第19話

陽が落ちる前に彰吾は、父親と共に棚橋家に向かった。


「薬利と申します。昨日、息子がこちらに伺ったのですが、御主人様はいらっしゃいますか?」


「主人は出掛けております。」

「主人から、お見えになってもお帰り下さるようにと言付かっています。」 


「それだと危険です!」

「どうかお話を聞いて下さい。猫神様がお見えになったら、どんな事になるか!」


「失礼します。」

昨日と同じように無下にされ、落胆した。


「彰吾、まだ御主人が帰宅されていないのが幸いだ。とにかく待とう。」


そう父親に言われ、家の前にある小さな公園に向かい、棚橋家が見えるベンチに腰掛けた。


「僕が一番最初に見届けた方の話をしておこう。

ーあの光景は忘れられないんだ。」


そう前置きをして父親は話を始めた。


「今の彰吾のように、前日にその方に会えずに帰宅して、僕はその事を父に話さなかったんだ。

翌日、また訪ねてみても、やはり断られてしまった。

どうすれば良いかと考えていたら、猫神様の気配が強くなり始めたので、帰るに帰れず家の近くにいると、やがて叫び声がしたんだ。


急いで庭に入ろうとしても、なぜか入れなかった。

僕は、祈りを捧げた。

何とか庭に入り、目にしたのは、叫んでいる男性がモヤの中へと半身まで引き込まれている姿だった。

僕は何もできず、全身が見えなくなっていくのを見届けるだけだった。

恐ろしさに反して、それは、美しく柔らかな光を放っており、とても幻想的だった。


重なっていた叫び声が、一つ聞こえなくなると、辺りは何事もなかったような庭に戻った。


亡くなった方に対して、何の気持ちも持てない人には、恐ろしい結末が待っているのだと知った。」


「もしかしたら父と一緒に来ていたなら、あの男性は助かったのではないかと、ずっと自分を責めていた。見届け人を軽く考えていた自分への戒めなんだ。だから今日は、絶対に助けたい。」


彰吾は、父親の顔を見て頷いた。

きっと父親は、この後悔を祖父に話す事が出来なかったのだと感じた。


そうだ、質問をしておこう。

「あと、気になっている事があります。

猫神様がお選びになる方は、強い気持ちを持っている方という事でしたね。

でも亡くなったのは、8年前や4年前でした。それはどうしてなんですか。亡くなってすぐの方が、より強い気持ちじゃないかと思うのですが。」


「それは僕も気になって、調べてみたんだ。

どうやら、命日が関係しているようだ。」


そう父親が答えるのと同時に、大きな物音と男性の叫び声が聞こえてきた。


「まだ帰宅してないはずなのに。」

「居留守か!とにかく行ってみよう!」


急いで庭に向かうが、やはり入れず、彰吾は父親と共に祈った。


ふっ…と空気が緩まるように感じた。


「彰吾、今なら行ける」

「はい。」

父親の背中に返事を投げかけた。



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