第7話 勇気
俺は仕事を定時に終えて電車とタクシーを使って、〈ゆきえ〉の実家にやってきた。
ご両親に頭を下げて、〈ゆきえ〉と話をしたいと頼みこんだ。
ご両親は閉じこもって出て来ない〈ゆきえ〉の部屋に行き、俺と話をするように伝えてくれたが、〈ゆきえ〉が頑として嫌だと言っているようだ。
〈ゆきえ〉の母親が、「〈ゆきえ〉はこうと決めたら、曲げないところがありまして」と言いながら、〈ゆきえ〉がいる二階の方を
〈ゆきえ〉の父親は、「良い酒があるんだ」と訳の分からないことを言っている。
俺はダダタと階段を駆け上がり、〈ゆきえ〉の部屋の扉を強引に開いた。
〈ゆきえ〉は階段の音で気づいたのだろう、扉を開かれまいと押さえていたみたいだが、俺は
スカートがめくれたまま、床に転がっていた。
俺はすかさず部屋の中へ入り、〈ゆきえ〉に今度は渾身の土下座をかました。
額は床につけて、「〈ゆきえ〉を疑って、すみません。支えられなくて、ごめんなさい」と繰り返し大声で謝り続けた。
〈ゆきえ〉は展開の速さと、予想外のことが始まったので、スカートがめくれたまま俺の謝罪を茫然と聞いているようだ。
ひょっとしたら、意味が分からないままだったのかもしれない。
ずっと額をこすりつけて、ひたすら謝っていたら、〈ゆきえ〉が「もう止めてよ」と言ってきた。
「下に親がいるのに、そんなに大きな声じゃまる聞こえだわ」
「それじゃ、俺を許してくれるのか」
「はぁ、もう謝らなくても良いわよ」
俺はそれを聞いて、〈ゆきえ〉を後ろから抱きしめた。
「ひゃ、何をするのよ」
「〈ゆきえ〉をこうして、抱きしめたいとずっと思っていたんだ」
「ふん、どうしてもっと早くしてくれなかったのよ」
「考えたんだけど、一番の原因は俺に勇気がなかったんだと思う」
最初に〈ゆきえ〉の浮気を疑ったのは、それが耐えがたいほど俺に衝撃をもたらすものだから、自分の心を守るために最悪の想定をしたんだと思う。
〈ゆきえ〉のことを思う前に、俺は自分のことを守ろうとしたんだ。
俺は〈ゆきえ〉を失うことが、あらゆる事の中で一番怖かったんだ。
「えっ、私が嫌がると思ったの」
「そう思ったんだ。もう愛されていないと知るのが、とても怖かったんだ」
「バカね。そんなこと、あるはずないじゃない」
「そうなんだ、大バカなんだよ」
「でも私も大ばかよ。あなたに全てを打ち明けて、泣きつけば良かったと思う。自分だけで解決しようとして、あなたの信頼を失ってしまったのよ」
「しょうがないよ。俺は頼りないから、頼ることが出来なかったのだろう」
「はっ、違うわ。私も怖かったのよ。ただ
「俺は、これから先に〈ゆきえ〉が嘘をついても、全て信じるよ」
「はっ、あなたは何を言っているの。私はもうあなたに嘘なんてつかないわ。でも言い出せないことがあったら、その時は私を優しく包み込んでほしいな」
「そうか。それならもっと抱きしめてやるよ」
「ふふっ、とっても嬉しいし温かいわ。あなたが抱きしめてくれるのなら、もう怯えなくても済むみたい」
〈ゆきえ〉が首を曲げて俺の方に顔を向けているので、唇にキスをしてみる。
久ぶりのキスは、ちょっとドキドキして、結婚する前のようだった。
「あぁ、すごく甘いわ。実家でキスをされるなんて、結婚する前に一回あったくらいね」
「もっとしたい」
「えぇ、いくらでもして良いのよ。私はあなたの妻なんだからね」
本格的にキスをしていたら、当然それ以上もしたくなってくる。
〈ゆきえ〉の胸と股間に手を伸ばすと、〈ゆきえ〉の目がパッと見開いた。
「だめ、だめ、だめよ。下に親がいるのに、そんなの恥かし過ぎるわ。マンションに帰るまで待ってちょうだい」
「えぇー、ダメなの」
「当たり前です」
〈ゆきえ〉は赤く頬を染めて、もう一度僕にキスをしてから、俺の手を引いた。
「二人の家に帰りましょうよ」
ご両親に「ご迷惑をおかけしました」と言った後、迷惑ついでに一緒にお酒を飲もうと父親に誘われたから断ることが出来なかった。
ご両親は始終ご機嫌でお酒を飲んでいたけど、〈ゆきえ〉はかなり不満のようだった。
結局最終電車まで飲むことになって、マンションに帰った時刻はもう十二時だ。
それでも〈ゆきえ〉がお風呂に入ると言うから、どうせならと一緒に入ることにした。
新婚時代には一緒に入ったことを思い出して、新婚のようなことしてしまう。
