えただけでも恐ろしい……」



「話を戻しましょう。犯人は被害者が毒を飲むであろう時間帯に、ラウンジでアリバイを確保しました。その後、ラウンジから離れてすぐ死体の喉を燃やし、煙の目撃という理由を添えて死体発見まで誘導した。死体が見つからず時間が経ってしまうと、せっかくのアリバイ工作が無駄になってしまうからです」


 死後硬直によって担保された、「死体発見時に死後30分以上経過している」という揺るがぬ事実。


 その情報を逆手に取れば、死体発見直前の30分間の行動については疑いの目を持たれにくくなる。


 ゆえにラウンジを離れてから30分以内に死体を発見することで、安全に第一発見者を装うことができるワケだ。



 毒による遠隔殺人と、近接殺人に見せかけるための死体への着火。


 この工程の分割と時間差が、まやかしのアリバイを作り上げたのだ。



 ――彼女の「推理」は、確かに筋が通っている。



「そして私たち5名の中で、一連の偽装工作によってアリバイを得られたのは、あなただけなのですよ」



 そう言って彼女は、「私」に人差し指を突き立てた。



「死亡推定時刻に確固たるアリバイを持ち、なおかつ死体発見直前に火を用いた偽装工作ができた人物。その条件に当てはまるのは、ただひとり」



 彼女は澄ました表情のまま、静かに、それでいて強かに告発をするのだった。



「犯人はあなたです、メイ様」

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