3-2 駄菓子屋


 屋敷の外へやって来たハルとナツは、二人で村の中を散策する事にした。

 降っていた雨も今はすっかりと上がり、空には夏らしい、原色の絵具を落したかのような青空が広がっている。

 それを見上げながら、


「雨も嫌だけど、今日はまた暑くなりそうだねぇ」


 なんてナツが苦笑していた。


「本当ですね。……私、暑いのはあまり、得意じゃないのでほどほどにしていただきたい」


 ハルも同じように空を見上げて、若干、憂鬱な気持ちになりながらため息を吐いた。

 ハルとナツは双子なのだが、ハルは暑さが苦手で、ナツは寒さが苦手と、それぞれ違う。

 この辺りは本当によく分からないが、物心ついた頃にはそうだった。

 叔父からは「お前らは本当に不思議」なんて言われている。自分達でもそう思う。


「これだけ暑いと、アイス欲しくなるよねぇ」

「ああ、良いですねぇ。そう言えば売っているって言ってましたよね」

「言ってた言ってた。何か食べたいね~。ま、ラムネも良いけどさ。……そう言えば、ラムネって聞いたヒナちゃんが固形のラムネと勘違いしていたよ」

「固形」


 言い方が他にあるのではないだろうかとハルは思った。

 そんなやり取りをしながら、ハルは目線を地上へと戻す。

 そのままぐるりと村の中を見回せば、風鈴が目に留まった。


 あちこちの民家に吊り下げられた風鈴は、チリン、チリン、と涼やかな音色を響かせている。

 風邪に吹かれてゆったりと揺れているそれは、見ているだけで涼しい気持ちになれるような気がする。

 この村に来てから、祟りだ何だと物騒な話ばかりが続いているが、その中で風鈴の音だけは、やけに綺麗で澄んでいた。


「……そう言えば風鈴って、魔除けのためにもあったんですよね」

「あ~、何だっけ。流行り病とか災いとかが、風で運ばれてくるのを察知するため……みたいな感じだっけ」

「そんな感じですねぇ」


 そうして眺めていると、


「あ、見て見て。鶏がいるよ~」

「ほんとだ! えー、近くで見るの初めてー!」


 風鈴の音色以外に、クラスメイト達の賑やかな声も聞こえて来た。

 皆それぞれ、それなりにリラックスしながら村を見て回っているようだ。表情が先ほどよりも幾分明るい。

 彼女達の手にはアイスやラムネの瓶もしっかり握られていた。


 さすがにお祭りを楽しもうなんて気分にはなれないだろうけれど、少しは気が紛れているようで何よりである。

 良かった、なんて思いながらナツと並んで村を歩いていると、ふと、駄菓子屋の看板が目に入った。


「お、すごい。本物の駄菓子屋だ。僕、実際に見るの初めてだよ」

「私もですね。へぇ、こうなっているんだ……」

「アハ。見てみよっか」


 双子はそう言うと、ひょいと駄菓子屋の中を覗き込んだ。

 店の規模は小さい。しかし、その中には様々な駄菓子が、所狭しと置かれていた。

 きなこの棒に、小箱に入った昆布、カリンの飴に、果物味の餅などなど。色んな駄菓子が置かれていた。

 カラフルで、良い香りがして、隅から隅までじっくり見ているだけで、時間を潰せそうである。


「タイムスリップして来たみたい。……あ、見て見て、ハル。これ何だろ、見た事がない奴だ」

「おせんべい……ですかね? 叔父さんが好きそう……あ! 私、これ好きです」


 眺めていると、ニンジンのような形の袋に入ったポン菓子を見つけた。

 お祭りでも割とよく見かけるタイプの駄菓子だ。米を膨らませた甘い食べ物で、お祭りで売っているのを見かけると、ハルは必ず買っていた。


