II
しかし、何事にも前向きに喜びを見出して力強く生きていこうとするアンも、連日の悪夢には悩まされた。その夢には必ずマシューとマリラが現れる。第二次性徴を迎えたアンは反抗期の若者の代表として、かけがいのないものに泥を塗るべく真っ向から彼らに立ち向かう。
一人でぺちゃくちゃ喋っているマリラ。アンは「ふざけるな」と青春の雄叫びをあげながら、ちゃぶ台の上の湯飲みや茶碗を右手で払いのける(なるべく派手な音がするように)。そしてマシューに「どう思う?」と意見を尋ねる。マシューはアンを無視し、横を向き新聞を読むふりをしながら決まり悪そうに茶など飲む。マリラは静かに泣きながら茶碗や湯飲みの残骸を片付けている。
アンはみずからを鼓舞し立ち上がるとちゃぶ台を回り込んでマリラに近づきマリラの頬を張り飛ばす。マリラは床の上に崩れる。このとき、マリラの目が変になる。眼球の中に空気の泡が入り込み、その目は痴呆的な幸福の印象を与える。アンは「幸せそうな顔するな」と叫びながら再びマリラを殴る。マリラは突然、空気の抜けた浮き袋のようにグニャグニャになる。その目はますます変になり、目のまん中に空気の丸い泡が浮かんでいる。アンは両手でマリラを乱暴に揺すり元に戻そうとする。「目が変だよ」とマシューに訴える。アンとマシューはマリラの頭をちゃぶ台の上に横たえ、布でマリラの両目をふき取る。すると涙が吸い取られ、眼球の表面には丸くて黄色身を帯びた、水を吸った蛇腹のようなものが残る。
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