第5話 手紙

 朝、ベッドから起きて鏡の前に行き、寝ぐせが無いかどうかチェックしていると、扉をノックする音がした。


「レイユ、起きてる? 入るわよ」


 そう言って、錬金術師でもある姉が部屋に入ってきた。


「おはよう、レイユ」

「姉さん、おはよう」

「これ、頼まれていた空、風、火、水、地の「中級魔法入門書」ね。お金立て替えといたから、支払ってちょうだい」


 忘れてた。姉に魔導書を頼んでいたんだ。どうしよう、ミムにお金を使ってしまったから支払えない。


「ありがとう姉さん。あのね、昨日ちょっと訳ありで貯金全部使っちゃったんだ。支払い後でも大丈夫?」

「はぁあ? 何よそれ!」

「ごめん」

「まったくぅ。そうだ、あんたに聞きたいことがあるんだけど、奴隷を買ったって本当なの?」

「本当」

「まさか女の子じゃないでしょうね?」

「そのまさかです」


 姉はガックリとしている。そんな姉に僕は言う。


「姉さん、別件で学園を――」

「退学でしょ? 信じられないんだけど。あんたが退学になるようなことをやらかすとは思えないんだけど」

「うん」

「それで、あんたこれからどうすんのよ?」

「貴族学院など別の学校に入ることも考えたんだけど――たぶん行かない」

「そうなの?」

「うん。あっ、姉さん。薬草大全たいぜんと鉱物大全を貸してくれないかな?」

「別にいいけど」

「転記し終えたら返すから」

「ふぅ、わかったわ」


 姉が部屋を出る。開いたままのドアを見ると、メイド服を着たミムが姿を現した。すごい似合っている。萌え萌えだ。


「おはようございます、レイユ様」

「おはようミム」

「朝食の準備が整っています」

「わかった、ありがとう」


 ◇


 僕は朝食を食べに行く。もうすでに父と兄が座って食事をしていた。


「父さん、兄さん、おはようございます」

「おはよう」

「レイユ、おはよう」


「姉さんは?」

「リンゴだけ食べて、研究の続きをするってさ」

「相変わらずだね」

「ホント、困っちゃうよ。研究ばっかりで、あんなんじゃ結婚なんて全く考えていないんだな。早く嫁に行った方が良いと思うんだけど。ねえ、親父」


「行かなくていい」

「はぁ」


 兄は溜息をつく。父は姉のことが大好きなのだろう。子離れした方が良いと考えるが余計なお世話なのかもしれない。


「レイユ、オレンジジュースでいいか?」

「うん。兄さんありがとう」


 朝食を食べ始めると、兄が今回の退学の件について話し始めた。


「レイユ。たぶん王国内の学園への編入は厳しいかもしれん。御上おかみが絡んでいるのなら、おそらく裏で手回しされている」

「そうなんだ、兄さん」

「ああ。お前が退学になる理由がわからない。悪いことをして退学になるのはわかるが、そうでないなら見えないところで力が働いているとしか思えん」

「うん」

「レイユ、お前はどうしたい?」

「学園で学ぶことができないのなら、自力で勉強してみるよ」

「そうか――でもよぉ、座学はいいけど実技はどうするんだよ?」

「それはこれから考える」

「まあ、学ぶ場所は王国内だけでは無いからな」


 そして父から婚約破棄についての話がある。


「レイユ。お前の婚約が破棄されることついて、事情を聴くためにトワール子爵を呼びつけた」

「うん」

「子爵とテレーザが来る予定だ。辛いかもしれんがお前も同席しなさい」

「わかったよ、父さん」


 ◇


 二日後


 僕は応接室で父と一緒にトワール子爵を待っていた。兄が「同席しようか?」と言ってきたが父は申し出を断る。予定時刻よりも早くトワール子爵が着き、テレーザと共に応接室に入ってきた。