「どうしよう、迷いますね……」

「ふふ。ハルは本当にお米が好きだねぇ」

「大好きですよ。何なら将来、米農家になるのも吝かではありません」

「え~? そうなったら僕、養鶏するかな~。卵かけご飯セットで売ろうよ」

「あ、いいですねぇ~」

「でしょ~? ……ん? あれ、意外なものがある」


 冗談混じりに――意外とそんな将来も良いかなと思いつつ――話をしていると、ナツの目が店内のある一点に止まった。

 端の方だ。ナツは目を瞬いてから、足早にそこへ近づいて行く。そしてしゃがんで、じっとそれを見つめていた。


 何か面白いものでも見つけたのだろうか。そう思ってハルも見に行くと、そこには駄菓子屋ではないお菓子が置いてあった。

 今、テレビで放映されている戦隊もののカードが、おまけで付いてくるウエハースである。

 数はそれほど多くは並んでいないが、コンビニでもいつも品切れで、ナツがガッカリしている姿をハルは時々見ていた。

 

「うわ~、嬉しい! 欲しかったけど、直ぐなくなっちゃうからさぁ」


 ナツは目を輝かせて、手前の一袋を手に取った。


「日曜日にナツが見ているのですよね。……へぇ、何か衣装がお洒落ですね。今回は何のモチーフでしたっけ?」

「アイドルと怪盗~。仲間内で幾つかユニットがあるんだよねぇ」

「おや、それは人気が出そう」

「出ているんだよ~。秋にヴォーカルコレクションも発売されるから楽しみにしてるんだ。……ちなみにハル、どれがリーダーだと思う?」


 そう言うと、ナツは手に持ったウエハースのパッケージを、見やすい位置に持って来てくれた。

 そこは赤、青、白、黄、黒の順で登場人物達が並んでいる。

 大体こういう場合、真ん中にいるのが主人公だと思うけれど……戦隊ものだとやはり赤だろうか?


「赤?」

「残念! 白でした~!」

「あ、白」

「そうそう。今回はさ、リーダーのカラーが珍しく白なんだよ~」


 んふふ、と笑ってナツは嬉しそうにウエハースを両手に持ち直す。

 どうやら買う事にしたらしい。


「一つで良いの?」

「うん。入荷数が少ないし、この村の子供達だって買いたいでしょ」


 そう言ってナツはニカッと笑った。双子の弟のこういう所がハルは好きだ。

 ナツはそのまま会計をしにレジへと向かって行く。

 ふふ、と微笑んでその背中を眺めていると、


(子供と言えば……そう言えばこの村、子供の姿が見えませんね)


 ふと、そう思った。

 雨が降っている最中は外に出ないのは分かる。けれどもこうして晴天になったにも関わらず見かけない。声も聞こえない。

 学校へ通っているのではと一瞬考えたが、この村の中には学校はない。山を下りて通う必要がある。あの豪雨の中、さすがに通わせる親はいないだろう。

 もしくは学校まで毎回山を下りるのは大変なので、どこかに下宿しているかもしれない。


 そう考えながら、今度は駄菓子屋の外へ目を向けた。

 青空の下を、クラスメイト達や村の人間達が出歩いている。やはり、子供の姿はそこにはない。

 もしかしたら子供がいない村なのかもしれない。

 そうも思ったが、外を歩いている人達の中には、アキトのように二十代、三十代くらいの大人の姿もあった。


(年代はばらけているし……左手の薬指に指輪らしい輝きも見える……)


 あの指にはめるとしたら、大体の場合は結婚指輪だろう。

 そう考えるとやはり、子供が一人もいないというのは、少々違和感がある。


(それに……)


