1-4 祟り


 翌朝、ざわざわした人の声と足音で、ハルは目を覚ました。

 携帯で時間を確認すると朝の五時半を回ったところである。


(圏外……?)


 その時ふと、携帯の電波状況が目に入った。

 圏外だ。携帯を持ち上げてみたり、軽く振ってみたりしたが、特に変化はない。

 昨日まではちゃんと繋がっていたと思うのだが……。

 おかしいなと思っていると、ハルの隣の布団がもぞもぞと動いて、寝ていたヒナがこちらを向いた。


「ふぁ……ハルちゃん……? どうしたのぉ……?」

「いえ、外が何か騒がしくて。何かあったんですかねぇ」

「ううん……何だろぉ……」


 彼女も足音で目を覚ましたのだろう。寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こした。


「私が様子を見て来るので、ヒナさんは寝ていて大丈夫ですよ。昨日は疲れたでしょう」

「いいの? あう、ありがとぉー……」


 ハルがそう言うとヒナは、ぽすん、と倒れながら枕に頭を沈め、すぐにすうすうと寝息を立て始める。

 よほど眠かったようだ。

 かわいいな、と思いながらハルは小さく笑うと、布団から立ち上がって浴衣を整える。

 まだ寝ている子もいるので、音を立てないように静かに障子戸を開けると、ハルはそっと部屋を出た。


 縁側から、ざあざあと雨が降っている外の様子が目に入る。

 一夜明けて多少は弱くなっているが、それでもまだまだ止む気配はなさそうだ。

 これは今日も村を出るのは難しいかもしれない。


 そんな事を考えながら声のする方へ歩いて行くと、そこは男子の部屋だった。

 村の人間も数人集まっている。

 ……クラスメイトに何かあったのだろうか。

 嫌な予感を感じながらのぞき込むと、一人の男子が眠る布団の周りを大勢が囲んで、心配そうに見下ろしていた。


「あ、ハル」


 どうしたのかと見ていると、ナツがハルに気が付いた。

 彼はこちらへやって来て、部屋の外へ出ると、ちょいちょいとハルを手招きする。

 どうやら周囲に聞かれたくない話があるようだ。

 ハルは頷いてナツについて行き、その場から少しだけ距離を取った。


「何かあったんですか? あれ、タチバナ君ですよね?」

「うん。……タチバナの奴さ、身体が冷たくなって、目が覚めないんだ」

「……! それは」


 最悪の事態を想定して、ハルの顔色が変わる。

 だがナツが「あ、大丈夫大丈夫」と慌てて首を横に振った。


「ごめん、言葉が足りなかった。タチバナは生きているよ。ちゃんと呼吸もしているから安心して」

「ああ、そうなんですね。びっくりした……良かったです」

「うん。ただね、まるで凍ったように身体が冷たくなっていて、呼び掛けても揺すっても、全然目が覚めないんだ」


 ナツはそう説明してくれた。

 生きている事は良かったが、どうも奇妙な状態になっているようだ。


「まだ早い時間なのに、よく気が付きましたね」

「ああ、それはね。寝相の悪い奴がいてさ。そいつの足がタチバナに当たったら、びっくりするくらい冷たかったらしくて、それで飛び起きて叫んだんだ。他の連中はその声で目が覚めたってわけ。……まぁある意味、良かったとは思うけど」

「……そうですね」


 たぶん、相当驚いただろうけれど、発見が早かったのは良かったかもしれない。


「仮死状態とは違うように見えるんだよな。でも雰囲気的には少し似ているかも」

「なるほど……。……昨日の狼といい、今日のタチバナ君の事といい、どうも嫌な流れですね」

「同感。……だけどタチバナに関しては、誰かに何かをされたんだと思うよ。」

「と言うと?」

「僕が近くで見た感じだと、身体が見えない何かに覆われていた・・・・・・んだ。あれは霊力かな。誰かにでも掛けられたんじゃない?」


 そう言いながらナツはちらりと村の人間達へ視線を向けた。

 ハル達のクラスメイトが、こんな場所でタチバナに何かする理由はない。

 村に着いたとたんにこれならば、怪しいのは村の人間だ。

 ただなぜそんな事をしたのか動機が分からない。


「ハル。とりあえず、アレを何とか出来ないかな」

「うーん。一度ちゃんと診てみない事には何とも。出来れば人払いをしたいところですね」

「だよねぇ」


 ハルとナツは、住んでいる家――村雲怪異探偵事務所でやっているアルバイトの関係で、こういう不可解な現象の対処には慣れている。

 先ほどナツが言ったという、ゲームや漫画で言うところの魔法のようなものもハル達は使える。

 けれども人前でそれを使うのは、出来れば避けたかった。

 理由は単純に「そういう風にして欲しい」と言われているからだ。

 それに、妙な視線を向けて来るこの村の人達の前では、あまり見せない方が良いとも思う。


(……伊吹先生はこちらの事情を多少知っているから、頼んでみましょうか)


