1-3 山神


 広間に入ると、クラスメイト達はすでに席についていた。

 その前には食事も並べられているが、まだ手を付けていないようだ。

 ハルとナツが同じタイミングで少し首を傾げると、


「お! 来た来た~!」

「待ってたんだぜ~! 良い香りするからさ、もう、めっちゃ腹減った!」

「ハルちゃん、ナツ君、こっちこっち!」


 なんてクラスメイト達は声を掛けてくれる。どうやらハル達を待っていてくれたようだ。

 食べていてくれて良かったのに、なんて言うのは野暮だろう。

 気の良いクラスメイト達だ。一緒に食べようと思ってもらえた事がちょっと嬉しくて、ハルとナツはへにゃりと笑った。

 そしてヒナに手招きされるまま、彼女の隣に腰を下ろす。


「うわ、美味しそ~!」


 並べられた料理を見てナツは目を輝かせる。

 鮎の塩焼きに、豆腐の味噌汁に大根のお漬物、そしてふっくらした白飯。定食屋で出るメニューみたいだ。

 山中を彷徨って、お昼の時間も大分過ぎていたため、ぐう、とお腹が鳴る。双子だけではなく、クラスメイト達も同じだ。


「それでは、灰鐘さんや口無村の皆さんに感謝をして……いただきまーす!」

「いっただきまーす!」


 伊吹の音頭でクラスメイト達は元気に食べ始める。

 男子達なんてかきこむような勢いだ。伊吹はそれを見て「喉に詰まらせるなよ~」なんて苦笑している。


「うふふ。お代わりもあるから、たくさん食べてくださいね」


 すると、お櫃の近くに座った女性がそう笑った。先ほど会ったアキトと似た容姿をしている。

 見た目の年齢的に、恐らく彼女がアキトの母親で、ここの村長なのだろうとハルは推測しながら、味噌汁を一口。

 ちょうど良い塩加減だ。美味しい、と小さく呟く。


「ハルって、お味噌汁好きだよねぇ。どこへ行ってもお味噌汁は必ず頼むでしょ」

「そうですね。家ごとに味が違うのが面白いんですよ」

「へぇ~そうなんだねぇ。あのね、あのね、うちのお味噌汁はね、具がいっぱい入っていて煮物みたいなんだよ~」

「おや、それは美味しそう」

「んふふ。機会があったたら、ご馳走するねぇ」


 ナツやヒナとそんな話をしていると、


「こんなに良くしていただいて、申し訳ありません。後でお金の方はきちんとお支払いいたしますので」

「いえいえ、良いんですよ。困った時はお互い様ですから」


 なんて伊吹と女性の会話が聞こえて来た。

 ヒナが小さな声で、


「あの人がね、村長の灰鐘ツバキさん。美人だよね~うっとりしちゃう」


 なんて教えてくれる。なるほど、やはり村長だったようだ。


「あ~、伊吹センセ、でれでれしてる~」

「しっ、していない! 変な事を言うんじゃないっ」

「照れてる~!」


 クラスメイト達にからかわれ、伊吹が顔を赤くして頭を抱えた。

 まぁ仲の良いクラスである。

 小中高と、学校というものに通う中で、このクラスの雰囲気がハルは一番好きだった。そこには伊吹の人柄の影響もあるのだろう。

 そんな事を考えながら笑っていると、ふと、ツバキと目が合った。気が付いた時には、じっと見つめられている。

 ……またこの視線だ。

 アキトの言葉もあるし、どうも双子というものが、ここでは何かありそうだ。


「ところで、そちらの生徒さんはお顔がよく似てらっしゃいますね。もしかして双子さんですか?」


 と思ったら、ツバキは堂々と聞いて来た。

 まぁじろじろ盗み見られるよりは良い。


「あ、はい。村雲ハルと村雲ナツと言います」

「村雲……。……もしかして、村雲ヨカグラさんの御親戚ですか?」

「あー……ええ、そうです。そんなに付き合いはないですけれど」


 ツバキの口から出て来たあまり聞きたくない親族の名前に、ハルは曖昧に笑ってそう返す。


「やっぱり! 苗字を聞いてもしやと思いまして。お顔も似てると思ったのですよ。うちも神職の家系で、以前に一度、ヨカグラさんと言う方に会合でお会いした事があるんです」