〈ゆきえ〉も満足そうにしていたから、酔ってたわりには頑張った方だと思う。
しばらく穏やかな日が続いた後、〈ゆきえ〉が俺に頼みを言ってきた。
「私の下の毛を剃ってください。最悪な記憶をあなたに上書きしてほしいの」
もちろん俺は希望通り下の毛を剃ってあげた。
いざやるとなかなか難しいもので、〈ゆきえ〉に「ふぅん、変なところを触らないでよ」と怒られてしまったけど、変なところを触り過ぎたせいか、チクチクを感じながら違うことでも上書きをすることになってしまう。
〈ゆきえ〉は「うーん、もぉ」と言っていたけど、その声はすでに甘い声だったと思う。
お世話になった〈ひとみ〉ちゃんへお礼をするために、レストランでコース料理を食べてもらいワインも良い物を開けたのだが、〈ひとみ〉ちゃんはプリプリとお
「独身で彼氏もいない私に、度をすぎたイチャイチャを見せつけるのは、どんな罰なんですか。こんなのお礼になっていません」
とすごく怒られてしまった。
俺と〈ゆきえ〉が、事あるごとに手とか身体に触れあっていたらしいのだが、そんなことをしていた覚えはないぞ。
〈ゆきえ〉も首をコテンと傾けて、「えっ、触ってたかな」と言って、俺の手を触ってくる。
俺も〈ゆきえ〉も無意識でやっていたのだろうが、今のは現行犯だ。
〈ひとみ〉ちゃんに、今度、会社の後輩を紹介する約束をして、ようやく怒りを収めて機嫌を直してくれた。
後輩は良いヤツなんだが、女性に対するマメさが
紹介する前にマンションへ招待して、〈ゆきえ〉にその辺のことをコンコンとお説教してもらおう。
〈ゆきえ〉の勤めていた会社は当然のことながら倒産して、〈ひとみ〉ちゃんは同じ業態のかなり良い会社へ無事転職が出来たようで〈ゆきえ〉も来ないかと誘っていた。
元親友はさっさと離婚をして、心機一転インドネシアで花のビジネスをするんだと旅立って行ったらしい、やり方はともかくそのバイタリティーには感心するしかない。
〈ゆきえ〉は「やったことを
これは警察から聞いたことだが、クズ社長は悪質だと判断されて実刑を食らったようで、〈ざまぁみろ〉とかなり
それから俺達の結婚記念日に、新しい結婚指輪を〈ゆきえ〉の薬指へもう一度はめてあげた。
「こんなの、嬉しすぎておかしくなっちゃう」
〈ゆきえ〉が俺にヒシっと抱き着いてきたから、その流れのままソファーでしてしまったけど、〈ゆきえ〉は身体の方もおかしくなっちゃたんだろう、最後の方は涙まで流していたな。
その後も〈ゆきえ〉は、指輪をはめた自分の手を毎日何回も見ている、よく飽きないものだと感心してしまうよ。
俺達が新婚のような生活を送っていたせいか、〈ゆきえ〉がとうとう
セクシーな下着が増えたことも、要因の一つに違いない。
だけどこんな俺が、人の親になっていいのだろうか。
俺が父親になることに自信がないと言ったら、〈ゆきえ〉は「あなたならきっと大丈夫」と言ってくれた。
「二人でお父さんとお母さんになりましょう」と言ってくれたから、何とかなると思う。
俺は〈ゆきえ〉を信頼することをもう止めないし、支えることも絶対諦めたりはしない。
〈ゆきえ〉も同じだと確信しているから、不安になることはあり得ないんだ。
真っ直ぐに前を向き、〈ゆきえ〉と生まれてくる子と一緒に、一歩ずつでも未来を信じて共に歩もう。
― 完 ―
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読んで頂いて、誠にありがとうございました。
同じ浮気物の
「妻がアプリで浮気をしたから、離婚を望んでいるのに、おかしなことになってしまった」
「騙されたフリをして結婚したんだ、不倫の慰謝料をたんまり盗ってやる」
もよろしくお願いします。
遅くからですが、「星」を入れて頂いた方、「フォロー」をして頂いた方、「応援」「コメント」をして頂いた方、大変ありがとうございます。
本当に嬉しいです。心が躍ります。
お手数とは思いますが、「星」や「レビュー」を頂ければ、大変有難いです。
作者を応援しようと思われる方はよろしくお願いします。
夜遅くに帰ってきた妻の下の毛が、そられていた 品画十帆 @6347
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