第40話 師匠とザイル

 ゼヘトさんの工房をあとにし、僕達はデトニアのギルドへ向かうことにした。行く道の空は橙色に染り、紫色のグラデーションを帯びている。


「レイユ様、ギルドへ行く前に宿は取らないんですか?」

「あー、そうだね。先に宿を取ろう」


 ◆


「お客さん、蛇はダメだよ。他の客の迷惑になっちまうから他あたってくれ」


(ここもかダメか……)


 デトニアの宿をいくつか回るが、メディサのことを言われ断られてしまう。メディサは宿を取れない原因が自分だとわかっているようで落ち込んでいた。


「メディサ、大丈夫だからね」


 宿から出て、僕はメディサに声をかける。メディサはしょんぼりとしたままだ。


「旦那すみません、気を使わせちゃって」

「ううん。メディサは何も悪いことしてないじゃないか。宿の都合だから仕方ないよ、他を探そう」


「おう。お前ら何してんだ?」


 ロサルと話をしていると後ろから声をかけられた。師匠だ。


「師匠」

「どうした? 浮かない顔して何かあったんか?」

「実は宿が取れなくて」


 師匠はロサルの顔を見ている。いや、ロサルの肩に乗っているメディサを見ているのだろう。


「なるほどな――オレも似たようなもんだ。こいつらがゆっくりできる宿を探しているだけど、奴隷に貸す部屋は無いんだとさ」


 師匠の脇には後ろには二人の子供がいる。おそらく二人は奴隷なのだろう。二人も奴隷を買うなんて、師匠はお金持ちだなと思った。


「そうなんですね、師匠」

「まあ、ここまで見つからんとはな。ふぅ――、ギルドで受け入れてもらえる宿がないか訊くか」


 僕達はギルドへと足を運ぶ。デトニアのギルドは帝都ギルドと遜色そんしょくのない大きさだった。


「おっ! いいところに――」


 ギルドの中に入ると師匠がそう呟く。師匠の視線の先には受付があり、ユルが何やら手続きをしているようだった。師匠がユルに話しかける。


「ユル」

「あっ、アーサーさん」

「帰りの護衛の発注か?」

「はい、そうです。アーサーさんは?」

「こいつらが泊れる宿が見つからなくてな。情報を集めに来た」


 ユルは子供達を見る。


「そうですか――奴隷を泊めてくれる宿が無いんですね。うーん」


 ユルが顎に手をやり考えていると、後ろからしゃがれた男の声が聞こえた。


「よう、姉ちゃん。俺らと一緒に飲まねえか?」

「そうそう。ダークエルフの嬢ちゃんも一緒にどうだい?」


 ミムは怪訝そうな顔をして、テレーザはムッとし口をへの字に曲げていた。


「うちはいいです、飲みません」

「結構です」



「そう言わずにさぁ」

「こっちに来いよ――うわっ!」


 テレーザを触った男は電流を流され、ぴくぴくと痙攣けいれんし始めた。ミムに触れようとした男はミムに蹴られ、派手に吹っ飛ぶ。


「もう! うちに触んないでよ」

「ふん」


「ちょっと、ミムっち、テレっち、こっちに来い」


 その様子を見ていた師匠はミム達を呼ぶ。


ゴン

ゴン


 師匠はミム達の頭にゲンコツを落とした。


「いったーーい」

「痛っ! 何ですか急に」


「お前らな。ギルドの中での喧嘩はダメだ。やるなら外でやれ」

「そんなこと言われても、お師匠さん正当防衛です」

「あの吹っ飛んだ男の周りを見ろ」


 僕達は吹っ飛んだ男の方を見る。テーブルが壊れ、食べ物が散乱し、冒険者達が困った顔をしていた。


「それとその男の床を見ろ」


 痙攣している男は漏らしていて、床は濡れていた。


「誰が掃除すんだよ。ギルドの職員に迷惑かけたらダメだろ」

「うぅ。お師匠さん、ごめんなさい」


 師匠がミム達に説教をしていると目つきの悪い男が話に割り込んできた。


「おっ。アーサーじゃないか。冒険者続けてんだ?」


 師匠は声をかけてきた男の顔を見る。