「ああ~、そうなんですね~。……あの人、元気でした?」

「ええ、とても」

「それは良かった。何かまた会ったら、よろしくお願いしますね」


 ハルが少々困っていると、ナツがへらりと笑って話に入ってくれた。

 浮かべているのは笑顔だが、少々機嫌は良くない。ハルの双子の弟もあまりその人物が好きではないのだ。

 そんな話をしているとヒナが首を傾げた。

 

「ねぇねぇハルちゃん。しんしょくって何?」

「ええと……神社の神主とか、そういう仕事の人ですね。うちの場合は少し違いますけれど」

「へー! そうなんだぁ。すごいねぇ」


 ほわほわと笑うヒナを見て、少し気持ちが明るくなる。

 にこ、と笑い返していると、


「灰鐘さん、神職の方だったんですねぇ」


 なんて伊吹も話に入ってくれた。何となく気遣われた気がする。

 そう思っていると、


「ええ、うちはこの村の守り神様にお仕えしている家系なのですよ」

「守り神?」

「この山を司る山神様です」


 とツバキは言った。

 山神というのは、彼女の言った通り自分が宿る山を守る神だ。

 農業や狩猟他、山と関係が深い仕事に就く者達から大事にされている神様である。


「村の奥に、山神様を祀るお社と祭壇がありまして。うちの一族は、そこの管理をしているのですよ」


 ツバキはそう言って微笑む。

 そんな彼女を見ながら、ハルは少し疑問に思った。


(山神様は女性が多いと聞きますが……仕える人間も女生徒は少し珍しいですね)


 ついで嫉妬深いとも聞く。なのでツバキのように美人な女性が仕えていて、怒り出さないのは珍しいと思ったのだ。

 ……なんて、まぁ、あくまで伝承の範囲ではあるのだが。

 ハル自身、実際にお目にかかった事はないので、珍しいと言うのも変な話なのだが。


(うーん。仕事・・の関係で、少し気にし過ぎなのかもしれませんね……)


 疑り深いのも考えものだと思いながら、ハルは鮎の塩焼きを一口食べる。こちらも塩加減がちょうど良い。

 

「実はこの村では、双子は幸運の象徴とも呼ばれておりまして」

「おや、そうなんですか?」

「ええ。山神様に最初にお仕えしたうちの先祖が、双子の子供だったのですよ。その子達のおかげで、口無村は救われたのです」

「救われた?」

「昔、この辺りに疫病が広がっていましてね。その二人が山神様に祈りを捧げた続けた結果、疫病は収まったのです」

「へぇー!」


 伊吹は興味津々と言った様子で聞いていた。それはまた、なかなかハードな過去である。

 けれども祈っただけでは病気は治るなんて事はないので、何かしら別の要因があったのだろう。

 ただ村の人間達がハルとナツをじろじろと見て来る理由は、その話が関係しているのだろうという事は理解出来た。


(それにしては好意的な視線にも思えなかったけれど)


 ちやほやされたいという意図はまったくないが、幸運の象徴相手にあそこまで不躾な視線を送ったりはしないだろう。

 言葉にはしなかったが、ハルがそう考えていると、


「ふふ。本当に嬉しいですわ。ここしばらく、この村に双子は生まれていませんし。……本当にありがたい事」


 ツバキが最後に小さな声でそう言った。


(ありがたい……?)


 おや、と思ってハルは顔を上げる。ナツも聞こえたのか、ほんの少し怪訝そうな顔をしていた。

 ありがたいとはどう言う意味だろうか。今の話の流れで出て来る言葉ではない。


『……君達。雨が弱くなったら、なるべく早く、この村を出た方が良いですよ。その方が君達のためですから』


 不意に、頭の中で先ほどのアキトの言葉が蘇る。


「……とりあえず叔父さんにメールしておくよ。さっきの狼の件もあるし、嫌な予感がする」

「よろしくお願いします。……何もなければ良いんですけれど」


 表情も顔の向きも変えずに、双子は小さな声でそう言葉を交わす。

 口無村へ来た後から感じる嫌な予感。どうも気のせいでは済まなくなりそうな、そんな気がした。


(……早めに出られるといいんですが)


