第15話

彰吾は、陽が落ちる前に山科家に向かった。


昨日のお手伝いさんが約束通り、支度部屋に案内してくれた。


まだ陸郎さんは、会社にいるらしい。

猫神様のお出ましに間に合うだろうか。

不安がよぎる。


支度を終え、彰吾は庭が見渡せる部屋に通された

お手伝いさんの入れてくれる紅茶は、とても美味しい。

やがて、草木のふちが濃い陰を落とし始めた。


「大変申し訳ありません。旦那様は、もう少し時間が掛かるようです。

紅茶のおかわりはいかがですか。」


「ありがとうございます。いただきます。」

手持ち無沙汰になり、有り難く紅茶を頂く事にした。


しばらくすると、ようやく陸郎さんがこちらにやって来る音がした。普段からにぎやかな方みたいだ。


座りきらないうちから話しだす。

「いやぁ、またお待たせして申し訳ない。何かとバタバタしてまして。」

「猫はまだですか」


「はい。まだです。間に合って良かったです。」


「何が起きるんだ。」


「猫神様のお導きを待つばかりです。私は見届け人です。こちらからはただひとつ。これからの事は他言無用です。」



お手伝いさんが紅茶を乘せたカートを押して部屋に入ってきた。


とたんに、彰吾は猫神様の気配を感じた。


「お出ましになったようです。庭を見ていてください。」



彰吾は、庭に目をやる。

どこから現れるだろうか。





「灯籠です。猫神様が現れました。

山科さん、見えますか。」


「この前の猫だ。見えるぞ。」


灯籠の脇に猫神様が腰を落とした。

その横に霧のようなモヤが見えてきた。

モヤはどんどん大きくなり、その中に若い男性が現れた。


「優也!」

彰吾の後ろからお手伝いさんの声がした。


「わぁーっ、幽霊だ!どうして…」

恐怖を帯びた陸郎さんの声は、徐々に声にならないものとなっていく。

ソファから立ち上がり後退りするも、足が震えて、もはや動けないようだ。



若い男性ー優也さんの目は鋭い。

陸郎さんから一瞬たりとも目を離さずにいる。


と、彰吾の頭に優也さんの声が入ってきた。


ー〈約束は守れ、許さないぞ〉ー


「悪かった、俺が悪かったっ」

「あの約束は守る!これからはちゃんとする!約束するっ!」

陸郎さんは、伏し拝んでいた。


いつの間にか隣にいたお手伝いさんは、涙を浮かべていた。

「優也。」

「会いたかった。お前がいないと生きていても意味がない。」

彼女が少しずつ、少しずつ足を進めているのに気付き、彰吾は腕を引いた。


ー〈母をよろしくお願いします〉ー


彰吾の頭の中に優也さんの声が聞こえてきた。

彰吾は、ゆっくり頷いた。

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