第6話 お医者様でも、草津の湯でも……
「次の方、どうぞ」
「おや、キミか……」
「この前は逃げるように帰ってしまって、いったいどうしたんだ?」
「気にしないでくれって言われても、あんな風に帰ったらめちゃくちゃ気になるだろ」
「まあ、いい。それで、痛みの方はどうだい?」
「そうか、完全になくなったか。よかった」
「あれ、ということは、今日は別の問題で来たのかい?」
「ふむふむ……この前受診したあとから、食欲がなくなって、夜が眠れなくなって、集中力がおちて、仕事も手につかないと……」
「なんだか、うつ病みたいな症状だな……」
「なにか、悩みとかストレスとか心の負担になっているようなことはないかい?」
「え? 一つあるけど、言いたくない?」
「んー、できれば内容を聞いておいたほうがいいんだけど、人に知られたくないことを無理に話せとは言えないな……」
「まあ、悩みの内容はどうあれ、その症状だとうつ病の可能性は十分にある」
「紹介状を書くから、精神科か心療内科を受診してみないか?」
「え? うつ病じゃないから、大丈夫って?」
「いや、本人がそうと認識していなくてもうつ病になっていることはあるんだよ。一度その筋の専門家に診てもらったほうがいい」
「え? もし仮にそうだとしても、私に診てもらいたいって?」
「信頼してくれるのはありがたいけど、私は総合診療科だ。精神科や心療内科の領域のこともちょっとくらいはわかるが、ちゃんとした診断や治療はできないよ」
「え? 私以外には絶対診てもらわないって?」
「キミも頑固な男だな……って、どうしたんだい? 胸を押さえて?」
「え? 動悸がする?」
「ごめん、ちょっと脈をみさせてもらうよ」
「確かに少し速いな……ん? しかも、今、さらに速くなったような……」
「これは心電図をとった方がいいな。すぐ手配しよう」
「検査室まで歩いていけそうかい?」
「よし、OK。検査室の場所は外の受付の人に聞いてくれ」
「ん? どうした?」
「え? 検査に行く前に、どうしても話しておきたいことがある? いったいなんだい?」
「え? この前のお礼がしたい?」
「いや、別に仕事だし、そんなものは必要ないよ」
「それに、今どきは個人的にお礼を受け取ったりするのはコンプライアンスというやつに反するからね」
「え、食事を奢るくらいだったら、どうだって?」
「いや、それこそ、医者と患者が個人的に交流するのは色々マズイんだけど……」
「じゃあ、同級生として食事に行こうって?」
「そりゃ、まあ、同級生として行くなら……」
「あ……そのお店、私、行きたかったところだ」
「うーん……わかった。いいよ」
「あれ、なんか急に元気になってないか?」
「てか、キミ、食欲がないって言ってたのに外食って……」
「こら、病院内でスキップするな!!」
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