第7話 エフゲーアの毒

 バルサード家を出発する二日前。僕は父からたくさんのお金を借り、その一部を使って姉が立て替えていた分の代金を支払った。そして前日の深夜に家族一人一人に向けて書いた置手紙を残す。国賊を庇ったという疑いがかけられないように、家族に知られないうちに出発するつもりだ。


 出発の日のあかつきの頃、僕はミムと共に園庭から門をくぐると、見覚えのある人物がそこにいた。


「レイユ君」

「テレトワ? どうしてここに?」

「レイユ君が旅に出るって教えてくれたじゃない。だからうちも一緒に行こうかなって――って、誰この女?」


 テレーザがミムを見て、驚いた表情をした。


「ああ、二人は初対面だったかな? 彼女はミム。元リヴェール男爵の娘で、今は僕の奴隷で従者なんだ」

「えっ、奴隷?」


「それで、この子はテレーザ。トワール子爵令嬢で僕の婚約者だった人」


 二人の間にはピリピリとした雰囲気が流れる。


「初めまして、令嬢さん(この子レイユ君のこと狙っているわね)」

「こちらこそ初めまして婚約者さん(この人がレイユ様を傷つけた人か)」

「レイユ君の前では、奴隷は奴隷らしく余計な振る舞いをしないでよね(男爵よりも子爵は上なのよ、わかっている?)」

「はい。あたしはレイユ様が仰ったことは守ります。約束を守らない元婚約者さん(この人にレイユ様は渡さない)」


 バッチバチに二人の間に火花が見える。


「まあまあ、その辺にして。二人とも」


 二人は僕を見て睨む。


「えーっと、テレトワも一緒についてくるんだよね?」

「もちろんよ。そのために来たんだもの」


「わかった。ミム、彼女も一緒に旅をするからよろしくね」

「……わかりました、レイユ様」


 こうして僕ら三人の旅が始まった。旅の出だしは順調そのもので、最初の目的地である王都に無事に辿り着く。これからの旅の路銀を稼ぐために、三人で相談した結果、僕らは冒険者になることにした。


「ギルドってここかな? レイユ君」

「うん。盾の前に剣がクロスしている看板があるから、ここだよ」


 三人でギルドの中に入り、受付へ行く。


「いらっしゃいませ。今日はどのような御用件でしょうか?」


「三人、冒険者登録をしたいのですが、どのようにすればよいでしょうか?」

「では、こちらの紙に必要事項を記入してください。書き終わりましたら、こちらの水晶で能力値などを測定しますのでよろしくお願いします」


 登録用紙を渡され、必要事項を記入していく。


「ねえ、レイユ君さ。ジョブの欄はどうする?」

「うーん。剣士かな? 魔法使いかな? テレトワは?」

「うちは魔法少女って書く」

「それってジョブは魔法使いになるよ」

「むう。魔法少女がいいのに……」


「レイユ様。あたし、騎士学校でよく槍を訓練していたのですが、ジョブは何て書けばいいでしょうね?」

「うーん。槍士かランサー槍騎兵か、大きなくくりで騎士ナイトでもいいかも」

「わかりました。ありがとうございます」


 三人とも登録用紙を書き終わり、受付の方に渡す。


「では、能力値を測りますので、どなたから行いますか?」

「うちからでいい?」


 テレーザが手で水晶に触れる。水晶からは淡い光が放たれた。


「雷の属性をお持ちですか――珍しいですね。テレーザ様はFランクからのスタートになります」

「うー、Fからかぁ」


 テレーザはどこか不服そうだ。


「レイユ様、あたしが先でいいですか?」

「どうぞ」


 ミムが手で水晶に触れる。水晶は特に光ることは無かった。


「無属性ですね。ミム様はFランクからのスタートになります」

「ありがとうございます」


「じゃあ、僕ね」


 僕は水晶に触れる。すると、水晶からは様々な色が放たれ、受付の方が驚いていた。


「え、えーっと。他の職員に確認してきます。しばしお待ちを」


 どうやら、僕は普通ではないらしい。


 ◇


「マチルダさん。ちょっとわからないことがありまして」

「うむ。何だい?」

「こちらに来ていただいても?」


 マチルダと呼ばれていたベテラン受付嬢が、こちらに来て水晶の前に立つ。


「あんたかい? もう一度、水晶に触れてもらってもいいかね?」

「はい」


 僕は再度水晶に触れる。先ほどと同じような光が現れた。


「ほほう。あんたはFじゃないね。ランクはDからスタートだね」


 マチルダさんはそう言って、僕の分のギルドカードを作り始めた。ギルドカードが出来上がり、マチルダさんは僕にギルドカードを手渡す。


「ギルドカードとクエストについて説明するから――嬢ちゃん達も聞きな」


 ◇


「――という感じね。何か質問あるかい?」


(僕の属性のことがきたいけど、目がくなって言っているよな)


 マチルダさんの話す雰囲気に僕は質問することができなかった。


「クエストボードってどこですか?」

「あっちにあるよ」


 テレーザの質問にマチルダさんは顎を動かしながら答える。


「ありがとうございます」


バダーン!!


 突然、ギルド入口から扉が閉まる音が聞こえた。恰幅のよい男性がすぐさま受付にやってきて、マチルダさんに話しかけた。


「すみません! エフゲーアの毒を解毒するクエストを発注したい。大至急で!」

「わかったから、落ち着きなさい。この用紙に書いて」


 マチルダさんと男性がやり取りしているのを見て、ミムが呟いた。


「ポルコさん……」

「ミム知っているの?」

「はい。騎士学校で一緒のクラスだった子の父親です」


 ミムはポルコさんの近くにいき。ポルコさんが用紙を書き終わるのを待って、話しかけた。


「ポルコさん。ミムです。覚えていますか?」

「おお、ミムちゃん。こんなところで――」

「何かあったんですか?」

「ユルがエフゲーアの毒を飲んでしまったんだよ。いろいろな所へ行ったがどうしようもなくて、ここに来たんだ」

「えっ! ユル君が!」

「ああ」


 知っている。エフゲーアの毒は致死性が高く、かなり厄介な毒だ。解毒にはツェーハー草が必要になる。


「あの! 僕がツェーハー草を採ってきましょうか? ある所を知っていますので」

「ホントか! 頼む! すぐに採ってきてくれ!」


 食い気味でポルコさんに頼まれる。こうして僕らの初クエストは人命のかかったクエストになった。

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