「お久しぶりです、バルサード伯爵殿」

「久しぶりだな。今日はお前の本音も含めて、いろいろと話が聴きたい。そこにかけて」

「はい。失礼します」


 父が促すと子爵とテレーザがソファーに座った。


「単刀直入にく。何故、うちの息子との婚約を一方的に破棄したのかを知りたい」

「はい。殿下から婚約したいとの申し出があったようです。王族からの申し出とあり、失礼を承知で本音を言えば、私としては王室に入ってくれた方が安心します」

「そうだな。娘は可愛いものだものな。ただ手順ってものがあるだろ? レイユはパーティーで初めてそのことを知り、どんな思いをしたか」


 子爵は視線を落とした。


「そのことについても申し訳なかった。事情に関しては私から話すと語弊ごへいを招くかもしれないので、娘から説明させる」


 僕はテレーザの目を見る。彼女の目はどことなく悲し気で、彼女は僕に対して申し訳ない気持ちなのであろうと思った。


「はい。うちは殿下から婚約の話をされました――ご、ごめんなさい」


 テレーザの目は潤んでいき、涙がこぼれ流れる。


「れ、レイユ君が、国賊だって、殿下が――うち――」


 テレーザは泣いて上手く話ができない。


「殿下が、陛下に直訴してくれ、るって――レイユ君は――国賊なん、かじゃ、無い」


 父から質問が飛ぶ。


「テレーザ嬢。殿下が陛下にレイユが国賊ではないと直訴することが、何故婚約破棄の話に繋がるのか? そもそもレイユが国賊だというのは、どういうことなんだ?」


「殿下が――調べたら、そうだって――うちは――」


 テレーザの話を聞いてわかったことは、僕が国に国賊であるとの疑いを持たれていること。そしてそれを利用して、カイン王子はテレーザに迫ったということだ。僕はテレーザに言う。


「テレトワさ、僕を守るためにそうしたんだね。でもね、それで本当にいいの? 泣いているってことは殿下との婚約は望んでいないんでしょ? テレトワの人生はテレトワのものなんだから、自分を大切にしてほしい」


 彼女は泣き止むどころか嗚咽し始めた。そして父は言う。


「国賊か――もしそれが本当の話なら関係者が調べに来るな。まあ、そんな証拠どこにもありはしないがな。解せぬ――なあ、トワール」

「はい、バルサード伯爵」

「息子が結んでいた婚約は無かったことにする。王族が絡んでいる状態で婚約をしたままでは、話がややこしくなるからな」

「はい」

「それと支度金なども含め、今まで援助していた分を返金してもらおうか」

「そ、それは……」

「当たり前だろ。婚約を破棄するのだから、金銭面ははっきりせねばならん」

「わ、わかりました。何とかいたします」


 ◇


 学園を退学し、国賊の疑いがかけられている。「もう、この国にこだわる必要な無いな」と思い、僕はこれからどうすればよいのかを考えた。


 部屋に戻り考えた末に出た結論は、薬草大全と鉱物大全の転記し終えるであろう一週間後に、ミムと一緒に旅に出ようと。ミムにかけられた呪いを解呪する方法を見つけることが旅の目的の一つだ。

 呪いの紋は彼女を不幸にしている原因かもしれない。呪いが解ければきっとミムは幸せになれる。知らない方が良いこともあるから呪いのことは伏せて、僕はミムに声をかけた。


「ミム、ちょっといい?」

「はい。どうしましたレイユ様」

「一週間後、僕は旅に出ようと思う。ミムを従者として連れていくから準備をしておいて」

「わかりました」

「あっ、ちなみに荷物は僕の亜空間魔法で運べるからね」


 テレーザに向けて「一週間後、いろいろなことを学ぶため、世界各国を巡る旅に出る」という内容の手紙を書き、彼女のもとへその手紙を送る。そしてその日から大全の転記作業を続け、出発予定日の前日に無事に転記をし終えた。

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