第15話 逃亡皇女

『お父様。それは本当ですか?』

『ああ、お前をセラフィーロ王国に嫁がせる。相手は第一王子か第二王子になる』

『そんな……、それって政略結婚ですよね?』

『そうとも言うな』

『わたしはイヤです。そんな見ず知らずの人と結婚するなんて、無理です』

『これから先、セラフィーロとは協力していかねばならん。美しいお前なら、きっと気に入ってもらえるはずだ』


 ◇


 数週間前、お父様に言われたことを思い出していた。わたしは今、城を飛び出し旅をしている。政略結婚など――羽ばたくことのできない、鳥かごの鳥にはなりたくなくて、帝都から南へと進んだ。


「お嬢ちゃん。あと一時間ほどで町に着きますぜ」

「ありがとうございます。おじさん」

「しかしまあ、お嬢ちゃんみたいな別嬪べっぴんさんが一人で旅をするのは危険なんじゃないか?」

「ご心配なく。自慢じゃないですが、これでも剣は得意なので、襲ってきたら返り討ちにしてやります」

「はっはっはっ、そりゃすげぇや」


 御者のおじさんとそんな会話をしていると、聞いたことも無い、獣が吠える音が聞こえてきた。


「お嬢ちゃん、掴まっていてください」

「何ですか?」

「ちょっと急ぎますぜ、ワーウルフが近づく前にこの道を通り抜けます」


 ワーウルフ。聞いたことがある。群れで行動していて、人間を襲うこともある獣だと。

 馬車のスピードが上がる。このまま無事に通り過ぎればよかったが、ワーウルフがわたし達の前にその姿を現す。馬車の速度が遅くなり馬車が止まると、わたしの体に衝撃が走った。


「すまんね、お嬢ちゃん。悪いが餌になってもらうよ」


 御者のおじさんがわたしを投げ飛ばし、馬車を出発させわたし置き去りにしたのだ。


(ウソでしょ)


 馬車はワーウルフの間をすり抜け、どんどん小さくなっていく。わたしはこのままワーウルフの餌食になるのかと、目の前が真っ暗になった。


(違う違う。こんなときの為に剣を習ってきたのよ)


 わたしは立ち上がり剣を抜こうとするが、手が震えてうまく抜けない。体が思うように動かず足も震え、その場にへたり込んでしまった。


(ああ、もうダメなんだ)


 ワーウルフがこちらに向かってくる。わたしが恐怖におののいていると、茶色いセミロングヘアの騎士が目の前に現れた。


(えっ)


 騎士はワーウルフと対峙し、剣を振る。わたしが傷つかないように立ち回り、あっという間にワーウルフを倒してくれた。


「師匠! こっちは間に合いました!」

「でかした! アベル」


 どうやら冒険者に助けられたみたいだ。騎士様とそのお師匠さん、エルフの少年少女に不思議な武器を持っている少年。エルフの少年が火の精霊を操り、ワーウルフのほとんどを倒していた。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ」


 騎士様はわたしに手を差し伸べてくれる。


「置き去りにされたんですか? まったく酷いことをするもんだ」

「あの」

「町まで送りますよ――、師匠! この子を町まで送り届けたいのですが!」


「わかった! クエストは中止にしようか!」


 冒険者の皆さんはクエストを中止にしてまで、わたしを町まで送り届けてくれるみたいだ。


「お嬢さん、次の町へ行けばいいですよね?」


 わたしはまたワーウルフに襲われたらと思うと怖くなり、帝都に戻ることを決めた。


「いえ。帝都に戻ります。そこまでお願いできますでしょうか?」


 図々しいお願いだと思ったが、意外にも騎士様はあっさりOKをしてくれた。わたしは冒険者の皆さまと共に帝都へ戻ることになった。


 道中は騎士様と楽しくお話をする。名をアベルと言うそうだ。「ああ、こんな人とお付き合いできたらな」と、わたしは彼の凛々しい顔を見ながら思う。ふと騎士様から目を外すと、仲間のお師匠さんは少年の相手をしていて、エルフの少年少女はカップルのようだ。とても良い雰囲気の冒険者に出会えて本当に良かった。


 ◇


「お疲れ様」

「ありがとうございます。アベル様」


 帝都に着き、深くお辞儀をする。ここで別れたら二度と会えないだろう。わたしは勇気を振り絞り、アベル様に言う。


「あの! 紙とペンってありますか?」

「ん? ちょっと待って聞いてみる。師匠! 紙とペンってありますか?」


 お師匠さんが持っていた紙とペンを渡してくれて、わたしはその紙に住んでいる場所を書いた。


「これ、わたしの住んでいる所です。もしよければ手紙、もらえますか?」


 アベル様はわたしが書いた紙を受け取ると、すぐにその中身を見る。すると眉をひそめて紙を懐に仕舞ったあと、わたしに言った。


「帰ったら、手紙を書くよ」

「はい! 必ず、ゼッタイにですよ」

「ああ、約束する」


 わたしは冒険者の皆さまと別れあと、ぼーっと考えごとをしながら、城へと歩く。


「ああ、今度はいつ会えるかな」 


 城に戻ったあと自室のベッドの上で、わたしは政略結婚のことなど忘れ、アベル様のことで頭がいっぱいになる。その日の夜に「またアベル様に会いたいな」そんなことを思いながら、わたしは眠りについた。

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