第23話 選択

 魔女と出会った日の夜。僕は泉の周りを散歩していた。水面に映る月の光と、森から聞こえてくる虫の鳴き声。「こんな空間、とても素敵だな」と、心が癒されいくのが分かった。


「はぁ、はぁ、はぁ、レイユ様」

「ミム」


 月明りの下、ミムと出会う。彼女の息の仕方から、彼女は僕を見つけ追いかけてきたのだろうと感じた。


「レイユ様と話がしたいです」

「うん」


 僕らは森の大きな木の下に並んで座る。


「あたしのことどう思いますか?」

「どうって――」

「あたしダークエルフなんですよ? このまま従者を続けてもいいんですか?」


 その質問の答えは当然イエス。けれど、このように聞いてくると言うことは、真意は別のところにあるのだろう。


「もちろん」


 ミムの言葉を待つ。彼女は静かに涙を流していた。僕はその涙を見て、奴隷オークションでの引き渡しの場面を思い出していた。


「あたし、傍にいていいんですか?」

「うん」

「ずっと傍にいていいんですか?」

「そうだよ」

「本当ですか?」

「ミムがどんな姿であろうと、僕はミムにずっといて欲しい」

「レイユ様」


 ミムは僕を抱きしめた。彼女の体温、柔らかい体。僕はミムの背中に手を回し、強く抱き返した。


「あたし、ずっとあなたの傍にいたいです。大好きです」

「――僕もだよ」


 月明りの中、ミムの顔を見る。涙のあとがあるミムの笑顔はとても素敵で、これからもその笑顔を僕は守ると、言葉にはしなかったけれど、そう誓った。


 ◇


「決まったかね?」


 一晩泊った、次の日の朝。魔女は僕達の前でミムに訊く。


「はい。呪いを解いてください」

「そうか。じゃあ、胸を出して」


 ミムは呪いの紋を魔女に見せる。魔女が呪いの紋に手をやると、その手が光り、そして、


「終わったよ」


 銀白色の髪はそのままに、ミムの肌はダークエルフ特有の褐色へと変化していく。それと同時に尖った耳が髪から現れ、彼女はダークエルフの姿になった。


「ありがとうございます」


 ミムは深くお辞儀をし、魔女にお礼を言う。ミムが醸し出す雰囲気は凛としていて、これからも僕の傍にいてくれることに喜びを感じた。


「レイユ様、似合います?」

「うん、すっごく素敵」

「ふふふ」


「ミムミム、カッコイイ!」

「そうですかね?」

「うん! 他の男も悩殺できるよ」

「そうですか――あまり興味がないですね」


 僕は魔女にお礼を言う。


「ありがとうございます。呪いを解いてくれて」

「ほう、そうか――わしはお前さんの誠実さが気にいったよ。それで実は試してみたいことがあるんじゃが協力してくれるかい?」

「試してみたいこと?」


 魔女はミムに手招きをする。


「何ですか?」

「ちょっといいかい」


 そう言って、魔女はミムの左手の甲を触る。すると淡い光が放たれ、またミムの姿に変化が起きた。


(えっ)


 ミムがダークエルフの姿から、元の人間の姿に変化したのだ。


「ここに紋を刻んだ。『元に戻る』と念じてみろ」

「はい?」

「いいから、ダークエルフの姿になりたいと念じてみるのじゃ」

「わかりました」


 ミムが左手にある紋を見ていると、彼女の姿は再びダークエルフの姿へと変化した。自分の変化を実感したのかミムは驚いている。


「ほう。じゃあ、今度は人間の姿になりたいと念じてみろ」

「わかりました」


 ミムは紋が消えた左手の甲を見つめている。すると紋が現れ今度は人間の姿へ。


「ほほほほほ! 成功したのじゃ! 研究の成果があったな」


(これは凄い)


「ミムとやら」

「はい」

「幸せになるんじゃよ」


 魔女の言葉を受け、ミムの目には涙が溢れる。


「はい。しあわせに、なります」

「うむ」


 ◇


「お世話になりました」

「うむ。レイユとやら、気をつけて行くのじゃよ」


「お世話になりました。あたしを拾ってくれて、本当にありがとうございます」

「うむ。この男に愛想をつかされないようにな」

「はい、もちろんです!」


「レイユ君、ミムミム。そろそろ行かない?」


 ◇


「いい人だったね」

「そうですね、レイユ様」

「ダークエルフにも人間の姿にもなれるし、一番良かったんじゃないかな」

「はい!」


「レイユ君、これからどうする?」

「そうだなぁ。セラフィーロに戻るにも指名手配されているし、このままいろいろな国へ旅をしようか」

「やったー! 新婚旅行だ!」

「えっ」

「うちは婚約者、ミムミムは従者。きっといい旅になる~」


「あの」

「何よ、ミムミム。正妻の座は渡さないから」

「そうですか――じゃあ、せめて夜のお世話だけでも」

「えー、それはズルいよ。人間でもダークエルフでもお世話するなんて、うちに勝ち目ないじゃん」


「二人とも勝ち負けとかじゃないから」

「じゃあ、レイユ君はどっちを選ぶの?」

「それは……」


「レイユ君、うちだよね?」

「レイユ様、あたしですよね?」


「それは後々」


「あー、そうやって逃げるんだ」


 僕はこの二人のうちどちらかを選ばなくてはいけないのだろうか? 貴族だから二人とも選んでいいのかな? わからない。あれ? 誰か一人忘れているような。


「そうだ! 総本山の神殿を見に、教国へ行かない?」

「ふふふ、レイユ様。誤魔化し方が下手ですよ」


 魔女の棲む森を歩きながら、これからのことを話し合う。故郷ふるさとにいる家族のことも話題に出しながら、他の国はどんな感じなのだろうと。


「ねえねえ、レイユ君。次はどこへ行くの?」

「ここからだとルルミア王国か、オーラン帝国か。もしくはザビンツ帝国をくまなく周るか」


「うーん、どうしよう。ミムミムはどう?」

「よくわからないから、調べてからでもいいかな?」

「そうだね。言われてみれば」

「まあ、レイユ様の行きたい所へあたしはついていきます」

「うちもレイユ君についていく!」


 故郷を離れミム達と歩む旅路には、どんな未来が待っているのだろうか。僕達の旅は続く。

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