 ハルは再び駄菓子屋の中に目を向ける。

 駄菓子の類は大人も好きだが、メインターゲットは子供ではないだろうか。

 子供に買いやすい値段で販売されている駄菓子の数々や、先ほどナツが買いに行ったウエハースを見ながらハルはそう思う。


「ハル、お待たせ」


 考えているとナツが買い物を済ませて戻って来た。

 彼の手にはウエハースと、アイスも握られている。


「買えました?」

「うん。ついでにアイスも買って来たよ~。はい、片方どーぞ」


 ナツは二つセットの、チューブに入っているアイスをぱきっと割って、片方をハルに渡してくれた。


「いいの? ありがとうございます。じゃあ、次は私がおごりますね」

「アハ、期待してる~! それじゃあ、次へ行こうか」


 双子はそう言いながら駄菓子屋の外へ出る。

 じりじりと暑くなりつつある日差しを受けながら、アイスを食べつつ村を歩く。

 先ほどよりも風も出て来て、チリン、チリン、と賑やかに風鈴も鳴り響いていた。


「…………」


 歩きながら、ハルは村を眺めるフリをして、住人達を確認していく。

 先ほど見た通り結婚指輪らしきものをはめている人もいるし、やはりどこを見ても子供の姿が無い。


「どうしたの?」

「子供がいないなぁと」

「ふーむ?」


 ハルが答えると、ナツは軽く頷いて目を動かした。


「ハル、こっち」


 それから彼はそう言って、向かう方向を少し変えた。

 家屋が多い方向だ。数日ぶりに良い天気になったので、今がチャンスとばかりに家屋の二階や庭では、洗濯物が干されている。

 その中には、子供が着ていそうなサイズの服もあった。


「あるねぇ」

「ありますねぇ」


 どうやら子供はいるらしい。

 物干し竿に並んでいる辺り、学校へ通うために下宿して村にいない、というわけでもなさそうだ。


「うーん。子供がいるとして、外へ出さない理由って何かな」

「そうですねぇ……私達よそものを警戒している、もしくは気を遣っている。外の人間に山神の儀式をさせるために、子供の姿を見せない方が都合が良い。あとは、まぁ、山神関係ですかねぇ」

「山神?」


 アイスを持った手とは逆の手の指を顎に当ててハルは言う。


「ほら、儀式を行う人間は、ニ十歳以下と指定されているでしょう? 双子でなければならない辺りは微妙なラインですけれど、年齢だけを考えると、その山神様とやらは子供が好きなのでは?」

「アハ、だねぇ。いや~、何がいるかは知らないけれど……ほんっと、色んな意味で趣味が悪い」


 最初の方はやや皮肉気味に。最期の方は感情が消えたような声でナツは言う。

 同感だとハルも頷いた。

 今の想像通りであれば、村の人間の犠牲は出来るだけ出したくない、と考えているのではないかなとハルは思う。


 家というものは、そのもの自体が守りの結界のようなものだ。

 子供達を家の中に閉じ込めておくのは、外に何らかの脅威があって、それから守るため。

 だとすると、自分達が逆に外へ出されたのは、その脅威から村の子供達から目を逸らす身代わりとも考えられる。

 推測通りならば実に利己的だとハルは思う。


「叔父さんにもう一度、連絡が取れたら良いんだけど……ああ、やっぱり。まだ圏外だ」

「村に来た初日は繋がっていたんですけどね」

「となると単純に電波が悪いって感じではないねぇ」


 そう言いながらナツは携帯をポチポチと操作する。

 村に来てから叔父に送ったメールの送信履歴を削除しているようだ。

 携帯を取り上げられるか、見られた時の事を考えての事だろう。


「ハルはさぁ、井戸の底にいるアレって何だと思う?」

「山神様でないのは確かですね。山神様はご自身が司る山を守る神です。機嫌を損ねたら別ですけれど、基本的には信仰している者達に危害を加えたりしないでしょう」

「僕も同じ考えだよ。あの結界を見た感じだと、だいぶ頑張って張った感じじゃない?」

「ええ。綻びが出ていますし、古いタイプですが、元はしっかりしていました」

「ね。絶対やばい奴がいるよ。……あー、僕達だけでも何とか出来たら良いんだけどねぇ。武器でも持ってくれば良かったな~」

「ナツのは持ってこれないでしょう、さすがに」


 そんな話をしていたその時、


 アオーン、


 と獣の遠吠えが聞こえた。

 ハッとしてハルとナツは声の方へ顔を向ける。


「今の」


 頭に浮かんだのは村へ来る前にあった、あの白い狼だ。


「ナツ」

「うん、行こう!」


 双子は頷き合うと、遠吠えが聞こえた方を目指して走り出した。

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