第21話 魔女の棲む森

 故郷を離れてから、どのくらいの時が経ったのだろう。夢の中で会うご老人に教えられた場所を目指し、僕らは旅を続けた。そして、ようやく目的地である魔女の棲む森へと辿り着く。


「旦那。魔女って美人でナイスバディですよね? あっし、我慢できないんで先に行きますわ」


 そう言って、ロサルは一足先に森の中へと入っていった。


(おいおい、そんな急がなくても。はぐれたらどうするのよ?)


「レイユ君、ここ?」

「うん、そうだよ。じゃあ、行こうか」


 僕らは森の中を進む。魔獣が出るだろうと警戒をしていたが、不思議なことに僕らの前に魔獣は姿を見せなかった。まるで道を開けてくれているかのように。


「これは……」

「レイユ君、これ何だろうね?」

「結界だよ」

「えー、それじゃこれ以上進めないじゃない!」


 森を歩いている途中、僕ら目の前に結界が現れる。どうしようかと悩んでいると、ミムが声をかけてきた。


「レイユ様、あの動物……」


 ミムの言う方を見ると、紅い瞳の小さなリスがこちらを見ていた。僕は何となくそのリスに話しかけてみる。


「ねえ、君。僕達、魔女に会いたいんだけど、どこにいるか知っている?」


 僕がそう言うと、女性の声が聞こえた。


≪何か用かね≫


(このリスは使い魔なのか)


「呪いについて知りたいことがあって、ここに来ました」


 僕はそう言い、「そうだよね」とミム達を見る。するとミム達は不思議そうな表情をしていた。どうやら女性の声は僕だけしか聞こえていないみたいだ。


 リスは結界の中へ入っていく。すると僕らの前にある結界は薄くなっていき、そしてその結界は跡形もなく綺麗に消えた。


≪真っすぐ進んだところに泉がある。そこの近くにいるから来い≫


 女性の声が響く。


「わかりました。ありがとうございます」


「ん? レイユ君、誰に向かって言っているの?」

「ここのあるじだよ」


 僕らは結界のあった場所を通り過ぎ、森の中を真っすぐ進む。しばらく歩き森を抜けると、青く美しい泉と木造の建物が見えた。


「あの建物のところに魔女がいると思う」


 結界があった場所から、ミムは言葉を発していない。緊張しているのだろうか。


「行こうか」


 ◇


 建物の傍まで来ると、白い煙が見えた。「食事の準備をしているのかな」そんなことを思いながら、建物の入口まで行き、扉を叩いた。


コンコンコン


「すみません。レイユ・バルサードという者です。誰かいらっしゃいますか?」


≪いるの知っているじゃろ。そのまま入ってきてよいぞ≫


 女性の声が聞こえたので、僕は入口の扉を開ける。


「レイユ様、無断で入るのはどうかと……」

「大丈夫。許可してくれたよ」


 僕はミム達と一緒に玄関の中に入ると、先ほどのリスが出迎えてくれた。そしてそのリスは奥へと走っていき、「こっちに行けばいいのか」とリスの誘導に従って、僕は歩いた。


「いらっしゃい、そこの椅子にでも座っておくれ」


 リスが誘導してくれた部屋に入ると、そこには不思議なオーラを放つご婦人がいた。たぶんこの人が文献で書かれていた魔女なのだろう。


「初めまして、レイユ・バルサードと言います」

「知っているよ。あの紫ジジイから聞いておる」

「えっ、そうなんですか?」

「まったく、精神世界に入れるなんて、あんた何者だよ」


 ミム達は話についていけず、ポカーンとしている様子だ。


「それで訊きたいことがあるのですが」

「うむ。呪いの紋のことじゃな。どれ見せて見ろ」


 僕はミムを呼び、彼女の胸にある呪いの紋を見てもらう。


「それで、お前さんはどうしたいんじゃ?」

「できることなら、この呪いを解く方法を知りたいのです」

「そうか」

「はい。誰が何のために彼女に呪いをかけたのかわからなくて、呪いが解くことができれば、この子が幸せになれるかなって」

「解く方法はわかるぞ。わしがかけたからな」

「えっ」

「その前に昔話をしようじゃないか」


 魔女は椅子に座り、飲み物を一口飲んだ後、過去にあった出来事を話し始めた。


「どのくらい前のことじゃったかな。わしはあらゆる魔法の研究のため、旅をしていたのじゃ。その旅の途中でダークエルフの女の子を拾ってな」


 僕らは静かに耳を傾ける。


「わしは研究で頭がいっぱいじゃったが、その女の子をどうにか助けたいと思ってな。しかしダークエルフはエルフが忌み嫌う存在じゃし、かといってダークエルフを人間に預けてしまったら、お金になるからと奴隷として売り払われてしまう。そこでじゃ」


 僕はミムを見る。ミムは真剣な表情で魔女を見ていた。


「人間に化ける呪いをかけたのじゃよ。人間になれば誰かが育ててくれる。そう思ったのじゃ」


 その言葉を聞き、魔女が言いたいことがわかった。


「たまたま旅の予定ルートの中に、お人好しの貴族がいると聞いてな。確か……何という名前じゃったかな」


 ミム・リヴェール。彼女の正体はダークエルフ。今は人間の姿で僕の大切な人の一人。


「奴隷にならないように人間に預けたんじゃがな。皮肉にも、借金で奴隷落ちするとはの」


 ミムを見ると、彼女の頬には涙が伝っている。そしてその瞳は力強く魔女を見ていた。


「どうする? 呪いを解いてダークエルフの姿に戻るか?」


 言葉が出てこなかった。どうするのがミムにとって幸せなんだ? わからない。


「まあ、一晩考えたらいい。ここに泊まっておいき。あっ、客人用のベッドが足りないから野郎は外で野宿しな」


 そう言って、魔女が僕に近づく。


「お主も呪いをかけられているのじゃろ? 解いてやるから見せてごらん」


 僕はバンダナを外し、額のアザを魔女に見てもらった。

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