第20話

そこには、猫神様と若い女性の姿があった。

居間には、中年の男性と女性。


ー良かった、まだ引き込まれていない。

彰吾は、祈りを捧げる。


だが、次第に男性が少しずつ、引き込まれ始めた。

彰吾は、祈りを強めた。


「わぁー助けてくれ!…死んだはずなのに…」



ー〈信じていたのに〉ー

女性の声が、頭に直接聞こえてきた。


「すまなかった、本当に。許してくれ!」

「助けてくれ!」

「償う、必ず!」「助けてくれ!」



モヤが次第に薄くなり、その女性と猫神様の姿が消えていった。


良かった、助けられた。

彰吾は、ほっとして父親を見た。

父親も安心した様子だ。

今回の事で、少しは救われただろうか。



棚橋さんは、ぽつりぽつり話し始めた。

「さっきの女性は、2年前に亡くなった部下でした。

その……彼女とは、付き合っていました。」


「やっぱり!」女性が口を挟む。


「まぁまぁ、奥様。まずは話を聞きませんか。」

父親の穏やかな口調は、不思議と心が落ち着く。


「すまない、お前は気付いていたのか…。

実は…彼女は横領をしていて、監査部の追及を数回、受けていた。

その日は、監査部に出頭する日だったが、現れなかったそうだ。

そして……彼女の母親によって最期の姿が確認された。」


「横領を知っていて、その金で贅沢をしていた。

僕が、彼女をそそのかしていたのだ。

彼女との事は極秘で、支店の人は誰も気付いていなかった。

連絡は全て口で伝えて、メールも電話もしなかった。

それほど慎重にしていた。

その証拠に、僕は監査部に呼ばれる事はなかった。

彼女の口からいつ、僕の事が公になるか…生きた心地がしない毎日だった。

だが、それも彼女の自殺で幕が下ろされた。

……逃げ切れたと思っていたのに…」

「明日、支店長と監査部に全部話します。

償います。

これからでも遅くないでしょうか」


「遅い事はないでしょう。彼女が口を割らなかった理由は、おわかりですね。」

父親の声は、優しくもあり厳しくもあった。



後日、奥様が彰吾と父親を訪ねてきた。

「先日は、大変なところを助けてくださり、ありがとうございました。

あの日の週明け、棚橋は事実を公にしました。」

「今は、私、棚橋姓ではないです。出勤日前に、棚橋とは離婚しました。

あの人の最後の優しさだったのでしょうね。」


「この前、彼女のお墓参りに行ってきました。

よく陽のあたる場所で、そよ風が吹いていて…何だか安心しました。」

「これから、しばらく実家に戻ります。これからの事をゆっくり考えてみます。」


「そうですか。公にされたのですか。

また新たな生活ですね。くれぐれもお身体には気を付けてください。」


「彼女が穏やかな気持ちでいると良いですね。

訪ねてくださって、ありがとうございました。」


「本当にありがとうございました。」

彰吾たちは見えなくなるまで、その後ろ姿を見送った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る