 そう思っていると、


「うわああああ、祟りだ! 山神様の祟りだ!」


 後からやって来た村の人間の一人がタチバナを見てそう叫び、腰を抜かした。

 青褪めた顔で、頭を抱えてぶるぶると震えている。


「祟りだって……?」


 ナツが怪訝そうに片方の眉を上げる。

 何かをされたのは確かだが、そこに祟りと言う言葉が出て来るのは穏やかでない。


「僕にはそういう風には見えないけどなぁ」

「そうですね。そもそもうちのクラスメイトが祟られる理由がありませんし」

「祟られると言うなら、まずはこの村の人達からだよねぇ」


 そんな話をしていると、さらに足音が二つ、こちらへ近づいて来た。


「お静かに! お客様の前ですよ!」

「これは……何が……」


 やって来たのはツバキとアキトだ。

 ツバキは倒れた男をそう叱責すると、ツバキは素早く眠ったままのクラスメイトのところへ近づく。

 そして顔や首に手で触れ、難しい顔になった。


「灰鐘さん、この村に医者はいませんか?」

「この村にはいないのです。山を下りて、近くの町から呼んでくるしかありませんね。……ですが、恐らくこれはお医者様には治せないでしょう」


 伊吹が心配そうに尋ねる。するとツバキは首を振ってそう答えた。

 その言葉に伊吹はぎょっと目を剥いた。


「治せないって、どういう事です?」

「これが山神様の祟りによって起こった事だからですわ」

「祟りって……」


 そんな非現実なと続かなかったのは、多少なりとも伊吹がそういう事に理解のある人間だからだろう。

 彼はほんの一瞬双子の方を見ただけで、


「どういう事ですか?」


 とツバキに聞いた。


「……あれは六年前の事でした」


 ツバキはそう前置きして話し始めた。

 口無村は山神を祀っている。

 その山神に、何年かに一度、たくさんのお供え物を捧げ、村の豊作と安全を祈願する儀式を行うのだそうだ。

 そして儀式を行うのは双子の、二十歳以下の子供だと決まっているらしい。


 六年前、その儀式は今のように酷い雨天の翌日に行われた。

 けれども土砂崩れが発生し、儀式を行っていた双子の片割れが命を落とした。

 それ以降、双子が生まれる事もなく、外の人間に頼んでもなかなか双子は見つからない。

 お社や祭壇は治ったものの、双子が見つからないため儀式が出来ずにいるそうだ。

 そして儀式が出来ないために山神が怒っているのだとツバキは言う。


(……頼んだのはたぶん、件の会合で、でしょうね)


 昨日のツバキの言葉を思い出しハルはそう推測する。

 そして顔を見てハル達の関係を思い浮かべるくらいだから、会合自体もそんなに前ではないだろう。

 その会合で協力を求めるたならば、よほど人が見つからなかったと伺える。

 まぁそれはそうだろう。その儀式のために、こんな山奥まで人を呼ぶのだ。よほどのお人好しか酔狂な人間でなければ、怪しんで近づかないのが普通である。


「…………。最初に山神様にお仕えしたのが双子だったから、儀式も双子で行うのが決まり……という事ですか?」

「ええ、その通りです。そうでなければ山神様のお怒りに触れると伝えられているのです」


 ハルが少し思案してからそう聞いてみると、ツバキは顔をこちらに向けて頷いた。

 この辺りは人間の思い込みや、たまたま不幸が重なったからだろうとハルは思う。


「双子が産まれるとも限らないでしょう?」

「その時は、外の方にお願いをして来ていただいていたのです」


 なるほど、とハルは思ったが、やはり妙な話だ。

 彼女の言葉通りであったとしたら逆に、常にお社や祭壇の管理をする者は双子じゃなくても構わないというのは少々理解し難いからだ。

 まぁ、それはともかく。


(この流れだと恐らく……)


 ハルがそう考えていると、ツバキが立ち上がってハルとナツの方へ体を向けた。

 そして二人に向かって、


「このような事をお願いするのは、大変、ご迷惑かと存じます。ですがどうか……お力を貸していただけないでしょうか? 儀式が出来れば、山神様のお怒りも収まり、この方も助かるはずなのです」


 と言って頭を下げた。

 やはりそう来たかとハルは思う。

 ツバキを含めて、この村の住人達はやたらと双子を気にしていた。その上で彼女の話を聞けば、そうなるだろうとは予想が出来る。


(断る事も出来ますが……)


 儀式を行うよりも倒れた生徒を診て処置をする方が確実だとハルは考える。

 本当に祟りのようなものがあったとしても、その矛先が、口無村の住人ではない自分達に向けられる事は、正直に言えば在り得ないのだ。

 祟るとしたら村の人間にである。

 この時点で生徒に何かをしたのは山神ではなく、村の人間である可能性が高い。


 ――そうであるから、ここで断るわけにはいかない。


 村の人間が犯人だとすれば、断った時点で次はもっと過激な行動に出て来る恐れがある。

 それだけは避けたい。

 ハルは軽く頷いた後、ナツを見た。


「ナツ。やりましょう」

「そうだね。一宿一飯の恩もありますから、いいですよ~」


 ナツは頷くと、明るい調子でそう答えた。


「ああっ、ありがとうございます!」

「感謝します、生徒さん方」


 するとツバキを含めた村の人間達がホッとした顔になる。


「…………」


 しかし、その時に唯一、アキトだけが難しい顔になったのが見えた。

 何か思うところがあるのかもしれない。彼は自分達が双子であると知って直ぐに、心配するような言葉をかけてくれたのだ。

 味方だと判断するのは早計だが、今の表情の事は覚えておこう。

 そう考えていると、


「それではこちらへ。ご案内いたします」


 ツバキはそう言うと歩き出す。

 ハルとナツがそれに着いて行こうとすると、


「俺も話を聞きに行くよ。悪いが皆、少しの間、タチバナの事を頼む」

「先生?」

「祟りなんてもんが起きている中で、お前達だけ行かせるわけには行かないよ」


 伊吹がそう言って一緒に歩き出した。

 本当に、気の良い先生なのだ。


「ありがと、先生」

「ありがとうございます」


 揃ってお礼を言うと、伊吹は少しだけ笑顔を見せてくれたのだった。

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