 ハルは外へ続く障子戸の方へ目を向ける。

 閉じられたそこからは相変わらず土砂降りの雨の音が続いている。

 ……まだまだ雨は止みそうにない。




◇ ◇ ◇




 その日の晩。

 灰鐘邸の一室に、家主の灰鐘ツバキは人を集めていた。


「確認したところ、井戸・・の封印がだいぶ弱くなっておりました」

「アレが漏れ出した始めためか、電波等にも影響が出ています。……そろそろを捧げなければ」

「やはり、あのままの状態では数年しか持ちませんでしたな」

「……まったく、困った事。アキト達が儀式をちゃんと成功させていれば、こんな事にはならなかったのに」


 彼女達は難しい顔でそんな話をしている。

 部屋は照明をつけておらず、蝋燭の灯りだけが揺れている。

 予期せぬ来訪者達の眠りを妨げぬためだろうか。


(……いや、そんな殊勝な事は考えていないだろうな)


 恐らくこの話合いを気付かれないためだろう。

 部屋の端に正座し、俯きながら、アキトはそんな事を考える。

 この部屋にいるのは母のツバキに、彼女の弟、妹、それから村の重役達だ。


「聞いているのですか、アキト」

「……はい、母上」

「まったく。あなたはいつも、ぼうっとして……」

 

 ツバキは頬に手を当てて呆れたようにため息を吐く。


「まぁまぁ、姉さん、いいじゃない。アキトも久しぶりに外の人間が村に来たから、疲れたんでしょう?」

「あなたはいつもアキトに甘いわね」

「やぁだ。だって姉さん、アキトったら可愛いんだもの。知ってる? この間なんてね……」


 くすくす笑いながら叔母はアキトに意味ありげな視線を向ける。

 ……気持ちが悪い。

 纏わりつくような視線に、アキトは思わず顔を背けたが、それすらも叔母には楽しかったのか、赤い唇がにんまりと弧を描く。


「可愛いねぇ。まぁ、顔は綺麗だよなぁ」

「声も可愛いのよ。うふふ。この村って娯楽がないから、すごくありがたいわぁ」

「……あなた達、品が無いですよ。こんな場所でする話ではないでしょう。いい加減になさい!」


 下卑た笑みで叔父まで悪ノリをし始めたものだから、ツバキが不快そうに顔を顰め、ぴしゃりと注意をする。

 すると二人はしまった、という顔をして「はぁい」と肩をすくめた。


「ですがツバキさん。このタイミングで双子とはちょうど良いですね。確か……年齢もあのくらいだったでしょう?」

「ええ、そうですね。これも山神様のお導きかしら」


 重役達の言葉に、少し機嫌を直したらしいツバキは、嬉しそうに微笑んだ。

 アキトはその言葉を聞いて、太ももの上で握りしめた手に力が入る。

 ……そんなものがあってたまるものか。

 そう出かけた言葉をぐっと飲み込んでいると、


「捧げるのは男の子の方で良いですか?」

「ええ。ずっと片方しかいませんでしたからね。あの子も寂しがっている事でしょうし」

「双子の女の方や、他の者達はどうします?」

「女の子の方は村に招き入れましょう。外の血も必要だもの、アキトの相手にちょうど良いわ。それに村雲の血を引く子ならば色々と都合が良い。他の者達は……そうね。上手く使えば、話を誘導しやすいわね。その後は……頃合いを見て山を下ろしましょう」


 母達は吐き気がするような事を平気で言っている。

 顔が歪みそうになるのを必死でこらえていると、ツバキが自分を見た。


「いいですね、アキト。今度こそ、ちゃんとなさい」


 ふざけるな、と面と向かって怒鳴る勇気も度胸も今の自分にはない。

 ただ母達の命令を受け入れて、それに従わなければ何をされるか分からない。

 子供の頃からずっと、その恐怖と諦めが自分の身体と心に沁みついている。昏い


「…………分かりました」


 だからアキトはただ一言、彼女達の望む言葉を返す。母は満足そうに頷いた。

 ……結局自分も、母達と何も変わらないのだ。

 アキトは昏い目で俯く。

 だけど。

 だけど、出会ったばかりの、何の関係もないあの子供達は、こんな非道な事に巻き込みたくない。

 何とか……何とかしなくては。

 そう考えながらアキトは、じっとこの時間が過ぎるのを待った。

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