「何だ、ザイルか」

「いい加減、引退したらどうですか? せっかくパーティーを追放したのに俺の親心わかってないんですね」

「お前に指図されるいわれはない。引退するかどうかはオレが決める」


 どうやら男は師匠を追放した元パーティーメンバーのようだ。


「はいはい、そうですか。行く先々で奴隷を買って、飽きたら売る、ろくでなし野郎さん」

「勝手に言ってろ」


 師匠がそう言うと、ザイルと呼ばれていた男は師匠に殴りかかる。師匠はその拳を見極め右足を下げて軽く躱した。男は拳を戻し、師匠をにらみつける。


「気に入んねえ」

「……、ザイル喧嘩なら買うぞ、外に行こうぜ」

「いやいやいや。トンタル遺跡の遺跡調査っていう大事なクエストを控えているからやりませんよ」

「お前、身勝手なのは変わってないな」

「そうですかね?」


 辺りには張りつめた空気が漂う。そんな中、師匠は諦めたように溜息をついた。


「ふー。まあ、いいや。その大事なクエストやらを頑張ってくれ」

「はいはい、じゃあそういうことで――、バーイ」


 不敵な笑みを浮かべた男は手をひらひらとさせながらギルドの奥へと行く。その先にはクスクスと笑う男達がいた。おそらく彼らは師匠の元パーティーメンバーなのであろう。


「大将大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。それよりも宿をどうするかだ」

「それなんですがね、大将。あの看板を見てくださいよ、このギルドの三階、宿泊施設になっているみたいですよ。そこが空いているなら大丈夫だと思うんです」


 ◇


(よかった、宿が取れて)


 ギルド三階の宿泊施設には空室があり、僕らは今晩の寝床を確保できた。メディサは僕を見てコクリとこうべれる。師匠の宿泊手続きを待って、訊きたいことがあったので師匠に声をかけた。


「師匠」

「ん?」

「訊きたいことがあるんですけど」

「何だ言ってみ」

「トンタル遺跡ってどんな遺跡だかご存じですか?」

「ああ。トンタル遺跡は古代文明の跡、ロストテクノロジーがあった遺跡だろうと考えられている。何度か遺跡調査隊が行ったらしい」

「ロストテクノロジー……」


(ロストテクノロジーが絡む話なのか。イリシア姉さんが喜びそうな話だな)


「レイユ、もしかしてトンタル遺跡に興味があるのか?」

「はい。遺跡の構造がどうなっているのかも気になりますし、ロストテクノロジーも」


 僕がそう言うと師匠は渋い顔をする。


「トンタル遺跡から調査隊が戻ってきたことは一度も無いんだよ」

「えっ」

「ザイル達の実力なら何があっても戻って来れるとは思うが――」


 師匠の表情はトンタル遺跡へは行かない方がいいと言っていた。


「わかりました。師匠ありがとうございます」


 ◆


「ほう。旦那はトンタル遺跡って所へ行ってみたいと」

「うん。ここから少し遠いけど、遺跡を見るチャンスだと思うから」

「そうでっか。まあ、あっしは旦那について行くって決めたんで、いいっすよ」


 僕はトンタル遺跡にロストテクノロジーの一つがあるか、どうしても知りたくて、ミム達にトンタル遺跡へ行かないかと提案した。


「レイユ君。うちはOK!」

「あたしも大丈夫です」


 ◆


「トンタル遺跡調査のクエスト枠はもう埋まっているんですか……」

「そう。もう二パーティー決まっているの」


 ミム達と話した後、ギルド受付で遺跡調査のクエストがないかどうかを訊いたところ、二つあるパーティーの枠は埋まっていた。


(しょうがないか)


 僕は遺跡調査のクエストとしてトンタル遺跡へ行くのを諦め、調査隊とは別にトンタル遺跡を目指すことにした。

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